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第12話 みちのその先-6

「しかし、どうして気付かなかったんだろう……」


 地中や水中に隠れていたわけでも、感知範囲外にいたわけでもない。すぐ目の前にいた巨大な竜の接近に気付けなかった事をいぶかしみ、アタカは首を捻った。


「索敵方法は、魔力感知ですか?」


 言い当てられた事と、それ以上に、すんなりと魔力感知と言う単語が出てくることに驚きながら、アタカは頷いた。


「やっぱり。ある程度以上の竜……特に蛇竜種は魔力の隠蔽をしてきますから、

 その方法だと見つからないこともあります」


「桜花は、どうやって?」


「私は主に、これですね」


 そう言って、桜花は親指と人差し指の間にパチンと稲妻を走らせた。


「空気中の雷気を読み取って、周囲を観察しています。音波なんかに比べて

 逆探知されにくいのが強みですが、地中や水中には効果が無いのと、

 探知範囲が狭いのが欠点ですね」


 体系立てて方法が確立されている事に、アタカは驚く。


「それは、桜花が自分で考えたの?」


「いいえ、まさか。全部、主人からの聞きかじりです」


 恥かしそうに、しかしどこか誇らしげに、桜花はそう答える。そういえば、戦闘スタイルと言う分類を提唱したのもシンバだった。そう言った分類を作り上げるのが得意なのかもしれない、とアタカは思った。


「そう言った話をもっと聞いてもいいですか?」


「ええ、勿論」


 桜花は快く頷くと、森を奥へと歩きながら、彼女の講座が始まった。






「あっ、ありました!」


 声を弾ませ、桜花は奥へとその身を躍らせる。


「これは……」


 そこにそびえる樹を見上げ、アタカははっと息を飲んだ。


 周りに聳え立つ木々とは違い、細いツタの様な木の枝が幾重にも絡み合い、更にいばらが縦横に巻きついている。桜花が目をつけたのは、そのいばらの花だった。まるで血の様に赤いその花を、桜花はプチプチと摘んでいく。


「門……」


 ナガチが言っていた、コクマの森にあると言う門。今目の前にあるそれが、そうであることをアタカは確信した。無数の木の枝が絡まりあうそれは、見ようによってはアーチ状の門扉に見えなくも無い。しかしそれ以上に、明らかに不思議な事がアタカの目の前で起きていた。


 桜花が、鼻歌を口ずさみながらいばらの花を摘む。左から右へと、咲いている花を一輪一輪、丁寧に摘み取っていく。桜花の身体が一歩横にずれるたび、彼女が今までいた場所にぽんぽんと花が咲いた。


「桜花さん、念の為聞きますけど、それって桜花さんの能力とかではないですよね?」


「ですから、私の事はただ桜花と……あら?」


 新たに咲いた花を指差すアタカに、桜花はパチパチと目を瞬かせた。そして暫くその花を見つめた後、彼女はアタカに向き直る。


「……ただ桜花、と、そうお呼びくださいね」


「え、そっち優先ですか!?」


 どうしても気を抜くとさん付けしてしまうアタカだったが、それをいちいち訂正する桜花も実に頑なだ。


「どうやら、再生能力を備えているようですね」


 片手に花束を抱えながら、桜花は門の表面を撫でる。次の瞬間、稲妻が迸って門は真っ二つに割れる。


「桜花!?」


 めらめらと炎と煙を上げて延焼していく門を見つめ、アタカは慌てて声を上げた。確かに、桜花がいれば門兵も倒せるかもしれないが、相手の強さが未知数である以上は軽はずみな行動はするべきではない。


「大丈夫ですよ」


 しかし、桜花は慌てる様子を見せず、門へと手を伸ばした。その途端、燃え盛っていた木々が枝を伸ばし、いばらの蔓がぐるぐると渦を巻いて、互いに絡み合いだした。燃え尽き灰となった部分はぼとりと地面に落ち、膨大な量の枝が炎を無理やり揉み潰すように消し去る。


「力では、通ることはできないようですね」


 門はあっさりと、元の姿を取り戻していた。


「アタカ様はこの先に何があるかを御存知なのですか?」


「具体的に何があるかを知ってるわけじゃないけど……

 何か、とてつもないものがいるのはわかってる」


 桜花は強い。彼女がこの森に無造作に足を踏み入れた理由は、ここに来るまでの道のりで十分にわかっていた。この森に出る竜はけして弱くは無い。むしろ、かなり強い部類だ。しかし、一匹たりとて桜花の敵にはなりえなかった。


 単体では無論のこと、徒党を組んだとしても彼女の放つ雷撃の前にはあっという間に炭と化す。それ程強力な攻撃を矢継ぎ早に放っておきながら、桜花にはまるで消耗した様子が無かった。彼女にとってはこの森も、街中を歩くのとさほど変わらないのだ。


 しかしその彼女でも、ユルルングルと一対一で戦って勝てるだろうか、とアタカは思った。ましてや、エインガナは強さの問題ではない。


「そうですか……どちらにせよ、今日はお花を摘みに来ただけですし、そろそろ」


 言いかけたところで、桜花は素早く跳躍した。彼女の身体と入れ替わるようにして、毒々しい紫色の炎が桜花のいた場所を燃やし、地面を這う木の根を腐らせる。


 酷い腐敗臭がした。先程遭遇した相柳の涎よりもなお濃く、なお不愉快な匂い。血と、腐った肉の匂いだ。


 闇の中からゆっくりと姿を現すそのおぞましい姿に、アタカは思わず口を手で抑えた。


 全体としては、オーソドックスな竜の形をしているといっていい。巨大なトカゲの様な身体に、鋭い角、蝙蝠の様な翼。シルエットだけならドレイクにそっくり……いや、実際、ドレイクだったのだろう。


 ……かつては。


 その顔には殆ど肉がついておらず、白く骨がむき出しになっていた。虚ろな眼窩からは、視神経が伸びて目玉が片方ぶら下がり、ゆらゆらと揺れていた。もう片方の目は完全に喪われて存在すらしていない。


 身体も所々の肉が腐り落ち、骨が覗いている。全身からぼたぼたと血と腐汁とを滴らせ、腹は裂け、臓物がはみ出したままだ。右腕は中ほどから断ち切れて、筋肉の筋だけで辛うじて繋がっていた。


 背中の翼は殆ど骨そのもので、ボロボロの皮膜が辛うじてへばりつき、何も残らないよりもかえって惨めで不愉快な感情を想起させるかのようであった。


「ドラゴン・ゾンビ……」


 この世の呪いと邪悪を一身に集めたかのようなその竜の名を、アタカは知っていた。傍目にはただの竜の腐乱死体にしか見えないそれは、れっきとした竜種……魔竜種に分類される竜の一種だ。


 死んだドレイクが自然にそうなるのだとか、ドレイクの魔力結晶を集めているとドラゴン・ゾンビになるのだとか、はたまた生まれた時からそのような姿なのだとか、その発生には諸説あるが正確な事はわかっていない。……もっとも、どのように発生するのか正確なことがわかっていないのは、ドラゴン・ゾンビに限った話ではないが。


 だが、コクマの森にドラゴン・ゾンビが出た例を、アタカは聞いた事が無かった。そして何よりも、彼は何か強烈な違和感を覚える。


「桜花、それは」


 アタカが止める間もなく、桜花の指先から電撃が迸った。ドラゴン・ゾンビの身体はあっと言う間に燃え上がる。全身を火に覆われながらもドラゴン・ゾンビは緩慢に動いて桜花に襲い掛かろうとするが、半分以上腐れた肉体は熱に耐え切れずぼとぼとと焼け落ちて地面に転がり、やがて黒く炭となって沈黙した。


「……すみません、アタカ様。何か申されましたか?」


 いるはずのない竜。そして、アタカの全身を包む違和感。それは、攻撃する事への抵抗感だった。ドラゴン・ゾンビを攻撃したくない。倒したくない。そう、強く感じるのだ。その二つの符号が意味する事はただ一つ。ドラゴン・ゾンビが、野生ではなく竜使いの使役する竜である、と言うことだ。


「いや……何でも」


 とは言え、それを正直に伝えたとして、相手を殺してしまった以上は桜花を傷つけ、悩ませるだけだ。相手から襲い掛かってきたのだから、文句を付けられる筋合いも無い。そう思い、言葉を濁すアタカの視線の先で、闇がゆらりと揺らめいた。


「桜花、避けて!」


 はっと気付き、振り向く桜花の目の前で、巨大な竜の頭蓋骨が宙に浮いた。頭蓋骨はぱかりと口を大きく開くと、毒々しい色の炎を吐き出す。桜花は辛うじて、それをかわした。


 アタカも桜花も完全に油断していたのだ。全身炭化して生きているわけが無い。そんな先入観が、彼らの動きを一瞬妨げた。だが、竜は滅べば魔力結晶になる。炭や灰とは言え、残っている以上は死んではない……いや、そもそも最初から死んでいるのだ。


 そんな無茶苦茶な性質が、分類不能……魔竜種と呼ばれるゆえんである。


 宙に浮いた頭蓋骨に、ぞろり、と頚椎が連なる。肉がじわじわと骨の表面に浮き出し、徐々にドラゴン・ゾンビはその姿を取り戻していく。


 しかし、アタカの視線はそれよりも桜花の背後に注がれていた。ドラゴン・ゾンビが吐いた炎は木々を燃やす代わりに、腐らせていく。桜花の稲妻で焼き滅ぼしてなお再生した、樹といばらとで出来た門は、あっと言う間に腐り落ちてしまった。


 途端、地響きと共に、世界が揺れる。


『この、小童どもが!』


 稲妻の様な声が鳴り響く。


『その喉笛を食い千切り、はらわたを鳥の餌にしてくれよう!』


 巨大な単眼の竜が、アタカ達を見下ろした。

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