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第13話 花咲く季節-2

「由々しき事態ね!」


 向かいのベッドに腰掛けて、唐突にカクテはそう言った。


 ルルが風呂で温めた身体を少し大きめのパジャマで包み、濡れた髪を櫛で梳きながら乾かしていたときの話である。


「……」


 絡まる髪を、先端から優しく丁寧に梳きながら、ルルはどう答えたものか考える。


「カクテの髪って、癖っ毛で手入れ大変そうよね。だからいつも三つ編みにしてるの?」


「自然にスルーしないでよ!」


 風呂上りでいつも三つ編みにしている髪を解き、長く伸ばしたカクテの姿はなかなかに新鮮な気もするが、中身は同じままだ。ルルは嫌な予感を覚えつつも、仕方なしに尋ねた。


「由々しき事態が、どうしたって?」


「ルル、幾らなんでも油断しすぎなんじゃないの?」


「……何の話?」


 内心、カクテにだけは言われたくないと思いつつも、ルルは問い返す。


「アタカの話よ」


「……そうね。アタカはたまーに無鉄砲な所があるから、注意しておかないと」


「ちがう! アタカの話じゃない!」


「どういう事なの……」


 自分で言った事をすぐさま否定するカクテに、ルルはやはり無視しておくべきだったか、と思う。


「でもこんなのでも一応親友なんだから相手してあげないとね」


「ルル、心の中の言葉が駄々漏れしてる」


 咳払いを一つ。カクテは本題を切り出した。


「このままだと、桜花ちゃんにアタカ取られちゃうよ」


 そういわれて、ルルはようやく彼女が何を言わんとしているのかを理解した。


「ああ……って言うか、覚えてたんだ。

 カクテの事だから、忘れてるもんだと思ってた。あれから一切何も言わないし」


「余計な事言うなって言ったのはルルでしょ」


 カクテはむう、と口をへの字に曲げる。自分でも、余計な事を言いそうだという自覚はあるので、その辺りはさすがに自重していたのだ。


「どっちにしろ、放って置いてよ。

 アタカと桜花さんがどうこうなるとも思えないし」


「甘い! そこが油断し過ぎって言ってるの!」


 カクテはルルにびしりと指を突きつける。


「アタカは、ああいうちょっとほわっとした感じの年上のお姉さんが好みだとみた!」


「うっ」


 ルルは呻いた。カクテのいう事は全く根拠のない当てずっぽうであったが、正鵠を射抜いていたからである。何でこの子はそんな時ばかり勘が良いのだろうか。


「……あれ、だとするとあたしも結構アタカのタイプ? 年上だし」


「それだけはないから安心して」


 かと思えば的外れな事を言い出したので、いっそルルは安心してにこやかにそう答えた。


「なんかきっぱりそう言われると腹立たしいけど、まあいいわ。惚れられても困るし」


 彼女のこの自信はどこから来るのだろう、とルルは少し羨ましく思う。


「ともかくね、桜花ちゃんはそんなアタカの好きな、しっかりしている様に見えて

 その実ちょっぴり抜けた所もあり、庇護欲を誘いつつもやはり年上と言う包容力を

 併せ持ちつつ、どこか儚げな風情のある可憐な女性なわけよ」


 いつの間にかアタカのストライクゾーンはカクテの中でやけに具体的に進化していた。


「まあ……そんなに的外れと言う訳ではないでしょうけど」


「その上物凄い美人で、しかもアタカの大好きな竜!

 アタカに他に好きな人がいるって言うのは聞いたけど、

 遠く(フィルシーダ)の想い人より近く(シルアジファルア)の美人!

 これはもうクラっと来ちゃっても不思議ではないんじゃない?」


 勢い込んで並べ立てるカクテの言葉に、思わずルルは『確かにそうかもしれない』と思ってしまった。


「それに、あたしの見立てじゃ桜花ちゃんの方も、

 意外と満更でもなさそうな気がするのよね。

 『いつでも遊びに来てくださいね』なんて手を振っちゃったりしてさあ」


「……そう、かもね」


 ルルは慎重に頷く。それは彼女もちらりと感じたことではあった。少なくとも、異性として見ているのは確かな事だと思われた。


「ルルが積極的にいく気がないのは知ってるけど、

 だからってあんなぽっと出の女に取られていいの?」


「ぽっと出って……」


 カクテの言い草に苦笑しつつも、思っていたよりも遥かにそれが嫌だと思う自分に、ルルは気付いてしまった。


「……で。どうしろって言うの」


 尋ねた瞬間、いかにも嬉しそうにニヤニヤと笑うカクテに、ポーカーフェイスくらい装いなさいよ、とルルは内心毒づいた。






「アタカ、ちょっといいかな」


「うん、どうしたの?」


 翌日。朝食を終え、部屋に戻ろうとするアタカを、ルルは呼び止めた。


「今日は、これからクロの訓練?」


「いや、昨日ちょっと無理させちゃったし……

 今日は訓練は休んで、図書館で文献でも調べようと思ってたけど」


「そ、そうなんだ」


 アタカがそう答えると、ルルは安心したような、それでいて困ったような、複雑な表情を見せた。


「じゃあ、その……今日は暇って事だよね」


「暇と言えば、暇だけど……別に今日じゃなきゃいけないって訳ではないし」


 妙に歯切れの悪いルルに首を傾げつつ、アタカはそう答えた。


「その、買い物に付き合ってもらって……いい、かな」


「いいよ。カクテやソルラクも一緒?」


「いやっ、あの、カクテ、は、何か……用事……的な、ものがある……

 ような、ないような、そんな感じらしい……デス」


 途端、ルルはしどろもどろにそう言った。凄まじく不審な態度である。嘘や不正と言う物をひどく嫌う彼女は、滅多に嘘を口にしない。アタカの知る限りで、今回で二度目だ。一回目についたときも、このようにバレバレだった。


「ん、そっか。じゃあ、今日は一日二人で街をぶらぶらしようか。

 考えてみれば、あんまりこの街を見て回ったりもしてないしね」


 あえて彼女の真意を問いただす事無く、あっさりとアタカはそう答えた。少なくとも、人を害するために嘘をつくような娘ではない。なら、隠している事をわざわざ暴き出すような真似をする必要もない、と言うのが、彼の幼馴染への評価である。


「うっ、うん……じゃあ、その、ええと……着替えてくるね!」


 そう言って、部屋へと軽い足音を立てて戻るルルを、アタカは不思議そうに見送った。朝食くらいまでなら寝巻きのまま降りてくるカクテと違い、ルルは隙なく身支度を整えてくる。その時の彼女も、特に着替える必要もなさそうな普段着であった。


「……僕も着替えろって事かなあ」


 アタカが着ているのは、いつもの竜使い用の服だ。以前これを着ていったらルルとカクテに散々文句をつけられた事を思い出して、アタカはそう呟いた。確か、その時買ったきり、殆ど袖を通してない服が荷物の奥底に眠っていたはずだ、と彼は思い出した。


 一応着替えておくことにして、アタカは自室へと戻った。







「……とりあえず、第一関門はクリアね」


 数分後。二人連れ立って道を歩くアタカとルルを物陰から覗き見つつ、カクテは笑みを浮かべた。


「さ、いくよ、ソルラク」


 こっそりと気配を消しながら二人の後を付いていこうとする彼女を、ソルラクは動かないまま何か言いたげに見つめた。


「最近、段々あんたの言いたい事とかわかってきたわ。

 まって、当ててみるから」


 ソルラクが口を開いて何か言おうとするのを手で制して、カクテは目を瞑って少し考える。


「……『何で俺までついていかなきゃいけないんだ』とか?」


 ソルラクはこくりと頷いた。なるほどね、とカクテは深々と頷いた。


「じゃ、わかったところでいきましょうか」


「答えろ」


 流石のソルラクも、声に出してそう言った。


「ソルラクがついてこなきゃいけない理由。それはね……」


 ない!」


 きっぱりと言い切るカクテに、ソルラクは即座に踵を返す。


「ああっ、ちょっと待ってよ!」


 立ち去ろうとする彼の腕にしがみつき、カクテはずりずりと地面を引き摺られながらも続けた。


「ほら、あたし一人だとすごく不審でしょ? それに、つまんないし。ついてきてよ」


 ソルラクは構わず、彼女を引き摺ったまま門の外へと向かおうとした。そんな下らない事に付き合っている暇はない。


「後、あたしだけだと、絶対他の物に気を取られて見失ったりすると思うんだよね。

 あんたがいれば安心かなって思って」


 意外にも自分の事を良くわかっているカクテであった。ソルラクは一旦足を止めて暫く彼女の顔を見つめると、ぶんと腕を振って彼女を投げ飛ばす。


「いったぁ! 何すんの!」


「自分で歩け」


 尻餅をついて怒鳴るカクテを見下ろし、ソルラクはそう言い放つ。そしてアタカ達の方を見ると、ぐいと顎をしゃくって合図した。


 カクテは表情を輝かせて素早く飛び起き、彼の横に並んだ。


「ねえ、あんたって意外といい奴だよね」


 ソルラクは答えず、ただ内心で深く息をつくばかりだった。

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