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第14話 死の大海原-5

「あっ、大丈夫、なんか……落ちるのがゆっくりになったって」


降下制御(ゴメディ)だ」


 ディーナを通じて送られたルルの報告に、アタカはほっと胸を撫で下ろした。


「すごく心臓に悪い」


 自分から言い出しておいて、彼はいっそ自分が死にそうな程に憔悴していた。


「気持ちはわかる」


 ルルのそれは半分慰めの嘘で、もう半分は本心からの言葉だ。


 彼女にはどうしたってアタカの気持ちなどわかるわけはない。

 ディーナとルルの心は通じ合っていて、互いに考えている事はすぐにわかるからだ。しかしだからこそ、そうでない状態がどれだけ不安かは、アタカ以上に実感できた。


 大まかな状況は遠目にもわかるし、ディーナを通じてある程度の状況はわかる。

 しかし細かい指示は殆ど不可能だ。ルルとディーナを経由しては遅すぎて、下手な指示をすればそれはかえって命取りになりかねない。


「やっぱり、シンバさんは凄いや」


 ぽつりと、アタカは呟いた。


 竜使いにとって竜は何よりも大事な相手だ。

 竜は、竜使いよりも圧倒的に強い。


 だがそれを信頼するという事の、なんと難しい事か。

 アタカは改めて、つくづくと思い知った。


「アタカ様、もう、大丈夫です」


 桜花は身体を起こし、そういった。

 その表情はしっかりとして、呼吸に乱れもない。


「……いや、駄目だ」


 しかしアタカは首を横に振った。


「何故ですか?」


「理由は三つ」


 アタカは指を三本突き出し、桜花の前に突き出す。

 彼女の視線がそちらに向いた瞬間に、アタカは桜花の額にぴたりと指を突きつけた。


「一個目は、桜花がまだ本調子じゃないってこと。僕の目は誤魔化せないよ。この砂漠の熱はただの暑さじゃない。根源的な体力そのものを燃焼させるんだ」


 それでも桜花一人だけや、一時間、二時間だったらなんともなかっただろう。

 しかし、竜車を曳いて長時間歩くのは、予想以上に桜花の体力を奪っている。


「しかし……!」


 とはいえ、回復したというのも嘘ではない。

 ベテランの竜である桜花はその判断を間違えはしない。

 全快ではないにせよ、戦うのに十分な力は取り戻した。

 あのサンドワームくらいなら倒せるはずだ、という自負はあった。


「二つ目。万が一、桜花がサンドワームと戦ってる間に別の竜に襲撃されたら、誰がこの竜車を守る?」


 しかし、続くアタカの指摘に桜花は息を飲む。

 体調が万全であればともかくとして、体力の落ちた状態であの巨体相手では流石の桜花も瞬殺というわけにはいかない。その間にアタカ達が狙われる可能性は十分にあった。


「そして、三つ目」


 三本目の指をゆっくりと折り曲げながら、アタカはにこりと笑う。


「信じて。クロを……クロと、僕のことを」






 ぞぶり、と。


 それが砂原であるとまるで感じさせない滑らかさで、サンドワームは地にその巨体を潜ませる。ゴム質の皮に覆われた巨体がするすると同じ軌跡を描いてそれに続き、あっという間にサンドワームの姿は見えなくなった。


 しかしそれを確認することさえなく、クロは砂漠に続く石の道をひた走っていた。


 ディーナの種族、メリュジーヌ。リュジニャンの乙女とも呼ばれるその竜は、自由自在に城塞を作り上げる魔術を使う。その応用で柱や塀を作り上げるのもお手の物。そして今は、砂浜の上に石畳の道を作り上げ、クロの行く手を導くかのように伸ばしていた。


 魔力によって作り出された白い石の道が、紅い砂漠を二つに切り取るかのように真っ直ぐ伸びていく。


 その端が、突如として砕け散った。


 現れたのは三角形の歯。それも一本や二本ではない。何十本もの歯がずらりと並んで、鋸の様に細かく振動すると石の道を飲み込み、一瞬にしてバラバラに刻み砕いてしまう。


 サンドワームがその頭を地表に半分だけ出して、道を飲み込みながらクロの後を追いかけていた。


 円筒状の頭の先は殆どが口で、筒のようにぽっかりと開いている。その丸い口の中には鋭い牙が、上もなく下もなく一定の間隔でぐるりと生え揃っていた。そしてそれは、喉の奥に行くにしたがって少しずつ狭く小さくなりつつも、何重にも並んでいるのだ。


 それはまるで、地獄のすり鉢のようだった。


 道を轟々と飲み込みながら砂の中を泳ぐ大砂虫から、クロは必死に逃げる。

 その手足は俊敏に動き、駆ける速さは風のよう。それに比べてサンドワームはゆっくりゆっくり、牙を蠢かせながら蠕動して進む。


 だが、体格差による速度差はいかんともしがたかった。あっという間にその距離は詰められていく。駆けるクロの尻尾が、ピンと伸ばされた。


 彼の意思で伸ばしたのではない。凄まじい勢いで砂を吸い込むサンドワームの吐息に、尾が引っ張られているのだ。


 近くによって見れば、その勢いはまるで嵐の只中にいるかのようであった。クロの長い毛並みが激しく後ろへと流れ、垂れた両耳が旗の様にはためく。石畳に爪を立てるクロの速度が急激に落ち、その背にサンドワームの牙が迫った。


 クロの尻尾に生えたふさふさの毛並みの先が、サンドワームの牙に触れてチッと音を立て、消し飛ぶ。


 その瞬間、サンドワームの顔は巨大な爆炎に包まれて、大砂虫はうなり声を上げながらその首を大きく仰け反らせた。


「クロ、いそいで!」


 ディーナの放った、渾身の一撃だ。

 ある魔術を維持しながら、別の魔術を使う。

 これは難しいが、できるものはそう珍しくない。


 だが、ある魔術を使いながら、もう一つ魔術を使う。

 これが出来るのはごく限られた、魔術の才能に選ばれたものだけだ。

 それは竜とて同じこと。


 石の道を絶えず作り上げながら巨大な火炎球を投げ放ったディーナの魔術の腕はまさに一級。魔術の扱いだけに特化した彼女の面目躍如だ。


 ――だが。


「もう一発は、できない」


 それを持ってしてもサンドワームの巨体には牽制程度、時間稼ぎにしかならない。

 そして、もう一度それを放つだけの時間はなかった。


 サンドワームは再びその身体を砂の中に潜ませる。先ほど味わった痛い目に懲りたのだろう、今度は完全にその姿を隠す。モグラが進むかのように砂を盛り上げて塚を形作りながら進むその速度は、先ほどまでよりかなり減じているものの依然としてクロより速い。


 水面を伝う波紋の様に、円形に砂原が波打つ。そして真下から掬い上げる様にして、サンドワームの巨大な口が地表に現れた。その無数の牙に、クロの身体は一瞬にして粉々に引き千切られた――だろう。


 もし、その場に彼の身体があれば。


 たたん、と。

 石畳を打つ軽い音に、サンドワームは敵がまだ健在であることを悟った。

 三度砂に潜り、なおも伸びる石の道を食い荒らしながら大砂虫は敵を追う。


 その背に、クロは必死にしがみ付いていた。

 サンドワームに深く刺さった柱の槍は、砂に潜っても僅かに顔を出している。

 そこに掴まりながらも、彼はディーナの伸ばす石の道の上にたんたんと風のつぶてを放って足音を偽装していた。


 サンドワームは視覚を持たず、獲物を音と振動で見つけ出す。そしてそのあまりの巨体故に、背に乗るクロの姿にさえ気付くことはなかった。


 己と全く同じ速度で逃げていく敵の幻影を追いかけて、サンドワームはひたすらに砂海を泳ぐ。石の道を曲げてやればそれに沿って律義に曲がる様は、まるで馬車を引く馬のようだ。


 ぐるりと岩山を迂回するように誘導し、その背後に回った所でクロは岩山に飛び移る。アタカ達の待つ竜車からは十分に引き離した。後はここから足跡を悟られないように戻ればいいだけだ。


 ほぅ、っと背中の上で、ディーナが深く息をついて力を抜く。それに合わせる様に、クロはパタパタと尻尾を振った。


 クロは空は飛べないが、降下制御に風の魔術を組み合わせれば滑空の真似事くらいは出来る。サンドワームを撒くには十分だ。


 ピンと尾を立て意気揚々と歩き出すクロの足が、ごうごうという音にピタリと止まる。不審な音に首を傾げて振り向く彼の目に映ったのは、その身体をもたげ、激しく砂を吸い上げるサンドワームの姿だった。


 考えるよりも早く、クロは岩山を盾にするようにして飛び降りる。同時に、サンドワームが勢いよく吐き出す砂のブレスがそこを襲った。


 多量の岩と砂とを含む破壊の嵐が、見る間に巨大な岩山をも削り取る。その陰で頭を抱えるようにして丸まるクロとディーナの周囲の岩がボロボロと崩れていく。


 そしてそのまま己の身体よりも大きなその岩山を、大砂虫は一息で吹き飛ばした。

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