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第12話 みちのその先-2

「げっ、ナガチ!」


 流石のカクテも前のやり取りは軽く流せないのか、彼女は露骨に嫌そうに顔をしかめそういった。


「随分なご挨拶だね、カクテ君」


 ナガチは宿の入り口から歩を進め、軽い食事を注文すると他のテーブルから椅子を引き摺り、強引にアタカの隣に腰を下ろした。


「てめぇ、何でここにいやがる」


 ナガチのホームはサハルラータだ。フィルシーダに往復することもあるが、シルアジファルアに来ているとは初耳だった。


「簡単なことさ。ワタシは、儲け話だけは絶対に見逃さない」


 ナガチはテーブルの上の宝玉をひょいと摘み上げ、にやりと笑みを浮かべる。


「こんな極上の儲け話、ワタシが見過ごすわけがないじゃあないか」


「か、返してください!」


 宝玉に手を伸ばすルルに、ナガチはそれをあっさりと手渡す。


「誤解しないで頂きたいのだが、ワタシは別に盗人ではない。

 それどころか、キミ達を手助け……援助したいと思っている」


「お金なら絶対借りないからね!」


 前回で流石に懲りたのだろう。若干引き腰でカクテは威嚇するようにナガチを睨みつける。


「やれやれ、嫌われたものだ。だがね、ワタシは竜使いであると同時に……

 いや、むしろそちらが本職なのだが……商人でもあるのだよ。

 つまり、援助というのは君達が欲しがるであろう物を売る、という形での事だ」


「私達が何を欲しがると?」


「情報さ」


 にんまりと笑い、ナガチはそういった。


「残り七つの『門』……全てではないが、幾つか調べがついている。

 他の場所も総力を挙げて調べよう。私はその情報をキミ達に提供し、

 いくばくかの金銭を得、キミ達は宝玉を得る。

 悪い取引ではないだろう?」


 筋は通っている。しかし、そのまま鵜呑みには出来ないだけの実績が、彼にはあった。


「うう、そう言われると確かに……」


 あっさりと騙されかけるカクテの後頭部をぺちりとルルが叩いた。


「そもそも何故『門』の話を知っている。今の私たちの話を聞いていたにしても、そんな話はしていないぞ」


「そこはそれ、企業秘密と言う奴でしてね。こちら独自でも、

 その程度の情報は掴んでいるというわけだ」


 イズレの向ける鋭い視線を、ナガチはさらりと受け流す。


「どうだね、アタカ君。私を、キミのパーティの一員として受け入れてはくれないかね」


「パーティに?」


 予想外の言葉に、アタカは驚いた。


「無論、戦力として数えられると困るがね。

 何せワタシは、竜の扱いには全く自信がない。

 竜使いの資格自体、商いの為に仕方なく取ったようなものだからね。

 ――だが、それ以外でなら、キミ達を支援することが出来る」


 ナガチとアタカの視線が、ぶつかり合う。


「やめとけ、アタカ」


 それを、ムベの声が遮った。


「俺ぁコイツと同期だから良く知ってる。コイツはロクなもんじゃねえ。

 結局のところ、自分の利益にしか興味がないのさ」


「すまないが私も同意見だ。竜使いや傭兵達の評判から鑑みても、

 信頼できるような手合いではない」


 ムベの意見にイズレが追随し、ルルも口には出さないが表情を見れば彼らと同意見なのは明らかだった。


 カクテはどう判断したものか迷い……いや、迷っていない。完全に、思考を放棄した表情で面白そうにアタカの顔を見ている。ソルラクは相変わらずの無表情でどういう意見なのかはわからないが、先のカクテの分析に照らすなら、声を出すほどの意見は持っていないということだろう。


 つまり、誰一人としてナガチの意見を積極的に受け入れる気はない、という事だ。


「……わかりました。ムベさんやイズレさんの意見はもっともだと思います」


 ……たった一人、アタカを除いては。


「でも、僕はナガチさんの提案を受け入れたいと思っています」


「おお、流石はアタカ君だ! いや、実にすばらしい判断だと思うよ」


「おい、アタカ、本気か!?」


 厳しい表情で、ムベはアタカを見つめる。アタカはこくりと頷いた。


「ナガチさんは自分で『門』の情報まで掴んでいる。

 つまり、別に取引相手は僕らだけである必要はないわけです。

 勿論、既に宝玉を持っているから話を持ちかけたのでしょうが、

 情報は他の人に売ったって良い……と言うか、売りますよね」


「それは……まあ、そうするつもりだがね」


 正直に言うか、誤魔化すか。一瞬の逡巡の後、ナガチは素直にそう答えた。アタカは確信している。その辺りの利害関係を把握した上で、互いに利になるように話を持っていくつもりなのだろう。


 ……つくづく、甘い。ナガチは心のうちでほくそ笑む。


「それ、売らないで下さい」


 が、あっさりとそう言い放つアタカの言葉に、ナガチの予想は根底から覆された。


「パーティの一員になる以上、不利益をもたらされては困ります」


「……本気で、言っているのかね?」


 二つの意味を込めて、ナガチは問うた。ひとつは、明らかにナガチの損になるその行為を本気で強制しているのか、と言う意味。


 そしてもう一つは、仮にナガチがここでそれを承諾したとして、それを守ると本気で思っているのか? と言う意味だ。


「はい、勿論です」


 しかし、アタカは何の躊躇いもなく、きっぱりと頷くと、


「本気で言っていないのは、ナガチさんの方でしょう?」


 そう、問い返した。


「……どういう意味だね」


「ドラゴン・ロードの力は世界を統べる力……

 何でも願いを叶えて貰える、なんて話もあるそうです」


 突然関係ない話をしだした、とナガチは思った。己のペースに乗せ、話の流れを自分の好きな方向に持っていくのは交渉の基本である。アタカの話を半ば無視しつつ、彼はアタカの真意に考えをめぐらせる。


「それを手に入れれば。少なくとも、ルーキーを騙して

 ケチケチ稼ぐなんてのより儲かるのは間違いないでしょう?」


 その横面を、思い切り殴り飛ばされるかのような衝撃を受けた。関係ない話ではない。ナガチが無意識に、考えてもいなかった……


 いや。


 あえて考えないようにしていた、道のその先を、アタカは見据えているのだ。


「……正気で、言っているのか」


 思わず、いつものにこやかな……胡散臭いと言われる笑顔を消して、ナガチは細い瞳を大きく目を見開いてアタカを見た。問いながらも、彼のその反応その物が、アタカが本気であることを何よりも声高に証明していた。


 若者の浅慮から出た言葉にしても、本気で言うなら度が過ぎる。それは竜使いになったものなら誰もが夢見、そして諦める未知の果て。出来もせず、する気もないのに口に出す程アタカが愚かとは思えないが、本気で出来ると思っているならそれ以上に愚かだ。


 この世が竜に満ち、竜使いと言う職業が生まれて百年余り。誰も成し遂げなかった事を、自分こそが成し遂げるなどと大言壮語を吐くのか。アタカの事は認めている。が、それは金蔓としてであって、英雄としてではない。


「キミ如きが。適合率0%の新米竜使いが、本気でドラゴン・ロードに辿り着けると、そう思っているのか?」


 知らず、ナガチの語気は荒くなっていた。試すつもりで、鋭く言葉を投げる。


「思うわけないじゃないですか」


 だが、またしてもあっさりと答えるアタカに、ナガチは肩透かしを食らった。呆気に取られ、一瞬、目を瞬かせる。


「だから、ナガチさんを誘ってるんです」


 次いで投げられた言葉に、ナガチは胸を突かれたような衝撃を感じた。くく、と喉を鳴らし、ムベが笑う。


「僕には何もありません。

 ソルラクのような力も、ムベさんやイズレさんのような経験も、

 ルルやカクテみたいな才能も……ナガチさんのような、執念や人脈も」


 ナガチを見るアタカの目は恐ろしいほど真っ直ぐだった。甘い、と言えば、これ以上なく甘い。ナガチが予想していたよりも、何倍も甘い考えだ。駆け引きですらなく、ただ、真っ直ぐに、アタカはナガチに訴えかける。


「でも、認めてくれる仲間がいる。

 皆でなら、きっと、たどり着けます」


 そんな話を、受ける必要などない。いや、受けるべきではない、とナガチは思った。


 手段を選ばず、無茶や非道を繰り返しているかのように思われるナガチではあったが、その実、彼の商売は至極堅実だ。常に保険をかけ、どう転んでも彼が儲かるような方法を好む。『嫌われる』程度で済んでいるのも、その証左だ。


 そんな彼が乗るには、アタカの話はいかにも青臭く、不確実で、お話にならない。断るべきだ。


 断りの言葉を口に仕掛け、ナガチは己の思考のおかしさに気付く。


「……いいだろう。アタカ君。


 今度はワタシが、キミに賭けようじゃないか」


 そして考え直すと、そう答えた。


「ありがとうございます!」


 アタカは破顔し、手を差し出す。


 ……『ケチケチ稼ぐ』か。


 一瞬戸惑い、ナガチはその手を握り返しながら、内心で独りごちた。あのエインガナの宝玉は、確かに市場には流せるような代物ではない。しかし、然るべき方法で売り払えば、数百万、数千万シリカの値にはなるだろう。


 勿論それを知らないが故の事だろうが、それをケチな物だと言い放つアタカは痛快であり、また彼の言葉に心を揺るがされたのは事実だ。それゆえに、一瞬判断を過ちそうになった。


 ……こんな口約束、幾らだって反故に出来る。様子を見て、稼げそうなときに、稼げばよいだけの話なのだ。それを、真っ向から受け取って断るなんてどうかしている。


 そう思いながらも、ナガチは胸の奥に燻る小さな炎を、確かに自覚していた。

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