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第14話 死の大海原-2

「いつの間に……」


「うむ」


 全く気配さえ感じさせずに入り込んだ彼にイズレが絶句し、シンバは頷く。


「みんな話に熱中してて気付いてくれないから、わしちょっと寂しかったよ」


 そして背中を丸めて呟く老人に、イズレは思い切り毒気を抜かれた。


「……シンバ老ですね。お会いできて光栄です」


 しかしすぐに気を取り直して、恭しく頭を下げた。

 その言動や戦闘スタイルはともかくとして、相手は偉大な大先輩だ。


「ですが、止めておいた方が良いとはどういう事でしょうか?」


 だが、その言葉は抜身の刃の様に鋭くシンバに向けられた。


「簡単な事じゃよ。お前さんらではまだ力不足ということじゃ」


 シンバはそれを気にした風もなく、あっさりとそう言ってのけた。


「あの門の奥に何がいるのか、ご存知なのですか」


「さて、そこまでは知らんよ。だが、多分まだ無理じゃ。九割九分は負けるじゃろう。残り一分に賭けてみるかの?」


「……何を、知っているのですか」


「うむ」


 険しい視線を向けるイズレにシンバは重々しく頷き、


「なーんもしらんよ」


 ぬけぬけとそう言い放った。


「それはないでしょう」


「それが、本当なんじゃよ。割と思わせぶりな感じに振る舞っとるが、なーんも知らん。少年らにはうちの桜花が世話になっとるんじゃ。知っとったら教えるわい」


 そう言って呵々大笑する老人を、アタカ達は呆れ半分で見つめた。


「胡散臭いなあ」


「半端な知識というのは、時に邪魔になるものなんじゃよ」


 真正直に感想を漏らすカクテに、シンバは少しだけ真面目にそう答える。


「だったら何にも知らん方が上手く行ったりするものなんじゃ」


「どちらにしろ、教える気はないって事ですね」


 ルルは呆れたようにため息をついた。


「まあもうちょっと強くなることじゃ。少なくとも山脈くらいは超えられんと話にもならん」


 シンバの口から出た具体的な目標に、イズレの瞳が真剣味を帯びる。


 ティフェレト山脈。


 世界樹の前を塞ぐ最大の壁であり、この大陸でもっとも強力な竜の棲む場所だ。


「……ご忠告、痛み入ります」


「何、構わんよ」


 鷹揚に頷くシンバに、イズレは僅かに唇を噛み締めた。


「じゃあ、これからの予定なんですけど……」


 アタカが地図を広げると、


「あたし海いきたい」


「強い敵のいる場所」


「俺は……もうしばらくこの辺で経験を積んだ方が良い気がするな」


「流石に山脈に挑むのはまだ時期尚早だろうか?」


「ワタシは金が稼げる場所に行きたいものだね」


「えっと、わたしはアタカに付き合うよ」


 一同が口々に勝手な事を言い出した。


「アタカはどこかいきたい場所あるの?」


「……うん」


 ルルに言われて、アタカは地図の一点。

 今いるシルアジファルアから北を指さした。


「ここにある、古代人の遺跡って所に行ってみたいんだ」


「ホド遺跡か……」


 すると、イズレが難しい表情を浮かべる。


「となりゃあ、砂漠を通ることになるな」


 ムベの太い指が道を辿り、北の大砂漠を示した。


 ネツァク砂漠。

 この大陸の中央に横たわり、その面積の五分の一程を占める広大な砂漠だ。


「え、砂漠とか絶対嫌なんですけど」


 カクテが露骨に顔をしかめた。


「実際、カクテは厳しいだろうな。砂漠じゃあ海竜種はカラカラに干上がっちまう」


 しかし今回は我が儘というわけではない。


「そんなに厳しいんですか?」


「ああ。海竜種に限らず、魔術の不得意な種の竜は戦う以前に熱気と乾燥でやられてしまう。自分を冷気で防御できることが砂漠横断の最低条件と思ってもいい」


 実際に痛い目を見た事があるのだろう。

 アタカの問いに、イズレは苦々しげに答えた。


「となると……」


 アタカはぐるりと周りを見回した。

 魔術が得意と言っていいのは九竜種の中でも多くはない。精霊種、神竜種、そして万能型の主竜種だ。


「クロは同時に魔術を使えるのか?」


「はい、三つまでなら」


「マジかよ。すげえな」


 頷くアタカに、ムベが感心の息をついた。

 純粋な魔力量だけで言えば、種族に恵まれているジンやビー・ジェイの方がクロよりも多い。だが、複数の魔術を同時に維持するのはどちらかというと技術の問題だった。


 竜使い自身に使う防御魔術は絶対必須、どの竜も外せない。

 その上でジンやビー・ジェイは自己強化もかける必要がある。

 魔術を得手とも不得手ともしない人竜や半蛇種ではそれが精一杯。


 魔術が不得意な獣竜種のエリザベスや蛇竜種のゴールディ、海竜種のウミは一種類だ。防御魔術の維持が必須である以上、それはつまり実質的に魔術が使えないということだ。


「では、現時点で砂漠でまともに戦えそうなのはアタカとルルだけか。二人では流石に厳しいだろうな」


 その灼熱の環境を置いても、砂漠は過酷な場所だ。

 炎と熱の化身のような強力な竜達が襲い掛かってくる。


「じゃあ桜花ちゃんにも来てもらえばいいじゃん」


 あっさりとカクテがそう言った。

 成り行き上同席してはいるものの、桜花は仲間というわけではない。


「そうね。そうしてくれたら嬉しい」


 しかし敢えてルルはカクテの言葉に乗った。


「勿論、頼りっきりになるつもりはないけど……私はもっと桜花と一緒にいたいな」


「ルル……」


 桜花の瞳が、一瞬揺れた。


「ありがとうございます。すごく、嬉しいです」


 しかし、それも一瞬だけの事だ。

 彼女はすぐに、寂しげに目を伏せた。


「ですが、私は……」


「行ったらいいんじゃないかの」


 その言葉を遮るのは、他ならぬシンバだ。


「駄目です、砂漠だなんて……ご主人様のお体に障ります」


 だが桜花は、頑なに首を振った。

 ただでさえ過酷な砂漠に、高齢のシンバを連れていくわけにはいかない。


「じゃあ桜花だけで行けばいいじゃろう」


「な……」


 あっさりと放たれたシンバの言葉に、流石にカクテを含む全員が絶句した。


「ご主人様、それは」


「のう、桜花。お前は何年もわしによく尽くしてくれた」


 シンバは優しげな眼で桜花を見つめ、諭すように語る。


「だがのう。子はいつか親の元を離れるものじゃ。おぬしもそろそろ独り立ちしていい頃じゃと思うよ」


「ご主人様……」


「いやいやいやいや、何言ってんの? おかしいよね?」


 感動に目を潤ませる桜花に、カクテはぶんぶんと手を左右に振った。


「噂に聞いていた通りの御仁だな」


 イズレが呻くように呟く。

 これほどあっさりと竜だけで行動させる竜使いなど、聞いたこともない。


「なあに、少年がいるんじゃから大丈夫じゃよ。竜使いの加護を受けずにおる竜なら、既にクロがおるじゃろう。一人も二人もさして変わらん変わらん。特にうちの桜花は手がかからん子じゃしの」


「まあ確かにおじいちゃんとかいても足手まといにしかならない気もするけど……」


「桜花は、どうしたい?」


 頭を抱えるカクテという珍しい光景を横目で気にしつつも、ルルは桜花を見つめた。


「私は……」


 彼女はルルを見、その視線をゆっくりとアタカへと移す。

 ルルが、見えないように彼の脇の辺りを肘で突いた。


「桜花、一緒に来る?」


「良いん……ですか?」


「勿論。桜花なら大歓迎だよ。強いし、頼もしいし、綺麗だし」


 ゴッ。


 ルルの肘が、アタカの脇を強かに打った。

 誰もそこまで言えなんて言ってない。


「はい」


 ぱっと笑顔の花を咲かせ。


「不束者ですが、よろしくお願いいたします」


 桜花は深く、頭を下げた。

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