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第12話 みちのその先-8

「……なら、二つどうにかしなければならないものがある」


 アタカは伝承を思い出しながら、桜花に言った。


「……いや。三つか。

 一つ目は、あのフンババの目だ」


「目……あの、大きな一つ目。石化の邪眼ですね」


 アタカはこくりと頷いた。伝承によれば、火を噴き洪水を呼び、死の息を吐く口も厄介な武器ではあったが、桜花ほどの竜であればさほど問題にはならない範囲だ。


「そう。でも、それだけじゃない。

 あの目には、相手がもっとも恐れているものを見せる能力がある」


「……もう、大丈夫です。遅れはとりません」


 決意を込めて言う桜花に、アタカは首を横に振る。


「仕組みがわかったとしても、それでどうにかなるとは限らないよ。

 むしろ、見える姿が余計酷いものになるかもしれない」


 フンババの能力は、相手の根源に訴える力だ。その前には神さえフンババの姿をまともに見ることは出来なかったという。気の持ち様で何とかなるとは思えなかった。アタカが影響を免れたのも、飽くまで運が良かっただけだ。


「……そういえば、クロには何が見えたんだろう」


 ふとアタカはそう呟く。フンババの姿を見たのは彼もまた同じだったはずだ。にも拘らず、桜花の様に恐慌には陥らず俊敏に動いた。桜花の背中にしがみ付いているクロの顔を見ると、彼はアタカをじっと見つめながらウォンと一声鳴いた。


「……アタカ様、では無いでしょうか」


 桜花が言うと、クロはこくりと頷いた。そしてそれに、桜花は深く共感する。たとえ主人の変わり果てた姿が見えようと、この背に主人が乗ってさえいれば心を乱されたりはしなかっただろう。


 驕っていた、と桜花は思った。シンバの保護者を気取り、世話を焼き、この辺りの竜に敵などいないと思っていた。しかし、そんな彼女を助けたのは、目の前にいる幼い主従なのだ。そして、シンバがいない事がこれほど不安であるということを、彼女は初めて思い知る。


「……無理はしないでいいよ」


 ふわりと首筋を撫でる暖かい手を、桜花は一瞬、主人のものと誤った。それは勿論、アタカの手だ。シンバの小さな皺だらけの手とは違い、意外とごつごつとした男らしい手だ。しかし、その手と言葉は確かに、桜花を安心させる。


「どっちにしろ、石化の視線もある。それをまずは何とかしなきゃいけない。

 桜花さん、風は操れる?」


「はい、アタカ様。それと……」


「ごめん。またさん付けしちゃった。どうしても慣れなくて」


 桜花は横に首を振った。


「いいえ、構いません。どうぞ、アタカ様の好きなようにお呼びください」


 獣の顔で伝わるかどうかわからないが、と思いながらも、桜花はにこりと微笑んだ。






 伝承によると、古代の英雄ギルガメシュは友人エンキドゥと共にフンババに挑んだという。英雄ギルガメシュに力を貸すシャマシュという神は烈風や熱風、旋風など十三の風を吹かせてフンババの目をつぶし、動きを封じた。そこをギルガメシュとエンキドゥが首を刎ね、心臓を撃って殺したという。


 さしづめ、桜花がシャマシュで、アタカがギルガメシュ。エンキドゥがクロといった役どころか。しかし状況は古代の英雄が行った偉業よりも随分と悪い。


 まず、桜花がいかに強力な力を備えた竜であるとは言え、流石に太陽神に抗し得る程の力は無く、フンババの動きを完全に留めるほどの十三の風を操ることは不可能だ。

 クロもまた、一応は竜の端くれであり常人に比べればかなり強いとは言え、天の使いと拮抗し、広大な世界を支配した王と同等の力を持つエンキドゥには随分と役者不足であると言わざるを得ない。

 アタカに至っては、比べるも愚か。優秀ではあっても人の範囲を逸脱しない彼の力は英雄王にはとても及ばない。


 更に、悪いことはそれだけではない。アタカの言う、『どうにかしなければならないこと』の二つ目だ。


 フンババは七枚の鎧を身に着けている。ギルガメシュが戦った時は、神の加護によって一枚しか身に着けていなかったという。しかし、恐らく神の加護など持たないアタカ達に対し、フンババは七枚全てを着込んでいるだろう。


 伝承の中で、ギルガメシュは二度、フンババの頸を打っている。つまり、七枚着ているのなら八度殺さなければ死なないと考えて良いだろう、とアタカは推測した。あれほどの力を持った竜を八度も殺すのは、桜花にとっても至難のはずだ。


 そして、悪いことの最後の一つ。執拗に追いかけてくるドラゴン・ゾンビを見つめ、アタカは息を吐いた。桜花に比べれば弱い。動きも遅い。しかし、倒しても倒しても死なないというのは非常に厄介な能力だった。


『逃げられると、思うておるのか』


 更にその背後から、フンババが姿を現す。


『纏めて打ち殺してくれる!』


 ごう、とフンババは叫び声を上げた。空気が揺れ、地が轟く。洪水を呼ぶ叫びとはこのことか、とアタカは思った。水を呼び出すわけではなく、それは比喩。空間を満たしあらゆるものをなぎ倒す、洪水の如き咆哮であった。


「アタカ様、私の背に」


 桜花は魔力の膜を張ってアタカ達を守りつつ、ドラゴン・ゾンビに向けて電撃を放った。


『ふん、仲間割れか? 愚かな』


 やはり、フンババはドラゴン・ゾンビとアタカ達を仲間であると認識している。野生の竜ではないのだ。


『貴様は我の顔を見ることさえ出来ぬと忘れたか』


 フンババの瞳が暗く光り輝き、桜花を見つめる。しかし、途端に吹き荒れる風にフンババは溜まらず目を閉じた。


「そうはさせません……」


『小癪な……!』


 苛立ちに、フンババは声を震わせる。彼の大きな単眼は、その大きさゆえに吹き付ける風に耐えられない。


『これしきの風で、わしを封じたつもりか!』


 フンババは炎を吹き、腕を振り下ろし、尾をしならせて暴れまわった。巨木がいとも容易く折れて砕け、地面が裂け、毒と炎があたりに充満する。


「桜花さん!」


 アタカは渾身の力を持ってそれを持ち上げると、桜花へと合図した。途端、一時的に風が吹き止む。


『諦めたか……なにっ!?』


 風が止んだのを感じ、カッと目を見開いたフンババの視界に真っ先に入ってきたのは、腐りはて、炭化した竜の頭蓋であった。


 アタカが、雷撃を受けて炭化したドラゴン・ゾンビの頭蓋骨をフンババの目の前で掲げたのだ。それは真正面からフンババの視線を受けて、瞬く間に石化した。


 ついでとばかりに、アタカはそれをフンババの口へと投げ入れる。アタカを噛み砕こうと開いた大きな口に、ドラゴン・ゾンビの巨大な頭がすっぽりと転がり込んだ。


『このような……ぬぐぅ……!?』


 フンババは口内のそれを噛み砕き、吐き出そうとした。しかし、ドラゴン・ゾンビは石化してなお彼の口内で再生を始める。


 死せる竜のその不死性は、半ば呪いの様なものだ。誰の意思でも止める事は出来ず、死んでも死に切れず無限に再生を繰り返す。それを、アタカは逆手に取った。


 フンババの口の中に入ったドラゴン・ゾンビはもはや、どれだけ噛み砕こうとけして砕けることの無い石の塊だ。口内で再生し、頭蓋骨に身体が連なり翼まで生やしたドラゴン・ゾンビはもはや吐き出すことも出来ず、かといって石化したドラゴン・ゾンビ自身が自力で這い出すこともかなわない。


『ぐ、う、がっ……!』


 苦しむフンババの目の前に、雷光を纏った桜花がすっと首をもたげ、角を突き出す。石化の視線も高い神性を誇る麒麟には通用せず、口を封じられては恐怖の相貌も威力を発揮しない。


 凄まじい閃光が、フンババの身体を穿ち、吹き飛ばした。


 ばらばらと、フンババの身体の一部が散らばる。


「やった……」

「逃げてください!」


 アタカと桜花は、同時に声を上げた。


 強烈な尾の一撃が桜花を樹に叩きつけ、彼女の身体は地面をごろごろと転がった。


「桜花さん!」


『四枚……持っていかれたか』


 ガラガラと音を立てて散らばる鱗の殻の中から、フンババがぬっとその姿を現し、砕けたドラゴン・ゾンビの破片を蹴り飛ばす。稲妻の衝撃で砕けたそれを、吐き出したのだ。


『だがその程度では、わしの鎧は破れぬ』


 そして、轟然とそう宣言した。

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