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第15話 ヒロイン・ロワイヤル-1

「えーそれでは、アタカ君の成長と、クロの初脱皮を祝しまして……乾杯!」


 市長が掲げた杯に合わせ、そこらじゅうでコップが打ち鳴らされた。


 流石の市長も、フィルシーダから遠くここビレンラーヴァまでたったの三日で辿り着くのは、相当の強行軍だったらしい。今日はアタカ達と同じ宿に泊まっていく事となった。


 ならば、と設けられたのがこの宴席である。

 アタカ達どころか見知らぬ他の竜使い達まで巻き込んで、愉快げに酒を酌み交わす市長の表情には疲れなど微塵も見られない。ただ単に騒ぎたいだけなのではないか、とアタカは思った。


「おい、『無能(ゼロ)』のアタカってのは、お前だな?」


 そんな彼を尻目にルルや桜花と静かに酒を飲んでいると、厳つい大柄な男が絡んできた。ところどころが皮で補強されたボタンの無い服と、指にできた手綱ダコ。間違いなく彼も竜使いだ。


「なにかご用ですか?」


「ルル。……はい。僕がアタカです」


 気色ばむルルをおさえ、アタカは男に答える。


「そうか。お前……」


 ツルツルに剃りあげられた頭に逞しい体躯は、どこかムベを彷彿とさせる。

 まるで鬼のような険しい顔つきのその男が、


「すっげえ奴だな!」


 破顔して、アタカの背を叩いた。


「おっ、そいつが今日の主役か?」


「なるほど、いい面構えだ」


「うわ、話は聞いてたけど、本当に若いのね」


 それに釣られるようにして他の竜使い達が集まってきて、アタカは目を白黒させた。彼らの表情には嘲りの色はなく、むしろ好意的な雰囲気が伺える。アタカばかりでなく、ルルも何が起こっているかわからずに戸惑いの表情を見せた。


「よくもまあ、パピーでここまで来たもんだ」


 最初の男が呆れ混じりの声で言えば、竜使い達は揃って頷く。


「あの、でも、桜花やルルも一緒だったから……」


「あのなあ坊主。俺達をサハルラータだの、シルアジファルアだので燻ってる連中と一緒にするんじゃねえぞ」


 二番目に近づいてきた男が、眉をあげて諭すように言えば、


「うむ。ここにいる者は皆、あの砂漠を超えてきたのだ。その苛酷さは良くわかっている。強い仲間がいるからとて、おんぶにだっこで抜けられるような所ではない」


 三番目の男がしみじみとそう語り、


「だいたい表に座ってるトゥルー・ドラゴンの育ち方を見れば、どれだけ鍛えてきたかなんて一目でわかるわ」


 年嵩の女竜使いの言葉に、銘々が深く頷いた。


「でも、僕は……適合率が」


「そう、そこだ。それが、すげえんだよ」


 髭面に投げかけられる初めての言葉に、アタカは思わず瞠目する。


「竜使いになって一年のルーキーでこの街にまで辿りついてるってのがまずすげえが、まあ、他にいないわけじゃねえ。最速で二か月だったか? そんな奴もいるっちゃあいる。……だがな。適合率50%以下でここまで来たやつなんてのは、ちょっと聞いたことねえな。ましてや0%なんてのは前代未聞だ」


 なあ、と後ろを振り向く髭面の男に、「俺は87%だ」「72よ」「93%」「68パーだ」などと口々に竜使い達は答える。


「俺は57%。竜使いになって十三年目で、ここにいる連中の中じゃ一番低い。……いや、低かった。今日まではな。適合率なんてのは、努力じゃどうしようもねえ。だからこそ、ここじゃあ低けりゃ低いほど尊敬されるんだ」


 アタカを囲む竜使い達の瞳に浮かぶのは、純粋な尊敬の念。竜使いになってそんな目で見られるのは初めてで、アタカはどうこたえていいかわからなかった。


「おっと悪い、そういや名乗ってもいなかったな。俺はイタクってんだ」


 髭面がそう名乗るのに倣って竜使い達が口々に名を名乗り、アタカの周りに椅子を引いてきて集まる。


「なあ、今までどんなふうに戦ってきたんだ? 話を聞かせてくれよ」


「ええと……」


 ルルや桜花に視線を向ければ、彼女達は心底嬉しそうにニコニコと笑っていた。


「じゃあ、マカラと戦った時の話を」


 そう言った瞬間、何人かが酒を吹いて咳き込む。


「おいおいおいおい! まさかマカラを倒したってのか!? パピーで!?」


 そのうちの一人であるイタクが、信じられないと言った様子で首を振る。


「直接倒したのは僕じゃありません。八人で行きましたから」


 アタカが答えると、竜使い達は複雑な表情で互いに顔を見合わせた。

 八人いればまあいけるか、と言うものあり、いや、やっぱり俺には無理だ、と言うものあり。


「八人なあ。それでも厳しい気はするが……ちなみにどんなメンツだったんだ?」


「一人はそこのルル。精霊竜使いです」


「ああ。知ってるぜ、95%の試験第三位だろ」


 ちらりと視線を向ければ、美少女はにっこりと微笑んで完璧な角度で首を傾げた。


「はい。それと、カクテっていう海竜使い」


「ああ、海で戦うんならまあ、海竜使いは必須だわな」


 ふむふむ、とイタクは頷く。


「それにソルラクっていう人竜使い」


「ああ、そいつも有名だな。竜人ソルラク」


 四人の中ではアタカとソルラクの知名度が図抜けて高い。

 当然、その二人がパーティを組んでいる事も聞き及んではいた。


「それと、それぞれの竜で八人です」


「それは四人っていうんだよ馬鹿!」

「全員ルーキーじゃねえか!」

「自殺志願者か何かなの!?」


 アタカが言った瞬間、四方八方から突っ込みが飛んできた。


「え、というかそれで勝ったのか? マカラに? 吹かしだろ流石に」


「いやいや、聞いた事あるぞそのカクテって奴。草原でマカラにした竜投げ落としてたって」


 ざわつく竜使い達の表情が、困惑から強い好奇心へと変わっていく。


「おい、もっと話を聞かせてくれ!」


「いや、ちょっとマカラの話をもっと詳しく」


「ええい、こうなったら最初っから全部話せ話せ!」


 津波の様に竜使い達が押し寄せる。

 助けを求めようと視線を向ければルルと桜花はいつの間にか退避していて、アタカは逃げ場を失った。






「はー……」


 竜の力で作られた砂漠の中に竜の力で張られた結界は、力を丁度打ち消して通常の空間を作り出しているらしい。街の外に一歩出ればたちまち凍りつくほどの夜の空気も、街中であれば火照った頬に心地良く感じる程度だった。


「お疲れ様です、アタカ君」


「ルビィさん……ありがとうございます」


 何とか竜使い達の質問攻めから抜け出し、涼むアタカ。

 その背中に声をかけたのは、ルビィだった。


「これ、渡しておきますね」


 そう言って手渡されたのは、琥珀色の宝石だった。

 手にしてみればそれが何であるか、竜使いであるアタカにはすぐにわかる。


「ドラゴン・パピーの魔力結晶……?」


「はい。クロちゃんの脱いだ皮を圧縮すると、結晶になるんです」


 ルビィは自分の胸の前で、手の平を合わせてぎゅっと押しつぶすジェスチャーをして見せた。


「いつか役立つ日が来るかもしれませんから、大事にとっておいてくださいね」


「役立つ……ですか?」


 最弱の竜と言われるパピーの結晶が役に立つことがあるんだろうか。

 心中で首を傾げつつも、アタカはそれをポケットに仕舞い込んだ。


「そういえば、コヨイさんは一緒じゃなかったんですか?」


「市長の仕事は、沢山ありますから……」


「明日お詫びの品を何か調達してきます」


 どうやら仕事を押し付けて来たらしい。

 そもそも市長はただ脱皮を見届けただけで特に何かをしたわけでもなく、ただ単に仕事をサボるだしにされたのではないか、という疑いがアタカの中で首をもたげた。


 ……それにルビィを連れてきてくれたのだから、全く問題ないが。


「どうしたんですか?」


「い、いえ」


 思わずじっと見つめるアタカに、ルビィは首を傾げる。


 彼女はくすりと笑ってアタカに向き直ると、彼の頭をぽんぽんと撫でた。


「本当に立派になりましたね。背もとうとう、あたしを超えて……」


「いや、旅立つときにはとっくに抜いてましたよ」


「あれ、そうでしたっけ」


 くすくすと笑う彼女の顔は、アタカの記憶と全く変わってなくて。


「ルビィさん」


 それはまるで水が流れるように。

 坂を石が転がるように。


「好きです」


 気付けばごく自然に、アタカはそう言っていた。

 ルビィのサファイアのような大きな瞳が、一瞬更に大きく見開かれる。


「ありがとう。あたしもアタカ君のこと好きだよ」


 しかしすぐに彼女はにっこりと笑うと


「竜使いの皆は、あたしの子供みたいなものだから」


 そう、答えた。


「……はい」


 頷くアタカの頭をもう一度、ルビィは撫でる。


「じゃあ、あたしはそろそろ部屋に戻るね。アタカ君も、あんまり夜更かししない様に」


「わかりました、ルビィ先生」


「よろしい」


 アタカより頭一つほど小さな彼女は胸を張って笑い、踵を返す。


「……ごめんね」


 去り際に、彼女がそう呟く。

 聞こえるかどうかという微かな声を、アタカの耳はしっかりと捉えた。

 謝ると言うことはつまり……そういうことだ。


「はぁっ……」


 思ったよりも、平気だ。アタカはそう思った。

 もともと、こうなる事は薄々わかっていたことなのだから。


 だが、それは誤りだった。

 じわりじわりと身体を蝕む病の様に、アタカの心は落ち込んでいく。

 それに合わせるようにして腰を下ろせば、誰かが近づいてくる軽い足音がして、そのままアタカの横にストンと横に座り込んだ。


 ルルだ。彼女は何も言わずに、コップを両手で持って傾ける。

 こくりこくりと小さく喉を鳴らす彼女の頬は、ほんのりと赤かった。


「ん」


「……ん」


 手渡された酒の残りを、アタカは一息に飲み干す。

 何も聞かず、何も言わない。この幼なじみはいつだってそうだった。


「駄目だったよ」


「……そう」


 アタカが言うと、ルルは僅かに首を傾ける。


「じゃあ、次は私の番ね」


 そして彼女は、アタカの瞳を真正面から見据えて、言った。


「私、アタカが、好き」


「……うん」


 人と人とに適合率があったとするなら、私とアタカは何パーセントなんだろう。

 ルルはふと、そんなことを思う。

 多分、90%は超えているのではないだろうか。


「ごめん」


 ルルがアタカのことを想っている事になんか、彼はとっくに気付いていた。

 そして、気付いていることをルルは知ってるし、ルルが知っていることもアタカは承知している。


「ううん、大丈夫」


 だからこそ、ルルは笑った。

 彼が知らないことがあるとすれば、ただ一つ。


「これから傷心のアタカに付け込んで、こっち向かせてみせるから」


「なっ……」


 恋する乙女は、少年が思うよりもずっとしたたかだと言うことだ。






 ルビィは宿の廊下を足早に歩いていた。

 手の平を胸に当ててみれば、未だにドキドキと鼓動している。


「もう……」


 アタカはこの一年で、本当に大きくなった。

 その身体も、心も。


「すぐ……大きくなっちゃうんだから」


 鮮やかなエメラルド・グリーンの髪と長い耳が示すように、彼女は『外人』だ。

 そして、厳密には人でもない。


 少年よりもずっと長生きをしていて――


 そしてきっと、少年よりも長く生きるのだ。

 全く変わらぬ姿のままで。


 ルビィは十代後半にしか見えないが、実際にはその十倍以上を生きている。

 アタカの想いを受け入れるわけには、いかなかった。


 今までもずっとそうしてきた。

 文字通り人ならざる美貌を持つ彼女だ、そうして愛を告げられたことは初めてではない。


 だが。


『好きです』


 あんなひたむきに、真っ直ぐに想いを伝えてきた相手は、他にいただろうか。

 アタカの事はそれこそ、赤ん坊の頃からずっと知っている。


 彼が初めてドラゴン・パピーの牧場に姿を見せたのはいつだっただろうか。

 呼び名が『ルビィお姉ちゃん』から『ルビィさん』に変わったのは。

 彼からの好意に気付いたのは、いつだっただろうか。


 これ程までに胸をときめかせられるのは、何十年ぶりだろうか――


「はぁ……」


 ルビィは重く息を吐きながら、あてがわれた部屋の扉を開ける。


「おかえりー」


「ただ今戻りまし……ってなんでいるんですか、コウさん!?」


 市長がごろごろベッドに転がりながら、焼き菓子を摘まんでいた。


「何でってそりゃあ、君を待っていたからだよ」


 キリリと表情を引き締め、市長は重々しく告げる。


「あの。シリアスな表情するなら、寝転がりながらポリポリクッキー食べるのやめてくれませんか」


「美味いよ。どう?」


「頂きますけど……」


 体勢を変えてベッドに座る市長から、差し出されたクッキーを受け取る。

 この市長とも随分長い付き合いだが、彼だけはどうにも行動が読めない。

 サクサクとしたクッキーを口に入れてみれば、それは悔しいくらい美味しかった。


「ルビィにはこれからしばらく、アタカ君についていってもらう」


「ごっほごほごほげほっ!」


 食べてる途中で告げられた話に、ルビィは思いっきりクッキーの欠片を気管に入れてしまい咳き込んだ。


「大丈夫?」


「なん……なん、で、です、か」


「一応保険をかけておこうと思ってね。今季の試験は終わったばかりだし、君はしばらく暇だろ? 何か問題でもある?」


 物凄く気まずいんですけど。


 そんな言葉を、ルビィはぐっと飲みこんだ。

 流石にそんなプライベートな事情を差し挟める話題ではない。


「アタカ君になら……話してしまってもいいんじゃないでしょうか」


「いや……こればっかりはそういうわけにもいかない。気づかなければそれでよし。しかし、もし気付いたその時は……」


 市長は、ルビィに鋭い視線を向けた。


「その時は、ルビィ。君が、クロを殺すんだ」

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