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第13話 花咲く季節-6

「……あれ?」


「どうしたの?」


「いや……なんか、戦闘が起きてるような気配がして」


 アタカの言葉に、ルルは辺りを見回した。しかし、見渡す範囲に異常は無い。竜が壁を越えて襲撃してきたなら鐘が鳴らされるはずだし、その規模は大抵、街のどこからでも見ることが出来るようなものになる。


「誰かが喧嘩でもしてる……とか?」


「それは、無いと思うけど」


 竜使い同士の、竜を使った喧嘩は理由によらず、厳罰に処される。なぜなら竜使いは、単独で街一つを滅ぼしうる力を持っているからである。


「……それより、はい」


 ルルは膝の上に置いた包みからサンドイッチを一つ取り出して、アタカに手渡した。彼女が今朝、早起きして手ずから作ったものである。小川のほとりに腰掛けて、二人はのんびりと昼食を取っていた。


「ありがとう。……うん、美味しい」


 それをぱくりとやって笑顔を見せるアタカに、ルルもまた、笑顔の花を咲かせる。


 そこで、二人の会話は途切れた。爽やかな風が吹き、ルルは乱れる髪を押さえる。沈黙がアタカ達を包み込むが、それは先程のように気まずいものではなく、ごくごく自然なものだった。


 アタカは、ルルの様子がおかしい事に最初から気付いている。そして、気付いた上で、あえてそれを問い質そうとはしなかった。


 ただただ、二人はゆっくりと流れる時間を共有する。

 いつも、そうだった、ルルがどんなに悩んでいても、アタカは何があったのか、などと問うたりはしない。悩んでいる事自体には気付いていても、だ。


 しかしそれは、無関心や厳しさでは断じてない。むしろ、信頼の表れだと、ルルは感じていた。本当にルルが困り、それをアタカに解決できるのであれば、必ず彼に助けを求めるだろう、という信頼だ。それと同時に、手を伸ばせば必ずアタカは助けてくれるだろう、と言うルルからの信頼でもある。


 言い出さないという事は、自力で解決できるか、逆にアタカに話しても彼を苦しめるだけで力にはなれないという事。


 だから、いつでも手を伸ばせる場所で、彼はずっと待ってくれているのだ。

 そしてルルはその意味で、その信頼を裏切り続けている。


 関係が壊れることを恐れ、彼に打ち明けず、ぬるま湯の様に心地良い今の関係を続け……そして、苦しみ続けている。それが、辛くもあり、申し訳なくもあった。しかしそんな彼女を、アタカはずっと傍で見守ってくれている。そんな彼だからこそ――


「何やってんのよッ!」


 そんな静かな時間を、唐突に叫び声が無遠慮に叩き壊した。


「こっちは大変だったんだからね!」


「……カクテ?」


 目に涙を浮かべ、半泣きでそう叫ぶ彼女に、アタカは目を瞬かせた。


「何かあったの?」


「何かもなにも……危うく、街が滅ぶ一大事よ」


 疲れた様子でそういい、彼女は自然な動作でルルの膝からサンドイッチを一つ掴むと、ぱくりとかぶりついた。


「ん、これおいひい。……これ、具材なにはいってんの?」


「いや、街が滅ぶ一大事って何があったの。

 まさか本当に野生の竜の襲撃があったとか?」


 あっさりと意識を食に持っていかれるカクテに、ルルは訊ねた。


「襲撃なんて早々あるわけないでしょ、壁が壊れたんならともかく。

 それに、それは一応収まったからもう良いの」


 そういい、彼女は残りのサンドイッチをもぐもぐと咀嚼して飲み下すと、びしりとアタカに指を突きつけた。


「と言うわけで、海に行くわよ!」


「は?」


 好き勝手に話を進めるカクテに対して、アタカが出来たのは首を捻る事だけであった。






「……ええ、と」


 アタカは困っていた。人生で一番困っているのではないか、と言うほどに、困っていた。彼は、先ほどルルと共に買ったばかりの水着に身を包み、海岸に立っていた。それは、良い。彼は男であるから、半裸といってよいその格好にもさほどの抵抗は無かった。同じような格好をした人々が海水浴を楽しんでいるなら、なおさらである。


 問題は、彼の左右にあった。彼の右腕には、彼と同じく、先ほど買った水着に身を包んだルルが腕を絡ませている。


 結局彼女が購入したのはワンピースタイプの水着で、腰の辺りにはフリルがスカートのように設えられているものの、脚は殆ど全部出てしまっているし、胸元も大きくスコップで掘り抜いたかのような形に露出している。


 そして左腕には、身体にこそ触れてはいないものの、やはり水着を着込んだ桜花がやけにニコニコと笑いながら、彼にぴったりと寄り添うように立っていた。


 彼女の着ているのは、ルルのものよりは多少控えめである。胸元の露出は少なく、腰にも布が巻かれているため幾分かは隠れている。少なくとも、その尻のラインがはっきりと見えないのは、少なくとも今のアタカにとってはありがたいことである。


 しかし、一枚きりの布で覆うには彼女の成熟した肉体は少々魅力的過ぎた。二つの膨らみははっきりと布を押し上げて大いにその存在を主張しているし、きゅっと括れた腰は折れそうなほどに細い。


 海岸には似たような姿をした人々が何人も海水浴を楽しんでいるので恥ずかしさはある程度軽減されてはいたが、両手に美少女と美女を侍らせたアタカは明らかに目立ち、好奇と嫉妬の視線を存分に浴びていた。


「……カクテ。僕には一体、何がどうなってるのか、さっぱりわからないのだけど」


「うん。正直ちょっと悪いことしたかなー、とは思っている!」


 腕を組み、きっぱりと言い放つカクテもまた、水着姿である。大胆さで言えば、彼女が一番だ。ビキニと言うらしい、上下で分かれた水着はもはやアタカの目には下着と何が違うのか全くわからない。


 だが、余りにも堂々としているせいか、それとも彼女自身の持つ資質なのか、カクテを見てもあまり恥ずかしくならないのは不思議だな、とアタカは思った。


「今何か失礼なこと考えなかった?」


 ぶるんぶるんと首を横に振る。すると、視界にルルと桜花の姿が映って、アタカは後悔した。実に、目の毒だ。その光景を楽しむには、15歳の少年はまだあまりにも純朴すぎた。


「正直、ラミアのおっぱいは見ても平気なのに、水着姿の桜花ちゃんは駄目って、

 いまいち基準がわかんないわ。何? 脚? 尻? ふとももフェチなの?」


「ごめん、カクテが何を言ってるかわからない」


 カクテはしばし何か言いたげに構えていたが、「まあ良いわ」と言い捨て、くるりとアタカに背を向けて海へと向かう。


「じゃあ、後はよろしくね!」


「え、ちょっと!」


 呼び止めるまもなくカクテは海岸に駆けると、ウミを放り投げ、自身も跳躍した。


 1メートル程度の大きさに膨れ上がったウミの背に乗り、その背ビレに手をかけて立つと、彼女はそのまま沖合いへと向かってあっという間に見えなくなってしまう。


「……一体、どうしたら……」


「遊べば、良いんじゃないかな」


 途方にくれるアタカに、ルルはそういいながら、彼の腕を引く。


「そうですね。実は、私も海水浴は初めてなのです。

 それに……同年代の方達と、遊んだりするのも」


 桜花の言葉に、ルルは目をぱちぱちと瞬かせた。


「そうなんですか?」


「はい。人の姿を取れるようになってからはさほど長くありませんし……

 それに、私は竜ですから、人と遊ぶ、だなんて、畏れ多くて」


「……それは、シンバさんがそう言ったんですか?」


「え?」


「桜花さんが、竜を人より下に置こうとするのが、ずっと気になってて。

 でも、シンバさんがそんな風に言うとは思えなくって」


 そもそも、シンバが、誰が上とか下とか、そんな事を言うこと自体がしっくりとこない。まだそう長い付き合いでもないが、アタカはそんな風に感じていた。


「いえ、まさか。私が……そう、しているだけです」


 桜花の言い方に、アタカは少し、疑問を抱いた。


「竜は、人より強く、長生きです。……比較に、ならないほどに。

 私がその気になれば、この街を灰燼に帰すのに三日とかからないでしょう」


 顔に似合わずとんでもないことを言ってのける桜花に、アタカは思わずぎょっとした。


「勿論、そんな事は致しませんよ」


 慌てて、桜花はそう言い足す。


「でも、竜がそれほどの力を持っているのは、確かなことなのです。

 ――私達は、強すぎる。

 生きていくのに、食事を取る必要も無い。

 災害や事故で死ぬようなことも無い。

 寿命さえ、あるかどうかもわからない」


 そう。竜は、この世界の根幹であり、源でありながら、生命の枠外にある存在だ。食を必要とせず、ただ在るだけで在る事ができる彼らは、食物連鎖の頂点でさえない。それを超える、この世でもっとも偉大な存在。


「だからこそ、私達の力は……正しい心によって使われなければならない。

 ……私は、そう思うのです」


 桜花は、じっとアタカの目を見つめる。その瞳を見返しながら、クロに似ている、と彼は思った。桜花の瞳には、クロの目には無い確かな知性の輝きがある。しかし、その根幹に根ざすものは同じ……穢れを知らぬ、無垢な心だ。


「正しい、心……」


 反復するアタカに、桜花はこくりと頷いた。


「私達には、人の善悪はわかりません。在るだけで、生きる事ができるから」


 人間の正義や悪といった概念は、基本的には社会性によって成り立っている。人は、一人では生きられない。それは人同士、お互いに助け合うと言う意味だけではない。糧となり、生きるための道具となってくれる動物や植物……世界全てに、生かされている。


 竜は、そうではない。彼らはその『世界そのもの』なのだ。火に、水に、善悪が無いように、竜にも善悪は無い。それが、どれだけ人に近く見えたとしても。


「ですから、私は竜より人を上に立てます。上に立てるべきだと、思うのです」


 アタカは、先ほど感じた違和感の正体に思い当たった。『そうしているだけ』と、彼女はそういった。『そう思っているだけ』ではなく。それは自制であり、戒め。賢い彼女が己に自ら架した、手綱なのだ。


「……ご主人様と、アタカ様。お二人以外は」


「え?」


 突然名前を呼ばれて驚くアタカに、桜花は悪戯を成功させた子供のように笑った。


「お二人の事は、素直に尊敬していますから。

 わざわざそのようにする必要はありません」


 呼び捨てにしなくても良い。そう言われた時、何度言っても直らない呼び方に呆れられたのかと思ったが、そういうことだったのか、とアタカは気恥ずかしく思った。流石に、面と向かって尊敬していると言われると照れる。


「それと、もうひとかた」


 桜花は、ルルに視線を向ける。


「私……ですか?」


 尊敬されるような事をしただろうか、と首を捻るルルに、桜花は笑みを浮かべた。アタカの目には、ただ彼女がにっこりと微笑んだようにしか見えなかった。しかし、ルルはその笑みの意味を、過たず受け取る。


 それは、挑戦の笑みだ。


「そういう、事ね」


 ルルもまた、同じような笑みを浮かべた。


「わかりまし……ううん。わかった、桜花。

 これから、よろしくね」


「ええ。よろしくお願いしますね――ルル」


 互いに握手する少女達を、アタカは一人、きょとんとした表情で見つめていた。

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