第四話 第一村人とまさかの……
「まだ痛いのー?」
「ええ、痛いです。結構その毒強いんですね」
おれはまだ腫れの収まらない唇を撫でながら歩く。
もちろん神様はおれの肩にオンしている。
暫く歩くと原っぱはなくなり、田んぼとか畑が見えて来た。
ぶっちゃけ目覚めた時は草の絨毯に木漏れ日、そして近くに泉と、ファンタジー転生にありそうなシチュエーションでドキドキしたが、神様の説明によるとそんな事はないから安心してとの事。
参った参った。
農具入れの小屋とか見えて来た。
しかもその小屋の脇には農耕機械? っていうのかわかんないけど、エンジンで動く感じの機械が見えて来て「あ、本当だファンタジーじゃねーし」ってなった。
ちゃんとメーカーロゴっぽいのが英語で書かれていて、いかにも現代だった。
現代の田舎って感じか。
何がパラレルなのかわからない。
イケメンになっただけで他は同じとか?
おれの服装は麻のズボンに白いシャツっていう田舎臭い恰好だ。
この田舎な環境にマッチしている。
白シャツの上には毒々しい色の神様が乗ってる。
こいつだけはサイケデリックなカラーだ。
まあ、服はどうでもいい。
次は情報収集をしなければならない。
このまま野生の生活をしていくつもりはないからな。
「あの、神様」
そう。
おれの肩には神がいるのだ。
わからない事は聞けば良い。
まさにイージーモードだ。
「なぁに?」
「ここってどこなんですか?」
パラレルワールドということだったが、おれはSFマニアでもないし、よくわからないのだ。
わからない時はチュートリアルを開くに限る。
「えー、それ聞いちゃうの?」
おれの期待とは裏腹に、神様はあまり教えたくないようだ。
「聞いちゃダメなんですか?」
「そしたら面白みが無いじゃん☆ 冒険してみなよ!」
面白みか。
そういうものなのか?
まあ、生前は冒険チックなことは全くしてなかったからな。
ここは神様の言う事を聞いて自分の力で情報収集してみるか。
なんか楽しくなって来た。
しばらく畑や田んぼのあぜ道を歩いていると、中腰で作業している人が見えた。
第一村人だ。
横には籠を置いて何かを採集しているらしい。
全身グレーの長袖長ズボンを着用し、頭には日よけの帽子を載せている。
おれはその人に近づく。
「こんにちは。何してらっしゃるんですか?」
出来るだけ自然な声でその人に声をかける。
ちょっと緊張したが声は裏返ったりしてないから大丈夫。
てかイケメンになったから大丈夫。
……はっ! もしかして日本じゃないとかないよね?
おれ日本語しか話せないよ?
「薬草の採集です」
おれの心配をよそに、第一村人は日本語で返事をしてくれた。
つーかこの距離まで来てわかったんだが、若い女性だ。
全く色気のない服装だから、てっきり男だと思ったが。
こっちをチラリとも見ずに薬草採集に没頭している。
籠の中には三分の一くらいまで溜まっている。
しかし、薬草とか言う単語かなりファンタジーなんだけど。
回復アイテムじゃん。
おれも横にしゃがみ込んだ。
彼女が採集している薬草を手に取ってみて見る。
シソみたいな見た目のそれは、非常に青臭い匂いを放っていた。
ニコニコしながら彼女はこちらを向く。
おお、カワイイ!
黒髪ショートで年齢はまだ十代ってところか。
ぷくっとした柔らかそうなほっぺは、農作業をしてるというのに白くきめ細かい。
可愛らしい目は綺麗で、すこし低めの鼻は顔全体の可愛らしさをより一層引き立てている。
「珍しいですか? これはですねぇ、腰痛に効くんで……すょ……?」
おれがまじまじと草を見てたら女性の方から解説してくれた。
だが、様子がおかしい。
まさか、惚れたとか?
一目惚れってやつか?
いや、多分肩の上の毒虫(神様)にビビって言葉も出ないんだろう。
かなりデンジャラスな配色だからな。
すると彼女の顔が見る見る真っ赤になった。
おれを見る瞳はうるうると揺れる。
口はぼーと開きっぱなしだ。
「……ポッ」
って惚れてんじゃねーか。
おれはまさかの展開に、居心地が悪くなった。
なんせこんなのは初めての経験だ。
どうしよう。逃げるか?
「へえ、珍しい草ですね。初めて見ました、ありがとうございます。それでは私はこれで」
若干おれもパニクって立ち去ろうとする。
こんなんじゃ情報収集もクソもねえな。
結局、女性耐性がなさすぎるんだ。
情報収集はそこらのおっさんにでも聞こう。
立ち上がると、女性もものすごい勢いで立ち上がった。
「待ってください!」
「はい?」
すこしバツのわるい感じでモジモジしだす。
か、かわええ……
「あのぉ、急ぎですか?」
そう言って放った上目遣いは、結構な攻撃力を持っていた。
「いや、そんなことないけど……」
「そしたら私の家すぐそこなんでお茶でも一杯いかがでしょう?」
おれの言葉尻に被せるくらいのタイミングでお茶の誘い。
積極的だなぁ。
生前は女性はみんな消極的だと思ってたのに、イケメン相手だとこうも違うのか。
「え!? その唇どうしました!? まさか虫にでもさされましたか!? 大変!」
おれの唇の腫れに気づいて慌てだした。
まさにテンパってる。
彼女の目線がおれの肩にとまる。
「あ! 肩に虫が! こいつですね! えい!!」
「うわぁ♪」
軍手を付けた手で力一杯払われて、ぽーんと飛んで行った神様。
なんか嬉しそうな声を上げていたが、気のせいじゃあるまい。
払い落とされても語尾に♪がつくくらいには無事な筈。
「毒が回ってしまいます! えーと、どうしよう!」
神様を払い落としても、唇は腫れてるんだけどね。
真っ赤な顔でテンパる女の子。
若干涙目だ。
本当にかわいいな……
「そうだ! ちょっと屈んでください!」
「え? こう?」
おれは腰をたたむ形で屈むと、彼女に向き直る。
あろう事か彼女はおれの腫れた上唇に吸い付いて来た。
痛い。
毒を吸い出そうと必死に吸う女の子。
痛いが、目の前の光景に頭が真っ白になる。
女の子の匂いがする。
唇には柔らかい感覚。
そしてこの温かさ。
これはおれのファーストキスだ。
ぼーっとする。
痛みは忘れてしまった。
おれは前のめりに倒れてしまいそうになったので、彼女の腰を手で支えた。
細い腰。
ぶかぶかな服を着ていてわからなかった女性特有のラインを感じる。
ああ、柔らかい。
「……ん、んっ」
何を思ったのか、女の子は両手でおれの頭をホールドした。
日よけにかぶっていた帽子がはらりと地面に落ちる。
さっきまで吸い付いてるだけだったが、なんと舌まで出して来た。
艶かしくぬらりと動き、おれを求めているようだ。
紅潮したままの彼女の頬に手を触れる。
柔らかい。
ああ!
ダメだ!
童貞で前世を終えたおれには刺激が強過ぎる!
理性が飛んでしまいそうだが、まず場所を考えろ!
そう! ここは畑だ!
この娘はとても綺麗でとっても魅力的だが、童貞喪失はベッドの上がいいんだ!
マズいマズいマズい!
おれは泣く泣く力を入れて少女を振りほどく。
バランスを崩して尻餅を着き、白シャツが泥で汚れてしまった。
「ああ! ごめんなさい、大変!」
彼女はおれのシャツの心配をしてくれてるみたいだ。
確かに汚れたけど、泥だらけってわけじゃない。
「洗います! 家すぐそこなんで、洗ってる間にお風呂にでも入っていてください!」
なに!?
凄い展開だ!
まさか、「今日親いないんです」なんてことはないだろうね!?
室内だったらおれの理性はもろいよ!
「私、一人暮らしなんです」
おっと!
自由度マックスですね!
てかぶっちゃけキスまでして、ここで終わるのは男として我慢できない。
なんでだろう。
キスでも満足は満足だが、やはり欲が出てしまうんだな……
ぐへへ、じゃあお言葉に甘えようかな。
「やっちゃえよー☆」
いつの間にか、払い飛ばされた神様がにょろにょろ戻って来た。
神様の口からやっちゃえよなんて下品な言葉が聞けるとは思っても見なかったよ。
「ささ、すぐそこなので行きましょう」
おれと少女と芋虫は彼女の家に向かうのであった。
まさか転生一日目で童貞卒業なるのか!?
乞うご期待