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第11話 七色の精霊-1

「おい!」


 雷鳴が響き渡り、稲妻が大木に突き刺さって真っ二つに裂ける。


「おい、おいって!」


 吹き荒れる風は人程度であれば簡単に吹き飛ばせる程に強く、竜使い達は皆竜につかまるか、風から己の身体自体を守らなければ立つことさえままならない。


「おいアタカ、お前本気でアレとやる気だってのか!?」


 そんな中で、悲鳴の様にムベが叫び声をあげた。


 無秩序に撒き散らされる破壊の力に、竜使い達は散り散りに分かれていた。

 雷撃をかわし、風雨から身を守るのに必死な彼らの中、真っ先に飛び出したのはやはりソルラクである。湖面一杯に広がるユルルングルの背を身軽に跳躍し、斧槍をその喉元に向けて突き出す。


 しかしその刃は赤銅の鱗に阻まれ、硬質な音を立てて跳ねた。貫くどころか、鱗には傷一つ無い。目を見張るソルラクの身体を、暴風が強かに打ちつけた。巨大なハンマーで殴られたかのような衝撃が彼を襲い、空中を吹き飛ぶ。


「ソルラクっ!」


 その手を、クロに跨ったアタカが掴んだ。


「アタカさん、伏せてくださいっ!」


 かけられる聞きなれない声は、ディーナのものだ。彼女は辺りに降り注ぐ雨を束ね、長槍の様な水の弾丸を作り上げる。それに更に、湖の水を纏わせ。もう一重、もう一重、そして更にもう一重。


 もはや槍ではなく、巨木で作った破城槌の如きそれを、彼女は高速で打ち出す。しかし、ユルルングルの身体に激突するその直前、立ち昇る水の壁がそれを防ぎ、いとも容易く打ち消した。


 牙を突きたて、齧りつこうとするウミが尾に吹き飛ばされ、宙を舞う。旋風の様に振るわれるビー・ジェイの爪がユルルングルの鱗に当たり、掠り傷一つ付けられぬまま負荷に耐え切れず中ほどから砕け散った。


 クロが火炎を吐き出し、猛烈な炎が湖の水を蒸発させながらユルルングルの身体を舐めあげる。故郷フィルシーダを出た時はアタカの掌程度の大きさしかなかったクロの炎は、帯状に広がる猛火へと成長していた。


 しかし、赤銅色の虹蛇は僅かに身体を身じろがせただけでそれを防ごうともしない。吉弔の様に防御結界の様な物を纏っているわけではない。それどころか、精霊種であるユルルングルは魔法以外への耐性はむしろ低い。


 それでも尚、ソルラクやビー・ジェイの攻撃が通じないのは、そもそもの強さが桁違いであるからだ。純粋に、強い。それもただ大きいというだけではない。天候を自在に操り縦横無尽に操る様は、恐らく神竜種の竜と比べても遜色ない強さ。それでいて、その体躯はマカラとすら比べ物にならぬほど巨大。


「アタカ……!」


 アタカは、迷う。千載一遇の機である事は確かだ。だが、それにムベ達を巻き込んで良いのか。そもそも、『まだ早い』と言われたからには次の機会もあるはずだ。もっと力を蓄え、強くなった時に再挑戦するべきではないのか?


「おい、アタカ!」


 ぐいと肩を掴まれ振り向けば、引きつった表情でムベがアタカを睨み付ける様にしてみていた。困惑の瞳で、アタカはムベを見返した。


 ムベの心中に浮かぶものは、恐怖だ。あんな化け物に、勝てるわけが無い。睨みつけられただけで、彼の膝は震え、嘔吐感が込み上げた。それも、直接睨まれたわけではない。アタカを睨むその余波を受けただけでその有様だ。


 しかしそれは、ムベが特別脆弱なわけではない。ルルも、カクテも、イズレやソルラクでさえ、声を上げる事は叶わなかった。それを真っ向から受け止め、一言とは言え言葉を発したアタカの胆力こそが、異常なのである。


 逃げよう。アタカの目を見るまで、ムベはそう言うつもりであった。あんな化け物に敵うわけがない。逃げるべきだと、彼の全身が告げていた。


 なんて目を、してやがる。


 ムベは内心でそう呟いて、アタカに拳骨を振り下ろす。


「いでぇっ!」


 そして、予想外に硬質なその手応えに叫び、痛む手をぶんぶんと振った。


「あ、すみません、防御魔術がかかっているので」


「くそっ……おいアタカ、ボサっとすんじゃねえ。アイツをやるんだろうが!」


「でも」


 迷いを見せるその目が、嫌だった。


「でもも、糞も、あるか!」


 夢を見た。見せられた。アタカのその、真っ直ぐな目に。それが歪んでしまうのは、いい。良くはないが、仕方ない事だと飲み込む程度の歳を、ムベは取っている。


「やるぜアタカ。あんな野郎に俺達の道を邪魔させるもんか」


 だが、己が重荷になって歪ませる事だけは、我慢がならなかった。


「何か良い考えがあるんですか!?」


「あるわけないだろ、馬鹿」


 表情をぱっと輝かせるアタカにそう言い放つ。


「ええ!?」


「それを考えるのは、お前の仕事だろ」


 くしゃくしゃと乱暴にアタカの髪を撫で回し、ムベは彼の頭をユルルングルに向かせる。


「良いからお前は前向いてろ」


 突き放すようにぐいと背中を乱暴に押しやれば、背後からクスクスと密やかな笑い声が聞こえてきた。


「流石だな」


「皮肉かよ」


「まさか。……それでこそ、私が認め、惚れた相手と言うものさ、ムベ」


 イズレは臆面も無くそう言い、ムベの腕を取って抱きしめた。右腕を包み込む柔らかい感触に思わず鼻の下を伸ばしそうになりつつも、ムベはチッと舌打ちして見せた。


「何が流石なもんか」


 クロに跨りユルルングルとやりあうアタカ達を見ながら、ムベは吐き捨てる。


「才能もねえ。腕もねえ。頭も回らなきゃ若くもねえし、ついでに頭に髪もねえ」


 種族の有利、竜使いとして竜を育てた時間の有利。その二つを持ってしても、ムベは既にアタカと戦って勝てる気がしなかった。アタカはムベを目上として慕っているが、その実とっくに追い抜かれているのだ。


「出来ることっつったら、精々が邪魔にならねえように後ろに下がることくらいだ」


「だが、付いて行く事をやめる気はないんだろう?」


 からかう様に笑むイズレに鼻を鳴らし、ムベはエリザベスに跨った。






 無差別に放たれる雷撃をかわし、風雨を退け、牽制の攻撃を繰り返しながらアタカは焦りに表情を歪めていた。


 幸い、ユルルングルの攻撃精度はさほど高くなく、回避するのは難しくない。しかし、その攻撃の範囲ゆえに、完全に無効化することもまた難しかった。雷撃は大地を砕き周囲に石礫を飛び散らせ、身体を打つ風は否応なく体力を奪う。


 更に問題なのは、その威力だ。一度でも直撃を受ければ間違いなく死に至るであろうと言うその攻撃を掻い潜るには、多大な集中力と的確なクロへの指示が必要だった。とてもではないが、策を練るような時間はない。


「アタカ! こっちに!」


 幼馴染の声にアタカがルルの傍に飛び込むように駆けると、地面から石造りの分厚い壁が立ち昇るようにして現れ、あっという間に城砦となってアタカ達を包み込んだ。メリュジーヌの能力による、城砦の創造である。


 石で出来た強固な壁は風雨を完全に防ぎ、アタカはようやく一息ついた。


「だからその持ち方やめなさいってば……ふぎゃ!」


 メリュジーヌと戦っていたときと同様、まるで荷物の様にソルラクに小脇に抱えられたカクテが文句を言い、どさりと地面に落とされて猫の鳴き声の様な声を上げる。


「とにかく、これで少しは時間が――」


 アタカの楽観的な希望は、轟く雷鳴によって城壁と共に打ち崩された。立て続けに放たれる稲妻の槍は、瞬く間にディーナの作った城砦を破壊した。


「駄目だ……強すぎる」


 城砦と言ってもそれは本物の石壁ではなく、魔力で作り上げた紛い物だ。ただの石であれば雷など通さず表面の雨を伝って雷気を逃がすだろうが、ユルルングルの操る雷撃の前には紙でできた楯の様なものであった。


「時間あれば何とかなるの?」


「え?」


 首を傾げるアタカが止める間もなくカクテが前に出ると、ウミすら連れずたった一人ユルルングルに立ちはだかった。


「カクテ、何をする気!?」


 また一人で暴走し、無謀な事をするのではないか。引き止めようと伸ばすルルの手を振り切ってカクテはユルルングルを見上げると、大声を張り上げた。


「ターーーーーイム!」


 堂々と叫ぶカクテの言葉に、一瞬、アタカ達は時が止まったかのような錯覚を覚えた。


「ちょっと相談するから、暫く攻撃ストップ!」


『……そのような戯言。通る、と、思うか』


 荒れ狂う風雨はそのままに、しかし雷撃を放つ事はやめながら、ユルルングルはカクテにそう問うた。


「思うわよ。こっちの力を試してんでしょ? じゃあ万全の状態で挑ませなさいよね。

 不意打ちみたいに攻撃しといてえっらそうに」


 どっちが偉そうかわからぬ態度で、カクテはぬけぬけとそう言い放つ。


『……良かろう』


 驚くべき事に、ユルルングルはそう答え、攻撃の手を止めた。吹き荒れていた風は止み、雨は途絶え、空を覆っていた雨雲が消える。そしてそのまま、彼は湖の上にとぐろを巻くと、さっさとしろとでもいいたげにチロチロと舌を出し入れして見せた。


「はい、時間稼いだよ」


「……なんと、言って良いのか……」


 なんでもないことの様にあっさり言って振り返るカクテに、アタカは頭を押さえた。誉めるべきか、怒るべきか、呆れるべきか。かけるべき言葉が全く見つからない。


「時々だけど、カクテって凄い大物なんじゃないかと思う」


 その『時々』以外は、かなり残念な評価だけど……と、そちらは口には出さず、ルルは心の中で呟いた。

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