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第11話 七色の精霊-3

 頬に纏わりつく砂の感触に、アタカは自分が今まで意識を失っていたことに気がついた。


 身体や衣服についた砂を払い落としながら身体を起こすと、そこはどこまでも続く広大な砂漠の真っ只中であった。まるで水のように細かい砂だけで出来た、ベージュ色の砂漠。まるでたゆたう海の一瞬を切り取ったかのように、波の如く隆起と沈没とを繰り返している。


 ただただ周りを埋め尽くす膨大な砂の他には、何も無い。砂漠へはまだ行った事は無いアタカであったが、知識としては砂漠がどういう場所かは知っている。しかし、目の前に広がるそれは、彼の知るものとは大分違うようであった。


 植物も岩も動物も、砂のほかには何も無く、砂漠だというのに暑くも寒くも無い。空を見上げてみれば、天空は真っ黒に塗りつぶされており、月はおろか星すら見当たらない。勿論太陽もないのだが、不思議な事に辺りは十分明るくどこまでも見通すことが出来た。どうやら、元いた場所とは根本的に異なる世界へやってきてしまったらしい、とアタカは理解した。


 周囲を見回してみれば、砂の合間に仲間達の姿が見えた。


「ルル! 大丈夫?」


「ん……何、ここ?」


 とりあえず手近に倒れていた幼馴染を助け起こせば、彼女はぼんやりとした様子で辺りを見回した。どうやら怪我の類は無いらしく、ひとまずアタカはほっと胸を撫で下ろす。


「わからない……とりあえず、皆を起こそう」


 アタカの提案にルルは頷き、二人は手分けして仲間達や愛竜を起こしにかかった。


「ええと……これはムベさんかな」


 砂の中に頭から突っ込んでいる大柄な足を、アタカはぐいと引っ張った。踏みしめるだけでさらさらと流れてしまうような粒子の細かい砂は異常に軽く、上半身を没していたものの、ムベの身体は簡単に引き抜けた。


「ごほっ、げほっ……なんだ、こりゃあ!」


 ばさばさと砂を叩き落としながら、ムベは咳き込み声を上げる。金の粒のように零れ落ちる砂の合間から覗いた顔に、アタカは目を丸くした。


「あの……どちら様、ですか?」


「ああ? 何言ってんだ、アタカ」


 怪訝な表情でアタカを見つめる男は、一言で言って美形であった。まるで銀糸のような髪はさらさらと腰まで伸びて月の光のような輝きを放ち、涼やかな目元にすっと通った鼻筋。きりと引き結ばれた口元は凛々しくもどこか色香を放ち、細い面はともすれば女性に見間違えかねないほど美しい。


 すらりと伸びた長身は均整の取れたもので、頭は小さく手足は長い。つるりとした肌は全く男臭さを感じさせず、ただ立っているだけで一枚の絵の如く、様になっていた。


「ム、ムベさん……ですか?」


「何言ってんだ、あったりまえだろうがよ。他の誰に見えるってんだ」


 不愉快げに訛りの入った口調で言い募るさますらも実に見栄えが良い。誰にも見えません、とは言えずに、アタカは自分の目がおかしくなったのかと後ろを振り向いた。


「あの、イズレさん……なん、です、か?」


 そちらには、恐らく今の自分が浮かべているものと全く同じであろう、困惑に満ちた顔を浮かべるルルと、見覚えの無い愛らしい少女が立っていた。


「うむ、いかにもそうだが……なんだルル、その顔は」


 身長、という点でまだしも共通項のあるムベに対して、イズレは全く似ても似つかぬ姿へと変じていた。身長は低く、カクテと同程度だろうか。ふんわりとした長い金の髪はくるくると巻いて、零れ落ちそうな程大きな瞳はサファイアのように澄んだ青を湛えていた。


 肌は陶磁の如く白く、頬は薄紅を帯び、唇は薔薇のようにしっとりとした紅を備えている。童女の如きあどけなさと、成熟した女の色気とを併せ持った、アンバランスな魅力があった。


 顔も背の高さもまるで幼い少女のようでありながら、その体つきは非常に悩ましく、胸元には大きな二つの果実が男を誘うようにたわわに実っており、腰はきゅっと括れて、すらりと長い足とそれに支えられた尻は、下品にならぬギリギリの大きさを神が定めたかのような完璧なバランスを保っていた。


「カ……カクテ、大丈夫!?」


 ルルはひとまず目の前の光景から目を逸らし、砂に埋まった親友を助け起こした。けほけほと砂を吐き出す彼女はいつも通りの見た目、二本の三つ編みに詰まった砂を払い落とす姿にルルはほっと安心する。


「ありがとうございます……一時はどうなる事かと思いました。

 軽率な行動は慎まないといけないですね」


 それも、カクテが瞳を潤ませ弱々しい態度でそんな事を言い出すまでの話であったが。


「カクテ!? どうしたの、カクテ!?

 落ち着いてー!」


「ル、ルルさんこそどうしたんですか? 落ち着いてくださいよぅ」


「アタカー! アタカー! カクテが壊れたああああ!」


 その衝撃は、ムベやイズレの比ではなかった。半泣きになりながらアタカの名を呼ぶルルを宥めながら、アタカは残り一人の存在を思い出す。


「アタカ」


 ソルラクは自分で砂を抜け出してきたのか、短くアタカの名を呼んだ。恐る恐る振り返るアタカの目に映ったのは、いつも通りの鉄面皮で、じっとアタカを見つめるソルラク。


「ソルラク、大丈夫?」


 無言でこくりと頷くソルラクに、アタカはほっと胸を撫で下ろす。ソルラクは見た目も性格もいつも通りだ。


「良かった」


 心の底からそういうアタカの目の前で、ソルラクの頭についていた砂の塊がぴょこっと動いた。……否。よく見ればそれは、砂ではない。


 犬のような、耳だ。


 ついでに彼の尻の後ろで、千切れんばかりの速度で振られるのはふさふさの尻尾である。表情は全く変えないまま、ソルラクは三角の耳をピンと立て、ぶんぶんと尻尾を振る。くらり、と遠くなる意識を、アタカは何とか繋ぎ止めた。


 竜だ。竜の仕業だ。


 一体どんな意図があるのかはさっぱりわからないが、何か高度な精神攻撃の類のような気がして、アタカは愛竜の姿を探した。幸いにして、竜達もさほど遠い場所にはいない。砂の中からはみ出したクロの身体をぐいぐいと引っ張れば、目を覚ましたのかクロは自力で砂から這い出した。


「クロ、大丈夫?」


「うん、だいじょうぶだよ、あたか」


「そっか、良かった……じゃあ次は、ディーナを……」


 ほっと息をつき、アタカは次の竜を助けるよう、彼に指示を


「喋ったー!?」


 与えようとして、叫んだ。


「あれ!? ほんとだ、ボクしゃべれてる! しゃべれてるよ、あたか!」


 嬉しそうに尻尾を振り、クロはアタカにじゃれつく。まるで彼に呼応するかのように、竜が次々と目を覚まし、声を上げる。


「ちょっとムベ、なんなのよこれ! 説明しなさいよね!」


 意外に可愛らしい声で主人に食って掛かるのは、エリザベス。


「あらあら……マスターってば随分可愛らしい外見になっちゃって」


 ビー・ジェイが頬に手を当てのんびりとした様子で言い、


「カクテちゃん、わたし、お水に入れてほしいなあ」


 ぴちぴちと砂の上で跳ねながら、ウミはマイペースに水を要求する。


「一体どうなっているのだ……」


 ただ一人、ジンは生真面目に頭を悩ませ、


「すてき、すてき。皆お話できるようになったのね。とっても、すてき!」


 嬉しそうに、ディーナが喜びの声を上げる。


「一体何が、どうなってるの、これ……」


 呆然として呟くルルの言葉に、答えるものはしかし、誰一人としていなかった。

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