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第11話 七色の精霊-5

 イピリアは、雨を操った。ユルルングルは、それに加え天候そのものを。そして今、アタカ達の目の前にゆったりとその身を横たえる虹色の蛇は、世界そのものを操るのだと、アタカは理解した。


 砂漠だけであった世界が、見る間に作り変えられていく。虹蛇は風を起こし、水を湧かせ、土を動かし、火を作り上げる。まるで己が世界そのものの生みの親であると、誇示するかのように。


 事実、それは世界を相手に取った戦いであった。ユルルングルのように純然たる強さを持つ相手より、更に無謀な戦いだ。


 ソルラクが攻撃を加えようと地を駆ければ、突き出す岩が瞬く間に山となって目の前を塞ぎ、大地の上を転げ落とされる。


 ならば上からとムベがエリーに乗って空を飛べば、翼が捉えた風は瞬く間に敵となって反旗を翻し、エリーをしたたかに地面へと叩き付けた。


 大地を流れる川へとその身を躍らせたウミでさえ、逆巻く激流の前に押し流されてしまう。


 炎がそこかしこに立ち上ってはアタカ達を焼き焦がし、流れ落ちる星々が彼らをその意思ごと、打ち砕いた。


 虹蛇がその長い首を巡らせれば、空が青く染まり、蒼天に太陽が浮かぶ。その様子を見て、アタカは流石に挫けそうになった。それがただの紛い物や、幻覚などではない事を、五感全てが声高に訴えている。


 相手は、天地を創造し、全ての生き物を生み出す神にも等しい存在である事を、肌で悟ったのだ。


「エインガナ……」


「あの、竜の名前?」


 アタカはようやく、その名を思い出した。


「かつて、世界はピエインガナという、無限に広がる何もない砂漠だった。

 そこに暮らしていたのが、全ての水と生き物の母にして、世界を創り出した、

 もっとも古く、もっとも偉大な虹蛇……始祖蛇エインガナだ」


 アタカはルルにそう、答える。


 古い伝承にしか残されていない、実在するかどうかもわからなかった伝説の存在が、今、目の前にその身を横たえている。アタカは大きな喜びを感じると共に、深い絶望を味わった。人の……いや、竜でさえ、抗えるような相手ではない。


 いまや砂漠だったその世界に、砂は微塵も残っていない。いつしか、先程までアタカ達がユルルングルと戦っていたケテル湖の光景が広がっていた。元の場所に戻ってきたわけではない。エインガナが、世界そのものを一から作り直したのだ。そんな竜を相手に、どうやって戦えというのか。


「何やってやがる、アタカ!」


 叫ぶムベの声にふと我に返れば、アタカの目の前には巨大な焼けた岩が迫ってきていた。ああ、これは死んだな、と悟る。これほどの大質量は誰にも止められないし、避けられない。仮に砕いたとしても降り注ぐ礫と熱とでアタカは死ぬ。


 とりあえず、苦しんでいられる余裕はなさそうだ、とアタカはどこか冷静に思った。


 岩がまとう炎に赤く照らされるアタカの顔を、ふっと影が覆い隠す。銀の長い髪がさらりと揺れ、見慣れない背中がアタカの前に立った。


「うおおおおおおおおおお!」


 雄叫びを上げ、ムベはあろう事か、隕石をその両手で受け止めた。真っ直ぐ振ってきた、巨大な岩である。その大きさは竜車ほどもあり、止まっていても人の腕力で抱えられるようなものではない。それを、ムベはぐっと全身に力を込め、押し止めた。


 それどころか、そのままぐいと押しやり投げ捨てる。投げ放たれた岩は湖に飛び込み、じゅっという音と共に蒸気を上げて、湖面を泡立たせながら沈んでいった。


「ム……ムベ、さん……?」


 アタカは思わず己の目を疑った。ソルラクがやったならまだしも、ムベに出来る芸当ではない。ソルラクの自己強化は、鍛え上げられた本人の肉体と高い適合率があって初めて為せる技だ。そもそも、そのソルラクでさえ、今の様な事が出来るとは思えない。


「おう、無事か、アタカ」


 手の平を熱そうにふうふうと吹きながら、ムベは振り返る。その程度で済むわけもないのに。


「今、どうやって……?」


「わからん。出来そうだ、と思ったからやってみたら、出来た」


 そんな無茶苦茶な、とアタカは思ったが、事実として出来たのだから仕方がない。彼の外見に現れた変化と関連があるのだろうかと、彼は思考を巡らせた。


 彼らの変化はエインガナの能力によるものである可能性が高い。しかし、敵を強化する能力と言うのはいまいち良くわからない。であるなら、エインガナの力とは別の効果によるものなのだろうか?


 理屈は全くわからないが、エインガナに対抗するにはその力を使うしかない、とアタカは反射的に考えた。となれば、すべきはその原因の究明ではなく、誰がどのくらいの力を持っているかの確認だ。


「イズレさんは、普段と違う力を感じますか?」


 まず、一番可能性が高いのは、ムベと同様全身の姿が変わっている彼女……そう、もはや完全に『彼女』としか呼びようのない姿になっている、イズレだ。


「普段と違う、か……そうだな」


 イズレはついとムベに視線を向けると、ぎゅっと彼の腕をその豊満な胸の間に挟みこんだ。


「何と無く、無性にこうしたい気分にはなる」


「い、いえ、そうではなくてですね」


 隣で「何で私のは……」とぶつぶつ呟きながら己の胸元を擦るルルを意識的に視界から除外しつつ、アタカはどう説明したものかと頭を悩ませる。


「あんまりからかってやるな。それで実際どうなんだ?」


 落ち着いた様子でさらりとイズレの髪を撫で、そう問うムベの様はいかにも優雅で、それがなんとも酷い違和感となってアタカを襲った。


「な、なんだかキャラが違わないか……?」


 そう言いつつも、もじもじと身をくねらせ頬を赤く染めるイズレと言うのも、アタカの中の彼女と酷く乖離していて、なにやら頭の痛くなる思いだ。二人とも外見だけでなく、中身まで徐々に変質してきている気がする。


「……まあ、さっきのムベと同じことが出来るとは思わないが、

 それでも元々なかった力は感じるな」


 そう言って、イズレは両の手の平に燃え盛る炎を浮かべて見せた。無詠唱での魔術の行使。本来なら竜でなければ出来ないはずの事を、あっさりとやってのける。


「……ソルラクは?」


 一番、変化の少ない彼に視線を移せば、ソルラクはピンと耳と尻尾を立てて、斧槍を構えて見せた。表情からはわからないが、尾と耳を見るになにやら誇らしげである。


「よくわかんないけど、大丈夫って事?」


 そう尋ねれば、肯定の如くぶん、と一度尻尾が振られる。彼はむしろこの方がわかりやすくていいかもしれない、などとアタカは一瞬思ってしまった。


「で、カクテは……」


「そんな、あたしなんて……駄目駄目ですから……

 それに、戦いなんて怖くてとても……」


 胸元できゅっと拳を結び、涙目で震えながら言うカクテに、アタカは「お前は誰だ」と言う言葉を何とか飲み込んだ。


 なまじ外見が元と同じ分だけ、ムベやイズレよりも破壊力はむしろ高い。


「……性格がこれじゃあ、期待は出来そうにないかな……」


「だ、駄目です、危ないですよぉ!」


 溜め息と共にアタカがそう呟くと、早速飛び出そうとするソルラクの首根っこをひっ捕まえ、カクテは彼の身体を地面に叩き付けた。


「……そうでもないみたい?」


 呟くルルに、アタカは頷くべきかどうか悩んだ。

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