第三話 顔面美術館
心地よい感覚が頬の上を滑っていく。
それがそよ風と気づいたのは目を覚ましてからだった。
ぼんやりと開く瞼。
優しい木の葉のささやきが耳を覆う。
風に揺れる枝と、木漏れ日が時々瞼越しに光を落とす。
まるで世界にもてなしを受けているような気分だった。
まどろみから浮上する意識。
「……う、うん?」
ゆっくりと体を起こし辺りを見渡す。
目に映るのは、綺麗な新緑の原っぱと大きな木。
おれはその木の根を枕にするように寝ていたようだ。
あれ?
おれ何でこんなところにいるんだっけ?
考えてみるが、頭の中がまだ完全に醒めてないみたいだ。
なんだかごちゃごちゃしてて、思い出せない。
……あ、そうだ。
そういや、おれ天井に押しつぶされて……死んだ?
え? そうだよな?
あれ? その後、確か美少女系神様が出て来て……
って、何かふざけた展開だな。
夢か?
夢オチか?
よくよく考えてみれば、あの日の冤罪からの流れの現実味が無い。
夢と現実がごっちゃになったか。
子供の頃はそんなこともあったけど。
じゃああれは夢だったのか。
はぁ……
そんな小説みたいな事にはならないよな……
ともあれ、おれはこんなところで何をしているのだろう。
昼寝しに来た? にしてはこんな場所知らないし。
まず、仕事はどうした。
無断欠勤までしたら今度こそおしまいだ。
ダメ社員のレッテルだけじゃ済まなそうだ。
クビもあり得る。
ふと自分のズボンが目に入った。
茶色い麻のようなズボンを履いていた。
なんだ、このダサいズボンは?
おれはユニ○ロしか着ないんだがな。
なぜこんなズボンを履いているかはわからないが、ゆったりしてて履き心地はいい。
そして、寝起きだからズボンにテントを立ててた。
仕方ないだろう。
まだまだ元気なお年頃だしね。
「……ん?」
テントの支柱がなんだかムズムズする。
気持ちいいような痒いような。
するとテントの支柱のてっぺんにでっかい芋虫が現れた。
かなりデカい。
緑色と赤の縦縞模様で見るからに毒のありそうな感じだ。
「う! うぎゃあ!」
おれは驚いて後ろに飛び退いた。
しかし、ある程度の衝撃があったにも関わらず、毒芋虫は未だおれのイチモツのテッペンを陣取ったままだ。
「あははは☆ ウケるー!」
「……ん?」
この卑猥な位置から動こうとしない毒芋虫から声がした。
いや、喋ったのだろう……
しかも、聞き覚えのある声のトーン。
そしてふざけだ雰囲気のプンプンする語尾に☆
「ルール違反だけど、芋虫のフリして見に来ちゃったよ♪ てへぺろ」
「あ、神様でしたか」
おれは姿勢を正し、神様(芋虫)に向き直る。
同時に死んだ後にあった一幕を全てきれいに思い出した。
ってことは転生したのか……ガチで。
うわ……どうしよ。
「えへへ☆ まだ動揺してる?」
「まあ、少しは」
芋虫は未だに嫌な位置にいるが、神様をぞんざいに扱う事は出来ない。
おれは話を聞く事にした。
「いや実はね、神様って本当は死んだ時だけ会えるスペシャルアイドルみたいなものなんだけど、イージーモードにする為に加護つけたから、もっとスペシャルな特典がついてきちゃったヨ♪」
「語尾が外人ぽかったですね。それでもっとスペシャルと言うますと?」
おれの質問に毒芋虫は胸を張る。
うう、蛇腹がうねうね気持ち悪い。
「人生ガイドをしてあげるの☆」
……それは、いいことなのか?
「そうですか……芋虫の姿のままですか?」
「うん、そうだよ☆」
「それは……じゃ普段はどこにいるんですか? まさかその姿のまま四六時中一緒にいる訳じゃないですよね?」
「ずっとあなたの肩にでも乗ってるよ☆」
じっと神様を見るが、ぶっちゃけ気持ち悪い。
いや、まだマシな方かもしれん。
もしゴキブリの姿で「神様だょ☆」と来られたら、おれは間違いなく踏んづけて殺してしまう。
欲は言わない。
おれは恵まれてる、恵まれてる、恵まれてる……
「じゃあボクはいい感じに転生したんですね?」
神様は健気に体を一生懸命這わせておれの肩を目指す。
おー、気持ち悪い……
「そうだょ☆ あなたはこの世界で言うところの超絶イケメンになってるから安心して」
そう言われて、おれは自分の顔に触れてみる。
触れた感じではよくわからなかったが、若干顔がシュッとしているような気がする。
鏡が見たい。
これが整形後初めて鏡を見る女子の気持ちか。
「背も大きくなってるよ♪」
なに?
おれは生前165センチしか無かったが、どのくらい大きくなったのだろう。
立ち上がってみる。
……おおっ!
世界が低い!
これはおれ自身も何センチあるのかわからないが、結構高い方だと思う。
しかも、立ってみて気がついたが、手足はスラッと長く、程よく筋肉がついている。
もう体格だけでもイージーモードだな。
顔が気になる……!
「そこに泉があるから、顔を映してみなよ☆」
なに?
そうか、泉か。
泉に姿を映すのはなんと言うか、かなり原始的だが贅沢は言うまい。
手元に鏡が無ければ、姿を映せるものがあれば何でもいいのだ。
泉は背の高い草に隠れていたが、すぐに見つかった。
この身長から見下ろせば簡単に見えちゃうのよ。
ゴメンね? 背大きくて。
ささ、泉に顔を映すぞ。
緊張の瞬間だ。
泉を覗き込む。
さっきまで風が吹いていたが、今はすっかり止んで、水面は本物の鏡のように世界を反射させた。
おれの顔が映る。
「……」
「ねえ、どお?」
なんと言ったら良いのだろうか。
おれは自分の新しい顔を形容する言葉を知らない。
一ついえる事は、ただ美しい。
男らしさを持った眉毛。
大きくも鋭く、心の底まで見通してしまうかのような目。
すっと高く整った鼻。
厚くもなく薄くもない、非常に綺麗な形の唇。
全てのパーツはひとつひとつ完璧で、それが見事な調和で小さな顔に並んでいる。
自分でこういう事いうのも難だが、おれの顔はまるで一流の美術品が完璧なレイアウトで鏤められたミュージアムのようだ。
すまん。
ナルシスト過ぎた。
いや、だがこれが自分だと思うと心が躍りだしそうなんだ。
ていうかもう踊ってるけど。
心だけじゃなくて体も小躍りをしている。
「わわ、落ちちゃうよぅ!」
毒芋虫が必死にしがみ付く。
神様、今はあなたはこんな醜い芋虫の姿ですが、感謝いたします。
「ありがとうございます! 神様!」
「ふふふ☆ いいよ」
おれは嬉しさのあまり芋虫にキスをした。
神様に失礼かも知れないが、心は抑えきれなかった。
どうしてもおれの感謝の気持ちを伝えたかった。
五分後
「……」
おれの美しい唇は神様の毒により、真っ赤に腫れ上がっていた。
くそ、神様。
その芋虫、本当に毒あったんだな。
せめて一緒にいるつもりなら、無害なヤツでよかったじゃないか……!