第十一話 脱出、波津根邸!
さて、どうしたものか……
おれの目の前には、この屋敷の男全員が頭を下げていた。
なぜか割烹着を来たお兄さんも混ざってる。この組お抱えの板さんだろうか?
そして、女性は真っ赤な顔でおれを見ている。
へそは手で隠しているが、これを見せたらどうなるかわかるので、死守だ。
きっと発情するんだろう。
てかヘソに発情って、どんな世界だよ。狂ってるとしか思えん。
もしかしたら、整形でデベソを作るとかもあんのかな?
男性雑誌の広告ページに『これでアナタも自信を取り戻せ!』みたいなのがあったりして。
と、思いつつも目の前の光景を何とかしないといけない。
おれは地面すれすれまでに下ろされた頭を見ながら、ヤーさん達に声をかけた。
「あの、もういいですよ……」
「いや! 本当にすまねぇッ!」
親分をはじめ、男衆全員は頭を上げてくれる気配がない。
というか、このやりとりも何回やったかわからない。
どうしたら、このエンドレス茶番劇を終わらせる事が出来るのか。
てかトイレに行きたい。
あ、
トイレ貸してくださいって言ってそのまま逃げるってありじゃないか?
よし、それで行こう!
「親分! トイレ貸してください!」
おれはすっと立ち上がり、波津根親分を見る。
親分は畳に額を擦り付けながら、腕だけ襖の方を指した。
「あっちだぁ!」
波津根親分がギャップ甚だしい声色で、襖の奥を指差しながら喋った。
なんか絞る様に出した声だった。
やはり怯えてるようだ。
これが男に対するチート効果か。
この際好都合だ。
おれは一目散に廊下に抜け出した。
廊下には誰もいなく、がらんとしている。
この屋敷の中の人間は全て親分の間に集まってたのか。
しかし、あの親分の怯え方からすると、「でべそ」は水○黄門で言う印籠の役目を果たしているっぽい。
そしたら、おれが急にヘソを出して「このでべそが目に入らんか!」ってやったら「ははーッ!」となるのだろうか?
まあ、死んでもやりたくないけどね。
それはそうとトイレを探そう。
尿意を催したのは本当だからな。
おれは廊下の端に位置するトイレまで移動し用を済ませると、そろりと足音に注意して屋敷の入り口に向かった。
やはりすべての人が出払ったらしく、入り口にも見張りはいなかった。
外に出ると、おれは一目散に門の外にダッシュ。
木製の分厚い門は思った以上に重く、全体重をかけて押してもなかなか開かない。
……く、重い!
その時、屋敷の方から「あの方が消えた!」とか大きな声が響くと、急にがやがやと騒がしくなった。
ま、まずいぞ……!
焦ったおれは、ヘソを隠している手も使い、門を全力で押す。
一方屋敷の方は、徐々に騒がしさを増してゆく。
顔が真っ赤になるほどに力をいれると、イケメンパワーが功を奏したのか門が少しだけ開いた。
よし……!
これだけ開けば、何とか通れそうだ。
「お前ら! 表を探せぇぇぇええ!!」
「「「おっすッ!」」」
波津根親分と手下の声が聞こえて来た。
おれはその声を背中で聞きながら、少しだけ開いた門の隙間に体を差し込んで外に出ることに成功する。
外に出たおれは、そのまま全力で走って屋敷を離れた。
−−−−−−−
ふう……
生きた心地がしなかったぜ。
まさか、男には水○黄門の印籠効果があったとは驚きだ。
もしコレがこの世に全ての男に通用するなら、おれは世界を征服出来るんじゃないだろうか?
いや、自らヘソを見せるなんて、そんな超絶恥ずかしいお下劣行為は絶対にやらないがな。
おれは紳士なのだ。
すると、遠くの方から聞き慣れたふざけた声が聞こえて来た。
「平次っちー☆」
声のした方向を見ると、アスファルトの上を一生懸命にうねうねと這う毒々しい色をしたドデカい芋虫がいた。
あれはただの芋虫ではない。先ほどカラスに攫われた神様だ。
どういう訳か、神様はおれの居場所がわかるみたいだな。
「おお、無事でしたか」
「かなり危ないところだったよー☆ あのカラスには神罰を下したよ♪」
「神罰って……何したんですか」
「カラス体内の血液を消してやったの☆ あっという間に死んだよ」
な……! 血を消すってオイ!
サラッと言うが、とても恐ろしい事をしてるじゃないか。
ニオイを消す見たいなテンションで言わないで欲しい。
神様ってもっと、生命に慈悲を持ってるのかと思ってたが、そうでもないのか?
おれも怒らせないように気をつけよう。
神様はおれの足下まで来ると、そのままズボンを這い上がる。
おれのズボンのポケット辺りまで這い上がって来た時に、おれはふと神様にガチで毒がある事を思い出した。
「ストォォォォップ! 服剥ぎ取られたから、そのまま上ると毒で腫れちゃう!」
「おっと! 失敬失敬☆」
危ないところだった。
神様の毒はかなり痛痒いから、気をつけなくてはいけない。
さて、これからどうしよう。
とりあえず上着が無いから、服の調達をしなければ。
こんな真っ昼間から上裸でウロウロしてたら、ストリーキングと間違われてしまう。
しかし、金も無いしこの辺りの地理もわからない。
困ったな……
とりあえず住宅の少ない方に移動していく。
途中、散歩中のおばあさんに会ってぎょっとされたが、笑顔で「こんにちわー」からのダッシュで逃げた。
おばあさんに「ポッ」とかされても困るしね。
イケメンもここまでカッコいいと大変なんだな。
それにしても長閑だ。
昼下がりの住宅街を抜け、林沿いの道に出る。
その道は人気がないので、そのまま真っ直ぐ進んでいった。
すると突然。
前方のT字路から、もの凄いスキール音を響かせて、一台の白い軽トラがドリフトしながらやって来た。
めちゃくちゃビビったが、その軽トラの見事なドリフトに見入ってしまった。
す、すご……
てか軽トラでドリフトとか突っ込みどころ満載だけど、何でこんな長閑な昼下がりにこんな長閑な場所をドリフトしてるんだ?
と、思ったその途端。
軽トラの鼻っ面がおれの方を向く。
そしてあろう事か、おれの方に突っ込んで来た。
なっ……!
もしかして、ヤーさんの追っ手!?
おれにビビってたんじゃなかったの!?
うわああああ!
衝突は免れないと思いきや、暴走軽トラはおれの目の前で停止した。
え?
そして、軽トラのドアが開き、中から見覚えのある可愛らしい女の子が降りて来た。
「平次さぁぁん! 探しましたよぉぉぉお!」
軽トラから降りて来たのは、この世界で初めて会ったあのキュートな農業系女子。
黒髪ショートが似合う専業農家、夏川悠ちゃんだった。
お待たせ致しました!