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第12話 みちのその先-1

「おっ、見えてきたよ!」


 竜車の屋根の上に座り、辺りの風景を眺めていたカクテが、不意に声を上げる。


「シルアジファルア!」


 ケテル湖を更に南下し、河を下ってぐるりとコクマの森を回り込んで東に向かうこと一日。太陽がその高度を落とし、周囲が赤く染まった頃、アタカ達は地平にそびえる壁をその目に入れた。


 サハルラータに比べると街の面積は小さく、壁もさほど高くない。しかし、何よりも特徴的なのは、壁の右端……つまり、南端が海の中に没していることであった。


「話には聞いていましたけど、本当に海が街の中にあるんですね」


 遠目には壁は海に消えているように見えるが、実際は海底から海面までの高さの壁がぐるりと街を取り囲み、海の一部を切り取るようにしているという。


「海の町だからね、シルアジファルアは」


 どこか自慢げに、カクテはわかるような、わからないようなことを言った。


「カクテの故郷なのよね」


 ルルの言葉に、カクテは大きく頷く。


「さて、それじゃちょっと急ぐぞ。そろそろ門がしまっちまう。

 カクテ、車ん中戻ってきな」


「あいよー、おっちゃん。よろしくねっ」


「だからおっちゃんって言うなっつってんだろうが!」


 言葉とは裏腹に満更嫌そうでもない口調で叫び、ムベはエリザベスを急がせた。






「いやー、変わってないなー」


 どうにか日が暮れてしまう前に門をくぐりぬけ、市街地へと入ったところでカクテはからりとした口調でそう言った。商業都市であるサハルラータ……いや、ムベの言う所の『ド田舎』であるフィルシーダに比べてさえ、シルアジファルアは寂れた街である、というのが、アタカの印象だった。


 人通りは少なく、建物は古く薄汚れていて、そこかしこが壊れたり錆びたりしているのをそのまま使っている。かつては栄えていた時代もあったのだろう。派手な配色の看板が幾つも立ち並び、それが錆び付き風化している光景はただの田舎よりも一層寂しさをかきたてるかのようであった。


「あいっかわらず、シケた街だなあ」


 それに反して、言うカクテの声は明るかった。まるで、そうある事を喜んでいるかのようだ。


「嬉しそうに言うことか? それ」


 同様の感想を抱いたらしく、ムベが呆れたように問う。


「別に嬉しかないけどさ。あたしが子供の頃からこうだったんだもん。

 変わらないって、それはそれで安心するもんなの」


「そんなもんか?」


 ムベはイズレと顔を見合わせ、肩をすくめた。日に日に人も物も入れ替わるサハルラータの生まれである彼らには、カクテの言葉は今ひとつ理解が及ばない。


「どっちにしろ、詳しい者がいるのはありがたい。いい宿はあるか?」


「うん、まっかせといて」


 カクテは再び野生の猿の様に身軽な動作で竜車の屋根の上に飛び乗ると、ムベに道案内を始める。程なくして、小さな宿へと辿り付いた。一階が酒場、二階が宿というありふれた構造の店だ。


 街をぐるりと囲う壁のせいで水平方向に建物を増やすのが難しいこの大陸では、宿に限らず一階が店で、二階が民家という建物が非常に多い。ついでに、食料などを保存する為の地下室の三階層というのがもっとも一般的な建物である。


「ふむ……構えは小さいが、竜車を置くスペースは妙に大きいな」


「この街は昔っから交易に来る人が多いからね。

 あたし挨拶してくるから、適当に停めといて。部屋の数は、えーと……

 あたしとルル、おっちゃんとイズレさん、アタカとソルラクで、

 二人部屋三つでいい?」


「な、おい、ちょっと待……」


「私はそれでかまわん」


 ムベの言葉を遮り、イズレがきっぱりと言い放ち、ソルラクがこくりと頷いた。


「ん、じゃあ行ってくるわ。ルル、いこ」


「あ、僕も行くよ。クロに馬房を借りられるかどうか聞かないと」


 ちょっと待っててね、とクロに声をかけ、アタカがカクテとルルを追いかけると、ソルラクも身を翻しその後を追った。


「おい、ちょっと待てって!」


「思うんだが、そろそろ諦めたらどうだ?」


 ムベの焦りの声と、その腕に絡みつくようにしなだれかかるイズレを置いて、彼らは宿へと足を踏み入れた。


「やー、相変わらずボロっちいね、マスター!」


 足を踏み入れるなり、開口一番そういうカクテに、ルルとアタカはぎょっとした。


「なんだ、てっきりくたばったもんだと思っていたが、まだ生きてやがったか」


 しかし、店主と思しき男性は特に機嫌を損ねた様子もなく、笑みを浮かべてそう答える。浅黒い肌の、壮年の男性だった。背はさほど高くないが体格はがっちりとしており、皺だらけの顔はいかにもかくしゃくとした感じだ。どこかカクテに似ているな、とアタカは感想を抱いた。


「ご挨拶ね。今日は客連れてきたんだから。しかも六人も!

 あ、馬房と駐車場一個ずつ借りるからね。後、二人部屋三つに、

 おいしいご飯六人分よろしく」


「ったく相変わらず良く回る口だな……おい、飯六人前!」


 店主が厨房に向かって怒鳴ると、「はいはい、聞こえてるよ」と奥から女性の声が響いた。


「たっぷりね、大盛りでね!」


 カクテはカウンターから乗り出して奥に声を張り上げる。


「うるせえ奴だ。ちったあ黙ってらんねえのか」


 言いながら、店主はグラスを六つ取り出すと麦酒(エール)を注いでカウンターに置いた。


「あんたら、こんなの付き合って苦労してんだろ」


「いえ、そんな事は」


 余所行きの笑顔でルルは否定したが、ソルラクはその横で深々と頷く。その脛を、カクテは思いっきり蹴りつけた。足の裏に返ってくる鋼のような感触に、何でコイツ街中なのに自己強化してんのよ、と舌打ちする。


「紹介するね。腹黒のルルに、無能のアタカ、コミュ障のソルラク。

 後、外にハゲのおっちゃんと詐欺美人のイズレさ――いだだだだっ!」


「ハゲのおっちゃんで悪かったな」


 ムベが大きな手でカクテの頭を掴み、ギリギリと締め上げる。


「アタカもやっとく?」


「いや、あそこまではっきり言われると逆に清々しい」


 ルルの問いに、アタカは首を横に振った。


「はいはい、喧嘩しないの」


 両手いっぱいに料理の乗った皿を持ち、厨房からふっくらとした壮年の女性が姿を現す。


「おばちゃんも久しぶり。元気だった?」


「お蔭さんでね。ほら、数が多いんだからテーブルには自分で運んで頂戴」


「あいよー」


 そっけなく言いながらカウンターに皿を置く女性に軽く返事をし、カクテはひょいと皿を持ってテーブルへと移動した。


「随分気安いな。生家という訳でもないようだが」


「あーうん。うちのおとんが生きてた頃、魚卸してたんだよね。

 おばちゃんの魚料理が絶品でさあ」


 揚げ芋を摘み上げ、もぐもぐとやりながらカクテは答える。


「まだ全員分揃ってないんだから待ちなさいよ、もう」


 カウンターに置かれた追加の皿を運び、甲斐甲斐しくグラスを並べながらルルは呆れ声を上げる。


「そんで、おとんが死んだ後も結構世話になったんだよね。

 まあ、もう一人の親みたいなもんかなあ」


 カクテはちらりと店主に視線を向けて、「ちょっと萎びてるけど」と付け加えた。


「余計なお世話だ、この不良娘が」


 フン、と店主は鼻を鳴らす。


「はい、これで全部」


「ありがとうございます」


 折り目正しく礼を言い、皿を運ぶアタカを店主の妻はじろじろと無遠慮に眺め回す。


「あの、何か……?」


 かと思えば、ソルラクに視線を移し、最後にムベを見てふむと唸る。


「カクテ、あんたどれが狙いなの?」


「は? 何の話?」


 首をひねるカクテにため息を一つ、「なんでもないよ」と言い残して女性はどすどすと音を立てながら、部屋の準備を整えるために二階へと上がった。


「ごめんね、ちょっとおせっかいなのが玉に瑕なんだ、あのおばちゃんは」


「おせっかい?」


「あんたには言って……」


 何のことかわからず首を傾げるアタカにそう言おうとして、カクテはふと他の男性陣を見回した。朴念仁。それを超えてもはや木石。対象外のおっちゃん。と順に心の中で指差し唱え、


「うん、全員に言ってなかったわ」


「考えてる事がわかりやすいんだよお前は!」


 再び、彼女はムベのアイアンクローを受けた。





「しかし今回はなんつーか……正直、よく帰ってこれたもんだな」


 食事を終えて人心地つき、漏らすムベの言葉に全員が同意を見せた。


「ごめんなさい、私のせいのようなものですよね……」


「あっ、いや、その、アレだ。別に誰も大きな怪我はしてねぇし、いいんじゃねえか」


 肩を落としてしゅんとするルルに、ムベは分かり易く動揺した。


「滅多に出来ない経験が出来て楽しかったしね」


 エールを呷りながら、カクテは軽い調子で言う。


「滅多に出来ない……か」


 その言葉に考え込むように、イズレが呟いた。


「今回の件は僥倖ではあったけど……全部が全部、偶然じゃない。

 そういう事でしょうか?」


 イズレがどこに引っかかったのかを察してアタカが問うと、イズレはこくりと頷いた。


「考えるべきは……これからどうするか、だな」


 重々しく言うイズレに、全員の視線が集中する。


「どうするって?」


「あの虹蛇……ユルルングルが言ってた、

 『残り7つ』を探すかどうか、って事でしょう」


 言いつつ、ルルは懐からエインガナの宝玉を取り出し、テーブルの上に置いた。最強の精霊の力を封じたそれは、魔力結晶と殆ど同じ性質を持っている。ただし、力を解放して単体で使用することは出来ない。竜に纏わせ、エインガナの姿と力を手に入れるだけだ。


 しかしそれはあまりに強力すぎて、もっとも精霊に適正のあるルルでも、一番キャリアの長いイズレでも使うことは出来なかった。恐らく殆どの竜使いが使うことは出来ず、市場でも値がつかないであろう事が予測できる。


「『道はその先にある』、か……」


 宝玉を指先で突付きながら、ムベは呟く。その言葉から連想されるのは、唯一つ。


「ドラゴン・ロード……」


 ぽつりと漏らすアタカの言葉に、ムベは頷いた。ただの、竜使いたちの間に広まっていた噂でしかなかったその存在が、俄然真実味を帯びてきたのだ。


「どうする、アタカ」


「え?」


 ムベの言葉の意味がわからず、アタカは思わず目を瞬かせた。


「探してみるか? 残り七つの……宝玉を」


「えっと……それは、僕が決めていいんですか?」


「そりゃあ……このパーティのリーダーは、お前じゃないのか?」


 ムベの言葉に、えっ、と幾つか声が上がった。


「僕は、ムベさんがそうなのかと思ってました」


「私は、特にそういうの決まってないものかと」


「え、リーダーあたしじゃないの?」


「それだけはない」


 カクテの言葉にアタカ、ルル、ムベの言葉がぴたりと揃う。その横で、自分もパーティの一員に数えてもらえているのだろうか、とソルラクはドキドキしていた。


「六人というのは、竜使いのパーティとしてはそれなりの大所帯だ。

 この際リーダーをしっかり決めておくのも悪くはないだろう」


 イズレはそう言い、アタカに視線を向ける。


「ムベの見込んだ男だ。私としてはアタカで異存はない」


「わ、私も! アタカがいいと思います!」


 イズレに張り合うかのように、ルルがぴっと手を挙げる。


「俺は元々そう思ってたけどな。この中で一番、判断力に優れてる奴がやるべきだ。そりゃあ、残念ながら俺じゃねえ」


「あたし?」


「だからそれだけはない」


 即座に否定され、カクテは被った帽子をぐいと引っ張りながら、唇を尖らせる。


「じゃあ好きにしたらいいよもう……いいんじゃない、アタカで」


 結構本気で言ってたんだ……と愕然としつつ、アタカはあえて彼女から目を逸らし、最後の一人へと視線を向けた。


「ソルラクは?」


「それでいい」


 ソルラクは、突き放すようなぶっきらぼうな口調でそう答えた。


「……頷くんじゃなくて声に出すって事は、大賛成ね」


「なるほど」


 カクテの解説に、一同頷く。


「ワタシとしてもそれで異存はないよ」


「じゃあ、満場一致って言うことで……」


 ルルがいいかけた瞬間、その場にいた全員が、最後に聞こえた声の持ち主を振り向いた。


「実に面白そう(カネになりそう)な話をしているじゃあないか。

 ワタシも一枚、その話に噛ませてもらえないかね?」


 爬虫類を思わせる、見るからに胡散臭い笑顔が、そこにあった。

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