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第11話 七色の精霊-6

「おおおおお!」


 ムベのあげる雄叫びと共に、彗星の様に尾を引きながらエリザベスは空を駆ける。一対の翼から帯状に伸びる二本の白い雲は、荒れ狂う大気を無理やり従え、押さえつけた証だ。身体の変化は、ムベのみならずその竜にも及んでいた。


 高速で飛ぶエリザベスの速度は、更にぐんぐんと増していく。唐突に、パン、と軽い音を立て、楕円の雲が発生した。音の速度を越えたのだ。


「喰らい、やがれぇぇええっ!」


 エリザベスが口を大きく開き、炎を吐き出す。それはまるで意思を持つ生き物の様に蠢き、十に分かれると多頭の竜の如くエインガナに襲いかかった。


 直撃を受け、高く声を上げながらエインガナは身をよじる。その声に応えるように、岩が地面を突き破って飛び出し、見る間に伸びて山となり、剣の様にムベへと迫った。


「させない」


 イズレの指先から魔力の線が迸り、くるりと円を描く。すると、それは楯となって、山を押さえつけた。すぐさま、小さな影がとんと宙を舞った。まるで砂山に小さなノミか何かが飛び乗るかのような光景だが、スケールがまるで違う。それは文字通りの山に跳躍して飛び乗り、勢いそのままにエインガナへと向かうソルラクの姿だった。


 山脈にその身を横たえ、天に届くほどに首をもたげるエインガナに比べれば、その身体は比べようもなく小さい。普通の蛇に対する豆粒以下だ。しかし、彼の放った拳は軽々とエインガナの顎を跳ね上げ、その巨体をよろめかせた。


「ウミ、お願い……皆を守って」


「はぁい」


 ぎゅっと胸元で手を握り締めるカクテに間延びした口調で答え、ウミはみるみるその身体を巨大化させた。マカラ本来の体長などあっという間に越え、エインガナに見劣りしないサイズまで膨れ上がると、まるで水中を泳ぐかのように空中を突進し、エインガナに体当たりを仕掛ける。


「……アタカ、一体これは何が起こってるの……?」


 目の前で巻き起こる光景についていけず、ルルは傍らのアタカにそう尋ねた。途方もなく巨大なエインガナに、同じくらい途方もなく巨大化した蛇の様な尾を巻きつけ、齧りつく。


 かと思えばエリザベスの吐き出した炎が巨大な赤い竜の様にうねり、大地を焦がしエインガナを苛む。ジンとソルラクは小さな身体のままエインガナの身体の至る所を傷つけ、吹き飛ばし、降り注ぐ岩や巻き起こる風、突き出る山々と言ったエインガナの攻撃はイズレが片っ端から打ち消していた。


「……そうか。対等なんだ」


 ぽつりと、アタカはそう呟いた。


「対等って?」


「エインガナと、僕達が」


 アタカの説明にルルは首をひねる。あの強大な、神にも等しい竜と、自分達が対等と言うのは理解しがたいことだった。現に、ムベ達4人で挑んでなお攻めきれず、戦況は徐々にエインガナの側に傾きつつあった。


 攻撃は着実にエインガナに当たり、苦しめている。しかしその動きは鈍る事無く、むしろ激しさを増しつつあった。イズレが防ぎきれない攻撃が徐々に増えだし、猛火や巨岩が彼らを襲った。通常であれば間違いなく即死するであろうその攻撃を受けても死ぬ事はなかったが、ムベ達は徐々に傷ついていく。


「エインガナが世界を作れたのは、勿論、彼女が偉大な虹蛇であったという事も

 関係しているけど、それ以上に重大なのは、彼女がもっとも古い精霊だって事だ」


 アタカはルルに言い聞かせるように、己の頭の中でゆっくりと噛み砕きながら説明した。


「無限の砂漠ピエインガナには、彼女の他に何もなかった。だからこそ、万物を作れた。

 ……だけどここでは、違う」


 だんだんと、ルルは彼の言わんとする事を理解する。


「この世界では、僕達も世界を構成する要素の一つ……精霊なんだ。

 エインガナと同様に、世界を作り出し、改変する能力がある。

 ……でもそれは、自分に出来ると信じないといけない。……心の底から」


 外見や内面の変化がないアタカとルルに共通するのは、その思考が論理に偏っているという点だ。他の四人や竜達は、無意識にそれを感じ取ったのだろう。己の望む形に外見が変化したり、喋ることが出来る様になったのだ。


 アタカやルルにとって、それは受け入れがたいことだ。彼らの思考はいつも、自分に出来ること、出来ない事を冷静に見つめ、分析する事から始まる。


「じゃあ、カクテの性格が変わってるのは?」


「無意識で、ああいう性格に憧れてたって事なんじゃないかな。

 それに……一番、向いてそうだし」


 一番向いている、というのは、言い直すと一番論理的思考に向いていない、という意味だ。アタカのその説明に、ルルはつい納得してしまった。


「つまり、出来ると思えば、私も……ディーナも、あんな風に戦えるかもしれないのね」


 クロには少し複雑な話だったのか、彼はきょときょととアタカ達の顔を見比べた。


「さて」


 仮説を立てたら、次は実験だ。アタカはクロに向き直り、背嚢から魔力結晶を一つ取り出した。何でも出来るからそれを信じて行え、と言われても、人間そうそうできるものではない。そこには何らかの、イメージを増幅する触媒が必要だ、とアタカは考えた。その役割を果たすのが、この魔力結晶だ。


 結晶の開放は、本来竜使いなら誰でも出来る事。ずっと竜使いを目指していたアタカは、そのイメージも何度も練習している。クロの亜麻色の毛並みによく似た、ベージュの結晶。握り締めればその名が心のうちに浮かぶ。そっと目を閉じ、アタカは信じる。……自分を、そして相棒を。


 そして、叫んだ。


「『ティラノサウルス』、オン!」


 光が取り巻き、クロの身体がめきめきと音を立てて変化し始めた。アタカにとって……そしてクロにとっても、初めての体験だ。目を見開き、胸を高鳴らせて彼はその光景を見つめる。


「いくよ、クロ」


 翼のない巨竜が、咆哮を上げた。






「すごい、すごい、あたか、このからだ、すごいよ!」


 嬉しそうに声を発し、クロはどすんどすんと地面をゆらしながら大地を駆けた。その姿は、以前門の向こうで出会ったティラノサウルスよりも何倍も大きい。その背の上、鱗の一枚にしがみつくようにしてアタカは乗っていた。


「落ち着いて……皆を、助けるんだ」


「うんっ」


 頷き、クロはすうっと息を大きく吸い込むと、思い切り炎のブレスを吐き出した。やはりそうだ、とアタカは己の考えが合っていた事を確認する。ティラノサウルスは、炎のブレスなど吐くことは出来ない。しかし、ドラゴン・パピーの身体にすっかり慣れたクロは、身体の形そのものがそこまで大きく変わらない事もあって、未だパピーのつもりなのだ。


 故に、本来なら不可能なブレスや魔術も、全く変わる事無く使うことが出来る。それは本来ならば不利に働く事かもしれないが、今回に限っては有利な条件だ。


 ブレスに魔術にと、巨体を振るって大暴れするクロを遠くに見つつ、ルルは頭を悩ませていた。アタカとクロの間には、ある一定の無理解がある。それは言い換えれば、相手の能力への期待と言ってもいい。その期待を取っ掛かりにしてアタカがイメージを作り上げたことは、ルルは理解していた。


 問題は、彼女の適合率が高すぎることである。ルルとディーナは、その能力や思考の殆どを共有することが出来る。勿論、互いに別々の存在だから出来る事は違うし、独立した意思や思考を持っている。が、互いに何を見ているか、何を考えているか、何が出来るのか……そういったものは、何もかも伝わってくるのだ。ある意味で言えば、彼女達は双子よりも尚近い。


 そして今や、姿かたちまでそっくりなのだ。変化の術に魔力を割けば、古めかしい衣服や赤い髪も変化させて、そっくりルルと同じに変身する事さえ可能である。ここまで来ると、肉体の共有が出来ない事の方が不思議なくらいだ。


「「……それだ!」」


 そこまで思考を進めたとき、ルルとディーナは顔を見合わせて、同時にそう叫んだ。言葉を交わすこともなく、一人と一頭は互いに手を重ねあい、ゆっくりと顔を近づけあった。こつん、と額と額をくっ付ける。抵抗はほんの一瞬、そのままするりと彼女達は相手の身体のうちに入り込んだ。


 全く異なる、しかし全く同じ体と思考が混ざり合う。一つ呼吸をして、ルルはぱちぱちと目を瞬かせた。全身に、魔力がみなぎっている。人のではなく、竜の魔力だ。


『いこう、ご主人様』


「ええ!」


 頭の中に響くディーナの声に頷き、ルルは空を飛んだ。その背中には、竜の翼。メリュジーヌの羽根だ。


「空を飛ぶのって、こんな気分なのね」


 翼で風を切りながら、ルルはそう呟く。それはディーナと感覚を共有しても味わえない、生の感動だった。


『人の中から見る光景って、こんな風なのね』


 互いに互いの感覚を知るが故に、彼女達は一つになることが出来た。そうして生まれた光景は、見慣れると同時にけして届かぬ場所にある。彼女はあっという間に空を駆けると、アタカの元へと辿りつく。


「アタカ!」


 驚きに目を見開いて見つめる彼の横を、ルルは微笑んで飛ぶ。そして、魔力を解き放った。ルルとディーナ、二人の力をあわせたそれは、どちらの力も遥かに凌駕していた。互いに互いのイメージをより合わせ、魔術を練り上げる。


「あら、まあ」


 そして生まれたそれに、ルルは思わずそんな声を上げた。形と種類は氷の槍。ルルとディーナが出会ってから、もっとも多く使った魔術の形だ。


 しかし、その大きさは途方もなく巨大であった。


 何せ、喩える物が自然界に存在しない。巨木どころか、山さえもそれに比べれば小さく見えた。強いてたとうならば山脈だろうか。エインガナ自身よりも巨大なそれを上空に浮かべ、ルルは叫んだ。


「ごめんなさい、避けてくださいね」


 慌ててエインガナから離れるムベ達を尻目に、ルルはそれを投げ放つ。凄まじい速度で、ゆっくりと、氷の槍はエインガナに突き刺さった。矛盾する二つの言葉は、しかし同時に成り立つ。あまりに巨大すぎるが故に、その速さにも関わらずゆっくり飛んでいるように見えるのだ。しかし、実際の速度は音の早さなど遥かに超えていた。


 衝撃が、風となって全方位に駆け抜ける。音は風がルルのスカートを巻き上げた後になってようやく届いた。


「やった……!」


 アタカが声を上げたとき、ルルはそれに気付いた。大魔術を放った後の、ほんの僅かな隙。そこを突き、放たれる一本の矢。小さな小さな木で出来たそれは、真っ直ぐアタカを狙って飛んでいた。


「だ、めっ!」


 全力で魔力の障壁を展開し、ルルはアタカを背後に庇う。矢はあっさりと障壁を貫通してルルの胸に穴を空け、そこでようやく止まった。


 彼女は一つ、失念していた。ディーナ自身も、殆ど耐久力を持たない事を。そのイメージはそのまま、彼女の肉体を人の領域に留める。しかしその条件は、アタカ自身も同じはずだ。だから、彼女はアタカを守れた事に満足げな笑みを浮かべた。


「ルル……?」


 信じられないものを見るように手を伸ばすアタカに答えようとすれば、言葉の代わりに笑えるほどの量の血が、彼女の口から溢れ出る。それと同時に、自分がもう助からないのだということを、ルルは悟った。

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