閑話02 それぞれの見た夢と老爺の呟き
「じゃあ、あれは全部夢だったのか……」
「単に夢と言うと少し語弊があるけど。
皆が別々の世界を見ていたのは、事実ね」
シルアジファルアへと向かう道すがら。先程あった出来事を、ルルは仲間達に説明していた。夢ではあるが、全部が全部妄想の産物だというわけではない。むしろ、あちらはあちらで、夢の世界なりの法則に基いて動く『そう言った世界』なのだ。
エインガナの力をほんの一瞬とは言え操ったルルには、ある程度その世界の意味や法則が理解出来てはいたが、現実とあまりにもその在り様がかけ離れていて、言葉では説明しがたい。
「お互いの姿は見えてるけど、それは本物じゃなくて……
でも根底では、一つに繋がっているの」
「影や鏡の像の様なものか?」
「そう言うのとも、ちょっと違って……」
イズレの問いに、ルルは首を横に振る。どう説明したらいいものか頭を悩ませ、ふとルルはアタカに視線を止めた。
「……イズレさんは、ムベさんが好きなんですよね」
「ああ。愛している」
何の躊躇いも無くきっぱりと言い張るイズレに、ムベは御車台の上でごほごほと咳き込んだ。
「と言う事は、イズレさんにはムベさんが格好良く見えているわけですよね」
「ふむ……確かにそれもあるが。
……どちらかと言うと、可愛い、と言う感じの方が強いな」
形の良い顎に手を当て、イズレはそう言った。
「かわ……」
「うるせえ、ほっとけよ!」
思わずまじまじとムベを見るルルに、ムベは怒鳴る。
「あはははは、可愛いだって、あはははははは、あはははは」
「お前はちょっとは押し隠せよ!?」
かと思えば、腹を抱え、指をさして大笑いするカクテに叫ぶと、なかなか忙しい。
「何か面白い事があったかな?」
「いえ……何も無いデス」
にっこり微笑み、ビー・ジェイの爪を喉に宛がうイズレに、流石にカクテは大人しくなる。
「ええと、話を戻すと……つまりは、そういう事なんです。
イズレさんには、ムベさんが、か、かわ……可愛く、見える。
でも、カクテにとってはそうじゃない」
「あっ、ずるい、あたしに押し付けないでよ!」
カクテの抗議を無視して、ルルは続ける。
「そう言った見え方の違いが、ドリーム・タイムではもっと顕著になる。
だから、本物だけど本物じゃない……本物じゃないけど、本物なんです」
「なるほど……やはり良くわからんな」
イズレはきっぱりとそう言った。
「ですよねえ」
イズレの歯に衣着せぬ物言いは小気味良いが、一生懸命説明した上でそういわれてルルは肩を落とす。とは言え、そういわれるのも仕方ない、とは思った。そもそもルル自身が、完全に理解しているわけではない。
「まあ要するに、夢と現実の中間ってことでしょ?」
「……そのくらいの認識が一番良いのかもね」
適当に言い放つカクテの言葉は、ある意味で的を射ていた。
「まあ妙な体験だったな。俺んトコじゃ、アタカ、お前ら大人になってたぞ」
「大人?」
「ああ。20かそれをちょっとすぎた辺りだったな。
背も伸びて……大体、今のソルラクよりちょい低いくらいか。
大分凛々しくなってたぞ」
「へぇ……ら、って事は、ルル達も成長してたんですか?」
「ああ。ソルラクはまあ、あんまり変わらなかったけどな。それでも顔付きは今より
大人っぽくなってたし……ルルも、まあ……アレだ」
言いにくそうに、ムベは咳払いする。密かに、彼はルルが苦手である。性格どうこうではなく、美少女であり、しかもイズレと違って女の子らしい彼女には少し気後れするところがあった。
「ルルは綺麗になってそうだな」
そんな彼の様子にイズレはさらりと助け舟を出す。
「ああ、まあ、そんな感じだったな」
「む……!」
がたりと身を乗り出し、ルルは真剣な表情で問おうとして、途中で思いとどまった。
「む?」
「……いえ、なんでもないです」
かああ、と顔を真っ赤にしつつ、彼女は視線を逸らして席に姿勢を直す。
「あたしは?」
「お前さんはチビのまんまだ」
一方、カクテには全く容赦なく、ムベはカラカラと笑った。
「ああ、でも乳は馬鹿みたいにでかくなってたな」
「えー……今でも結構邪魔なのに、これ」
自らの胸を掴んで呟けば、何やら殺気の様な物を感じ、カクテは後ろを振り返る。しかしそこには、ルルが済ました顔で座っているばかりだった。
「私はどうだったんだ?」
「イズレは見た目は変わってなかったけどよ……なんか妙な格好はしてたな」
「なるほど、仮装を希望と言うことだな、早速手配しよう。
何が良い? ウェイトレスだったら手っ取り早く用意できるのだが」
「ちげぇよ!?」
躊躇いなく言うイズレに、ムベは慌てて叫んだ。
「……冗談だ」
そう答えるイズレの表情は、言葉とは裏腹に残念でしょうがない、と言った感じであったが、御車台で手綱を握るムベからは見る事が出来ない。
「やっぱり皆全然違うんですね。僕の夢の中では、皆竜と人が入れ替わってました」
「竜と?」
クロの背の上で竜車に並びつつ、アタカは頷く。
「竜が人の姿になってて、人が竜の姿になってたんです。
ディーナだけはルルとそっくりそのままだったけど、
エリザベスは金髪を二つ結びにした、背が低くて気が強そうな女の子で、
ウミは青い髪のおっとりした感じの女の子、ジンは真面目そうな背の高い男の子で……
ビー・ジェイは上半身はラミアの姿だけど、下半身も人間でした」
「で、俺達が竜になってたって訳か。
まあなんか、アタカらしいと言えば、アタカらしい夢だな」
「クロはどんな感じだったの?」
「それが、クロと僕だけはそのままだったんだよね」
カクテの問いに、アタカは若干残念そうにそう答えた。
「自分の事はよく知っているからな。変化しないものなのかも知れん。
私も、私自身やビー・ジェイは変化していなかった」
「イズレさんの夢では、どうなってたんですか?」
「うむ」
イズレは一つ頷くと、感慨深げに
「ムッキムキだったな……」
そう、呟いた。
「……ムキムキ?」
カクテが、まるで砂糖と塩を同時に口の中に詰め込まれたような顔をして聞き返す。
「ああ。特にソルラクがすごかった。アレはまるで聳え立つ筋肉の山だな」
唐突に名前を呼ばれ、ソルラクが警戒するようにびくりと身体を震わせた。
「ムベもそれに負けていなかった。元々の体格が良いから、単純な筋力量では
ソルラクを越えていたかも知れんな」
「え……っと、それって」
「当然、ルルやカクテも同様だ。無論男性陣に比べればささやかではあるが、
歴戦の戦士の如き鋭い眼光を持っていたぞ。
私一人貧弱な身体で実に肩身の狭い思いだった」
そう言うイズレの声色は言葉とは裏腹に実に楽しげだ。
「あたしはそう言う外見の変化はなかったなあ」
「……そうなの?」
何と無く、自分の世界でのカクテを思い返しつつ、ルルは恐る恐る尋ねた。
「うん。ただ、ソルラクがキモかった」
またも名前を出され、ソルラクがカクテへと視線を向ける。
「『君は実に美しい』とかって口説き始めてさ。
言われなくてもそんな事わかってるって……どうしたの皆」
「どこから突っ込んで良いのかわかんねぇんだよ!」
なんとも言いがたい表情を湛える一同を代表して、ムベが叫んだ。
「なんかねー、おっちゃんはイズレさんとイチャイチャしてるしさ。
ルルはアタ――」
言いかけ、カクテは奇跡的に、ルルが『余計な事は言うな』と言っていた事を思い出した。
「アタカとイチャついてるし」
(カクテぇぇぇぇっ!)
思い出した結果、ここで止めると余計妙だし、このくらいなら大した事もあるまい、と言葉を続ける。ルルが、凄まじい表情で彼女を睨み付けた。
「いっ、イチャついてなんかいねえよ!?」
「おいカクテ、その辺りもう少し詳しく説明してくれ」
しかし、ルルにとって幸か不幸か、過剰に反応したのはムベ達の方であった。
「おっちゃんとイズレさんはなんか、普通に恋人同士って感じで。
説明するのもイラっとする感じでいちゃついてたよ。
その合間にソルラクは口説いてくるし、最悪だった」
「……言い掛かりだ」
「喋った!?」
流石に看過出来なかったのか、珍しく反論を見せるソルラクにカクテは驚きの声を上げた。
「……そんなに嫌だったのか」
さもあろう、と言った感じでムベは同情するようにソルラクに言った。
「ソルラクの声を聞くのは初めての様な気がするな。
君の夢はどんなだったんだ?」
イズレの問いに、ソルラクはぐっと口を引き結ぶ。傍目には怒っているかのような様子だが、じわりと額に浮かぶ汗に、彼が焦っている事をアタカは見抜く。
「ソルラクはそう言う説明が苦手ですから」
「そうは言っても、口が付いていないわけでも言葉が通じぬわけでもないだろう」
フォローを入れるアタカに、イズレはそう言い放つ。
「別に上手く喋れ、等とは言っていない。だが、交流の一つも持てんのでは困る。
……今後も行動を共にするのだからな」
その言葉に、アタカはハっとさせられた。確かにその言には一理ある。ソルラクを甘やかしすぎたのかもしれない、と彼は少し反省した。
ソルラクも同様であったのか、彼は決意を込めるかのように息を吸い、言った。
「みな、アタカだった」
「なにそれ怖い」
「ほう、詳しく」
ルルとカクテが身体を引き、対照的にイズレは身を乗り出した。
「いや……つまりは、アタカ殿と同じように、
みな主の意図を把握してくれたと言う意味だ」
流石にこのままでは主人が誤解されかねない、とジンはフォローに回る。
「……無理を言ったようだな。悪かった」
思った以上に喋るのが苦手らしいと判断し、イズレはソルラクに頭を下げる。しかしそれは、更に彼の心をひっそりと締め付けるのであった。
「桜花や。悪いが、雨戸を開けてくれんかの。星を見たいのじゃ」
「構いませんけど……」
主人の命に、桜花は洗い物をする手を一度止め、雨戸を両手で開いた。雨戸を開けるには、シンバの背は少しばかり低い。
「今日は曇りな上に、まだお昼時ですよ?」
「おお。うっかりしておったわ」
開かれたその光景に、シンバは呵呵大笑する。
「全く、不規則な生活をしているから、時間間隔が変になっちゃうんですよ。
気をつけて下さい……って」
桜花はぽつぽつと黒く染まる地面を見て、目の色を変えた。雨が降ってきたのだ。
「いけない、お洗濯物!」
彼女は風のような速度で、外に飛び出す。
「一つ、落ちたか……」
徐々に雨脚を強める空を見上げながら、シンバは髭を扱いた。
「さて……どうなることかの」
その呟きは、雨音に混ざって、消えた。




