第十二話 頭文字Y
今、おれの目の前には一般住宅の塀がものすごいスピードで迫ってきている。
「ちょ、ちょっと! 止まれ!」
「あわわわ☆」
しかし、塀に衝突する事はない。
キキーッと痛快なスキール音をあげて塀スレスレをドリフト通過。
白を基調とした一般的な軽トラが滑らかにケツを振って、何個目かわからないコーナーを抜けた。
ちょっと、マジで走馬灯の連発なんですけど。
おれ達は今、悠ちゃんの軽トラで近くの服屋さんに向かっている。
悠ちゃんと合流してから「何で出て行ったんですか!?」と軽く泣かれたので、おれの思いの丈を全て話してやった。
主にヘソがコンプレックスであること。
それに悠ちゃんがメロメロになって、すごく嫌な気分になったこと。
全部話したら「気にしてるんでしたか。本当にごめんなさい」と再び泣かれた。
ちなみに転生した事は言っていない。
そんな事言ったらきっと変人扱いだ。
何で服が無いかの説明したとき、ヤーさんの下りで悠ちゃんの顎が外れたんじゃないかってくらい口をあんぐり開けて驚いていた。
おれも自分でビックリだったしね。
これからどうするのかと聞かれて「服も無いしお金も無いんだ」と言ったところ「それなら服を買いに行きましょう!」と悠ちゃんが案内してくれる事になったのだ。
悠ちゃんは先ほどのお詫びとして服を買ってくれるという。
風邪引くと悪いので直ぐにでも出発しましょうと急かす悠ちゃんに、おれは甘える事にした。
しかし軽トラに乗ったら最後、とばすわとばすわ。
幅三メートルほどしか無い直角カーブでもドリフトだぞ?
「あばばばば」
「あばばばば☆」
おれも神様もゲロ寸前である。
片手で手すりをぎゅうっと握り、もう片手はヘソを隠して耐える。
おれは何とかシートに座って踏ん張っているが、足下の神様は耐えきれずコロコロ転がりまくっている。
ふとエアコンの吹き出し口に取り付けられたドリンクホルダーが目に入った。
そこにはなみなみと注がれたコーヒーが入っている。
こんな運転なのに、一滴も溢れていない。
どこぞの豆腐屋か!?
再び曲がり角が近づいてきた。
それなのに、軽トラの120キロまでしか表示の無いメーターは完全に振り切っている。
あ……いかん、また走馬灯が。
キキー!!
白い軽トラは白い閃光となって、無事コーナーを華麗に曲がる。
「平次さん。もうすぐ着きますよ」
悠ちゃんはいたって普通だ。
こんな無茶苦茶な運転をキメているのに、普通だ。
おれはゲロと小便漏らしそうなのに、普通だ。
そしてどのくらい経っただろうか。
車は大分大人しくなっていた。
周りの景色も、長閑な田舎の風景では無くなっている。
チラッと外を見ると、結構人が歩いている。
どうやらここ周辺の繁華街のようだ。
とは言っても、目に飛び込んでくる風景は、東京のビル群の様なものではなく、地方都市のショッピングエリアと言ったところか。
まあ、ここまで来る間に既にHPがゼロなんだがね。
「めのまえがまっくらになった」状態寸前のおれの目に、「ユニワロ」と書かれた赤い看板が目に入った。
この世界のファストファッションの雄であり、大衆に親しまれているアパレルショップである。
おれは朦朧とする意識の中、ユニワロの看板に向かって「これ、アウトでしょ……」と突っ込みを入れた。
『ワ』の上の横棒をちょっと短くして、気持ちちょっと斜めにしたら完全にアウトだ。
車はようやく停止した。
ようやく着いたみたいだ……
「ゆ、悠ちゃん。悪いんだけど、この格好じゃ降りれないから適当に買ってきて」
半分白目のおれは、申し訳ないが悠ちゃんに買い物をお願いする。
「あ、そうでしたね。わかりました」
悠ちゃんはグレーの作業着の腕をまくり、可愛らしいトートバッグを持って店舗に向かって行った。
「ふう」
おれはため息を着きながら、あんなに危険な運転にも関わらず、命が助かった事を神に感謝した。
っと、神は足下にいるんだった。
てか神様死んでないよな?
確認してみると、ダンゴムシの様に丸まっている神様をシートの下に発見。
神様は体を伸ばすと、にょろにょろと這ってシートの下から出てきた。
「ふわあ☆ 死ぬかと思ったね、平次っち!」
「ええ、正直生きた心地はしなかったです」
悠ちゃんの運転はもう乗りたく無い。
めちゃくちゃ速いけど、おれは安全運転を強く推奨する。
てかアレ、道交法違反じゃね?
と、そんなことより神様に聞かないといけない事があったんだった。
「神様」
「なに?」
「あのヘソチートって、男の人にはどういう効果を発揮するんでしょうか?」
「え!? 見せちゃったの!?」
おれの質問にビクッと体を振るわせて驚く神様。
え? 見せちゃダメ系のチート?
まあ絶対に見せたくは無いけどな。あれが最初で最後だ。
「男の人に見せると、その相手に『絶対的強者』っていうイメージを植え付けるチートだよ☆」
な、なんだそりゃ……
ってことは水戸○門の印籠効果っていう予測は、あながち外れても無いってことか。
てか『絶対的強者』って何よ?
「例えば、ネズミがこのチートを持ってたとしたら、虎でもライオンでもひれ伏しちゃうって感じですか?」
「まあそんな感じ☆」
マジかよ。
それじゃあおれはデベソがあれば、この世の男の頂点に立てるってわけか。
しかし、厄介なチートだな。
この効果はかなり使えそうだが、ヘソを見せるというのは、何としてでも回避したい行動だ。
これじゃ折角チートもらって転生したのに、うま味が無いじゃないか!
勇者はラスボスも一撃で倒せる技を覚えたが、MPが足りなくて発動出来ない、なんていうのは意味が無いんじゃ!
「意味が無いんじゃ!」
「ほえ?」
「おっと失礼。取り乱しました。じゃあ今この状態でここら辺を散歩したら、もうそれだけでここ界隈の王になれるってことですか?」
「ピンポーン☆」
神様の『ピンポーン☆』で、おれは頭を抱えた。
くそっ! ならこのチート、ゴミじゃねえか!
「まあまあ☆ チートに頼らなくたってイージーモードなんだからいいじゃん♪」
「うー、まあ確かにイケメンですけど……」
「そうそう! それにイージモードの運命になってるから安心したまえ☆」
「てかイージーモードの運命って、ヤーさんに捕まって監禁されたり、暴走車両の中で走馬灯を何度も見るのがイージモードの運命ですか?」
おれのもっともな発言に神様は一瞬ピキっと止まった。
かと思うと「ふにふにぽー☆」と、意味のわからない神の歌を歌いながら、ただうねうね踊りだした。所謂、ゴマカシである。
どうやらこれには反論出来ないらしいな。
しばらく無言で神の踊りを鑑賞していると、キュートな悠ちゃんが戻ってきた。
手には白い袋に赤い『ユニワロ』のボックスロゴがプリントされてる袋を持っている。
どうやら買ってきてくれたようだ。
「お待たせしました!」
ドアを開けると、早速車に乗り込む悠ちゃん。
そして手に持った袋をおれに渡す。
「ちょっと平次さんの好みがわからないんで、無難なヤツ買ってきました!」
「ありがとう。悠ちゃん」
「えへへ。どういたしまして!」
お礼を言うと、彼女は鼻頭を掻きながらはにかんで見せた。
その仕草は、おれの胸をドキンとさせるくらい可愛かった。
でも、また変な空気になるといけないので、早速袋の中から服を取り出して素早く着用する。
無地の黒いTシャツだ。サイズもバッチリ。
胸元にポケットが付いているだけのシンプルなヤツである。
正直、おれもオシャレとかわからないから、こういうのを選んできてくれて助かった。
「タグつきっぱなしですよ。切りましょうか?」
確かにソッコーで着たから襟元にタグが付きっぱなしだった。
おれは「お願い」と言って背中を向ける。
すると、不意に悠ちゃんの息づかいを首元に感じた。
は!? なにを!
「平次さん、動かないでくださいね」
タグと衣服を繋ぐプラスチックの輪っかが持ち上げられ、服が少々上に伸びる。
そして悠ちゃんの息づかいが更に近くなった。
あ、歯で噛み切るのか?
確かに車の中じゃ、ハサミなんてなさそうだ。
悠ちゃんの短い髪の毛が、おれの首筋を撫でる。
発情してた時は、もっと距離が近かったのに、今は出来るだけおれに迷惑をかけないようにと、距離を取ってくれているみたいだ。
なんだかいじらしい。
そう思うと、何だかこの娘がとても愛おしく思えた。
おれは何故か、幸福感を感じている。
今まで感じた事の無いような幸福感だ。
「あ、切れました」
振り向くと、タグを持ってニカッと太陽のように笑う悠ちゃんが目に入る。
その表情は見とれてしまうほど可愛くて、明るくて、心がほっこりした。
じっと悠ちゃんの顔を見ていたら、悠ちゃんの顔がだんだん赤らんできた。
おれも今更になって、しばらく目が合っていた事に気づく。
「な、何か食べに行きますかっ?」
そう言って悠ちゃんは照れを隠すように、キーを回してエンジンをつけた。
「う、うん」
おれもドギマギして俯くと、次の言葉を探せずにただ助手席から、フロントガラス越しの景色を見ることしか出来なかった。
他の連載の方は少々お待ちを!