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第14話 死の大海原-1

「じゃあ、いくよ」


「うん。頑張ろうね」

「おっけー!」

「ああ」


 アタカの言葉に、ルル、カクテ、ソルラクが三者三様の返答を見せる。


「くれぐれも、お気をつけてくださいね」


 その光景を心配そうに、桜花が見つめていた。


「……やはり、私もついて行った方がいいのでは」


「大丈夫だよ」


 思いつめた様子の桜花に、アタカは意識してにっこりと笑いかけた。

 全く不安を抱いていないと言うように。


「ちゃんと勝って戻ってくるから」


 アタカたちはコクマの森、フンババの守る門へとやってきていた。

 門を開ける為のドラゴン・ゾンビの魔力結晶は当然のこととして、フンババの邪視を防ぐための対石化魔術や恐怖の相貌対策の平静魔術など、彼の持つあらゆる能力を封じる手段は講じてのリターン・マッチだ。


 事実、九分九厘負ける事はないだろうと踏んでいた。


「……わかりました」


 その表情から不安は拭いきれず、しかし桜花はこくりと頷く。


 桜花がついてくればその確率を十分にする事は出来るだろう。

 だが、そうするのは互いにとってよくない事だというのが、アタカとシンバの共通した見解だった。


 アタカ達ルーキーに比べ、桜花はあまりにも強すぎる。

 彼女に頼ってしまう事は今後のアタカ達の成長の芽を摘むことになりかねない。


「ご武運を」


 桜花に見送られ、アタカたちは門を潜り抜けた。






「おう、帰ったぞ」


 ムベ達が返ってきたのは、ちょうどその日の夜のことだった。


「何だ? どうしたんだ?」


 アタカ達が拠点としている、カクテの知己の宿。

 その食堂に足を踏み入れると同時に、ムベはそこに漂う沈鬱な空気に気が付いた。


「ムベさん……お帰りなさい」


 アタカが力なく、ムベに視線を向ける。

 その表情と赤く腫れた瞳に、ムベは状況を殆ど察した。


「まさか……」


 まさか、に続く言葉をムベは飲み込む。


「竜でも死んだのかね」


 しかしその先をあっさりとナガチが口にして、それに怒鳴る間もなくアタカがこくりと頷いた。


「本当に……クロの奴が、死んじまったってのか?」


 信じられない気持ちで、ムベは呟く。


「え、いえ、クロは元気です。外の竜舎にいますよ」


 しかしアタカはあっさりと首を振った。


「じゃあ……ウミか? ディーナ……ジンってこたあ、ねえだろう?」


 アタカはそのどれもに首を振る。

 名前を呼ばれた竜達が、ひょこりと椅子の陰から姿を見せた。


「そんじゃあ一体、誰だよ」


「……フンババです」


「誰だよ!?」


 悲痛な表情で言うアタカに、ムベは思わず叫んだ。






「野生とも、竜使いの竜とも違う感じ……ねえ」


「はい」


 結論から言えば、フンババに再度挑んだ結果は勝利であった。

 それも、あまりにもあっけない勝利だ。


 フンババは忠告を無視して足を踏み入れたアタカ達を罵ることも、怒鳴ることも無かった。ただ淡々と襲い掛かり、死ぬまで戦い、そして負けた。


 ――まるで、野生の竜の様に。


 以前会った時とはあまりにも違うその様子に、アタカは無意識に悟った。

 何があったのかはわからない。

 だがあの時言葉を交わしたフンババという竜は、もうすでに死んでしまったのだ。


「最近、はっきりわかる様になってきたんです」


 ぽつりと呟くように、アタカは口にする。


「野生の竜には……上手く言えないけど、何かが欠けている」


「何かってなに?」


 そう尋ねるカクテの口調にも、いつもの勢いがない。

 フンババの変わりようは彼女をして衝撃を受けるほどだった。


「上手く言えないけど……例えるなら、人間味……とかかな」


「いや、そもそも竜は人間ではないのではないかね」


 冷静にナガチが突っ込んだ。

 しかしそれにアタカはハッと気付く。


「そう、人間じゃない。でも、野生じゃない竜はどこか人間臭いんです」


 アタカはソルラクの横に立つジンに目を向ける。


「ジン。君は今でも、自分の声を聞かれるのが嫌だろう?」


 ジンは険しい表情でこくりと頷いた。


「ディーナは、流暢に話せるようになってとっても嬉しいね」


「はいっ」


 対照的に、嬉しそうにディーナは笑う。


「桜花なんて、そんな姿をしてるともう本当に人間と見分けがつかない」


「恐縮です」


 桜花が恥ずかしそうにはにかんだ。


「ムベさんのエリーや、イズレさんのビー・ジェイ。マイペースでわかりにくいけどカクテのウミもそうだ。個性があって、意思がある。感情がある。心が……」


 そう言いかけて、アタカは己自身の言葉に電撃を浴びたような衝撃を受ける。


「そうだ。心だ。心が、ないんです。野生の竜には」


 アタカの意見に、その場の誰もが異を唱えられなかった。

 彼のその説明は実感としてしっくり来たからだ。

 無意識のうちに、竜使いたちはそれを理解していた。


『そんなに竜が好きなら、竜相手に戦うのって抵抗あるんじゃないの?』


 いつかカクテに言われた言葉を、アタカは思い返す。

 その時彼は、竜はしばらくすれば復活するものだから大丈夫だと答えた。


 しかしそれは間違いではないが、正当でもなかった。


「まあ、実際心ってのがあるかどうかはわかんねえけどよ。確かに野生の竜と交流したって話は聞いたことねえな」


 リザードマンやメリュジーヌといった言語を解する竜であっても、野生の竜とは会話にならない。試験にも出てくる、竜使いの常識だ。


「そうだな。ワタシも殆ど聞いたことがないよ……たった二つしか」


 ナガチが勿体ぶった調子で言う。


「そんな例があるの!?」


「何を言っているのかね」


 ガタリと席を立つカクテに、ナガチは呆れた声をあげた。


「二件とも君達から聞いた話だよ。一つは、ユルルングルとかいうケテル湖の蛇。もう一つはたった今聞いたばかりの、そのフンババとやらだ」


 アタカは頷く。


「だから、その二頭はそもそも野生の竜じゃない気がするんです」


「じゃあどっかの竜使いが操ってたってのか?」


「いえ。そういうわけでもない……と、思います」


 ドラゴン・ゾンビと遭遇した時、アタカは野生ではなく竜使いに使役される竜だと強く感じた。それこそ理由はわからないが、とにかく違いそのものは明確だった。しかしその感覚を、フンババやユルルングルには全く感じなかったのだ。


「野生の竜じゃない。かといって、使竜でもない。じゃああいつらは一体なんだってんだ?」


 ムベの言葉に答えられるものはなく、場にしんと沈黙が下りた。


「ドラゴン・ロードの部下なんじゃない?」


 それを破ったのはカクテだ。


「部下は喋る。そうじゃないのは喋んない。わかりやすいでしょ」


「と言っても、そのドラゴン・ロードの存在自体が眉唾だからね」


 得意げなカクテの主張に、ルルは苦笑した。

 正直、ルルはドラゴン・ロードが実在しているとはあまり思っていない。

 誰も会ったことがないものの存在を、一体誰が証明するというのか。


「直接聞いてみれば早いだろう」


 再び膠着しかけた場を、イズレが動かす。


「こちらの得た情報を報告させてもらうが、構わないか?」


「あ、はい、勿論です」


 アタカは気を取り直して頷いた。

 イズレ達三人はケセド平野の門を調べに行っていたのだ。

 こうして戻ってきたという事は、何らかの成果があったという事だった。


「結論から言うと、私達は『門』が開く条件をほぼ突き止めた。どうやら、時間が関係しているらしい」


「時間……ですか?」


 首を傾げるルルに、イズレは頷く。


「私達がルルとカクテを助けに行ったときは、リターンディスクの魔力糸を辿って半ば無理やり開けた形だったが、本来は特定の場所、特定の時間にだけ門は開くようだ。その条件はどちらも同じ」


「時間と場所が同じってどういうことよ」


 文句をつけるような口調のカクテに、イズレは笑む。


「『境目であること』だ」


「あっ」


 その説明でルルはピンときたようだったが、カクテは更に首を捻った。


「つまり……どういうことなの」


「簡単に言うと、こうだ。ケセド平野とゲブラー海岸の境目で、昼と夜の境目に、ほんの一瞬だけ門が開く」


「確かに、私達が門に入ったのも、ちょうど日が沈む瞬間でした」


 そうだろう、とイズレは頷く。


「その条件さえわかれば、門に入るのも、入らずに遠巻きに観察するのも簡単な事だった」


 そう言ってイズレは茶褐色の魔力結晶を取り出して机に並べた。


「これって……」


「ティラノサウルスの結晶だ。強力な竜ではあるが、攻撃手段は限られている。十分準備をしていけば倒すのはさほど難しい事でもなかった」


 全部で十はあるその結晶を、アタカ達は目を丸くして見つめた。


「ところで、門が開く条件に付いて何か一つ気にならないか?」


「はい」


「えっと……多分、それって」


「待って、待って、言わないで!」


 アタカが頷き、言いかけるルルにカクテが叫ぶ。


「……日の出」


 そんな彼女を無視して、ソルラクがぼそりと呟いた。


「あああああ! なんで! なんで言っちゃうのよ! ここまで出かかってたのに!」


「そう。一日の境目は一つじゃない。夜と朝の境目にも同じように門が開くのかを確認して……私達は、見つけたんだ。恐らくは、『残り七つ』のうち一つを」


 ソルラクに食って掛かるカクテを置いて、にわかに緊張感が走った。


「入ったんですか?」


「いや、流石に私もそこまで無謀ではないさ」


「だが、その存在だけは感じた。俺やナガチでさえわかるくれーだから、相当なもんだ」


 イズレが首を横に振り、ムベが補足する。


「というわけで、アタカ達が良ければ行ってみようと思うんだが……」


「止めておいた方がいいよ」


 イズレの言葉を遮って突然降ってわくように投げかけられた言葉に、一同の視線がテーブルの一角に向かった。


「ご主人様!」


 桜花が驚いて、目を丸く見開く。

 いつの間にか豊かな白い髭を蓄えた小さな老人が、そこに座っていた。

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