第十話 見られちゃった秘部
軽くボコられた。
何故軽くなのかというと、彼らも親分の声には思うところがあるのだろう。
ちなみに、親分の名前は『波津根 実籤』(ハツネ ミクジ)と言うらしい。
その名前を知って、より一層笑いを深くしたのは、想像に難くないだろう。
この波津根組、ここら辺では一番デカいヤクザさんらしい。
もしかしたら、せっかく転生したのに、殺されるかもしれない。
今おれは、シャツの袖を引きちぎられている。
ビリビリッ!
「ふむ、刺青はないな」
刺青の有無で、おれの素性を探っているのかもしれない。
刺青があったら、どこの組の者かと尋問され、下手すればドラム缶にコンクリート詰めにされて、海にドロップインかもしれない。
あわわわ……
「仕方ないな、上着全部剥ぎ取れ」
キュートな声の親分の命令が響く。
手下は頷くと、おれの上着に手をかけた。
ダメだ!
そんなことしたら、デベソがみられてしまう!
は、恥ずかしい!
「やめてください!」
おれは手下の腕を掴んだ。
必死な表情で訴える。
しかし無情にも、その腕は払われた。
おれの抵抗を見て、疑いの視線を強める波津根親分。
「なんか隠してんのかい?」
……ブフッ!
一々口を開かないでほしい。
吹きそうになるから。
親分の顔がキリッとした。
「剥ぎ取っちまいなァァアッ!」
キル・ビ○的な親分の咆哮。
親分の命令に、手下は二人掛かりで脱がせにかかる。
もう抵抗も意味をなさない。
おれはただ無様にばたばたと足掻くだけだった。
かなり乱暴に引っ張られる。
シャツのボタンが吹っ飛んだ。
く、くそう!
これじゃヘソが丸見えじゃないか!
おれは咄嗟にヘソを手で隠した。
幸いなことに、ヤーさん達はおれの背中を眺めている。
「何もねえじゃねえか……」
おかしいな、と首を傾げるヤーさん達。
おかしくないわ!
100%カタギだから!
さらに言うなれば、何時間か前に転生したブサメンだから!
「おめえ、本当に鉄砲玉か?」
手下Aが聞いてくるが、おれは何度も言っている。
「だから、違いますってば!」
腑に落ちない顔の面々。
親分が顎でクイッとおれを指す。
「じゃあ何で石なんて投げたんだ? リアの防弾ガラスが砕けるほどの威力だったんだぞ、投石機でも使ったんだろ?」
げ。
あれ防弾ガラスだったのかよ。
おれのイケメンピッチングは、防弾ガラスも砕く威力ってことか。
まあ、何で石を投げたかって聞かれても、正直に答えるまでなんだがな。
「いえ、実はカラスを狙ってましてね……」
「カラスだぁ?」
間髪入れずに聞いてくる。
せっかちだな。
言うっつうの。
「そのカラス、神様を攫って行ったんです!」
……はっ!
神様って言っても、他の人にはただの派手な芋虫だ。
てか、神様発言のせいで、ふざけてると思われるかも……
「ふざけてんのかッ!?」
ぶへ!
手下Bに背中を蹴られた。
手がヘソから離れそうになったが、何とか堪えた。
危ない危ない。
こんな恥ずかしい姿、誰にも見せられない。
……あ。
突然思い出したんだが、おれのヘソってチートなんだよな?
まあ、絶対に見せないけど、もしヤーさん達相手にチート発動したらどうなるんだ?
ま、まさか……後ろからウホられたりしないよな?
それは絶対に嫌だ。死んでもヤダ。
ヘソはもちろん見せないが、守る理由が更に増えた。
絶対死守だ。
「おめえ、その手なんだ?」
おれの祈り空しく、早速絡まれてしまった。
ちょっと意識し過ぎてしまっただろうか。
マズいぞ。
これを見せる訳にはいかない。
おれの自尊心を守る為にも、チート発動させない為にも。
「いえ、お腹が少し痛くて……」
咄嗟にありきたりな嘘が出る。
波津根親分は肩眉を吊り上げた。
「やっぱり何か隠してんな?」
「いえ! なにも!」
しまった。
反射的に否定したが、これじゃ隠してますと言っているようなもんじゃないか。
親分の口がにやりと笑った。
「調べろ」
「「へいッ!」」
手下どもがおれの腕を掴む。
「や、やめてくれ!」
「抵抗すんじゃねえ! オラ!」
「う、うわぁあ!」
おれの手は退けられた。
時が止まる。
世界が音も時間も置いてけぼりにした。
ヤーさん達も、おれのヘソを見て固まった。
もちろん、そこにボスも含まれる。
庭の方からシシオドシの音かカコーンと響く。
そしておれの中の時間が再起動した。
熱い何かがおれの顔中に広がる。
「だ、だから何も無いって言ったじゃないですか……!」
おれは羞恥に心を支配され、顔は真っ赤に染まる。
そして心の中で「どうか、チートよ。発動するな!」と唱えながら、目を瞑った。
「お、おめえ……こりゃ……」
ボーカロイドっぽい若干不自然な声が、親分の間に静かに響き渡った。
手下は沈黙を守っている。
こいつらの表情から、なにかただ事じゃない事が起こっているのは、容易に想像出来る。
多分、これチート発動したっぽい。
いくらチートといっても、むやみやたらに他の人に見せたくはないいんだがね。
頼むから頬を赤く染めて「ポッ」とかならないでくれ!
「デベソじゃねえかぁ!!」
波津根親分は、その恐ろしい顔を引きつらせて、尻餅をついた。
それにつられて、子分達も後ろに下がった。
その様子を見ると、一目惚れ系のチートじゃない事がわかった。
ひとまずは安心だな。
と思ったところで、波津根親分とその手下達はあり得ない行動に出た。
「す、すいませんでしたァッ!」
みんな揃ってその場に土下座したのだ。
立っていた子分たちに至っては、ジャンピング土下座だった。
……なぜこうなった?
「まさか、デベソとは思っていませんでしたッ! どうかお許しを!」
あの恐ろしい顔の親分が、畳に額を擦り付けおれに許しを乞う。
声はボーカロイドだけどな。
てか、これは一体どんなチートが発動したのだろうか?
気になるが、神様不在の為、確認する事が出来ない。
自分でも全く分からない。
親分の大きな声を聞きつけたのか、襖の隙間からチラチラこちらを覗いているヤツかたくさんいる。
「あ、あの……とりあえず頭を上げてください」
親分に頭を下げさせたならず者として始末されるのは勘弁なので、頭を上げてもらおう。
「いえ! あんなにひどい仕打ちをしたんだ! いくら謝っても足りねえよ!」
親分のデカい声が響く。
襖の外が騒がしくなって来た。
これは早く丸く収めなくては……!
しかし、丸く収めるって言っても、どう収めたら良いんだ?
全く良いアイディアが浮かばない!
どうする……おれ!?