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第10話 湖畔の乙女-3

「……ふむ。それはメリュジーヌじゃないか?」


 野営地へと戻り、食事をしながらルルが見たものの話をすると、イズレがそう口にした。


「あー……言われてみれば、特徴はそんな感じですね」


 古めかしいドレスに身を包んだ、どこか儚げな女性。何故アタカに見えなかったかはわからないが、その特徴はメリュジーヌのものに合致していた。


「メリュジーヌ? あの人、人竜なの?」


 どう見ても人間にしか見えなかったので、ルルは目を瞬かせた。ソルラクのリザードマンのように、人竜種といっても人と間違えるような姿はしていない。


「メリュジーヌは人竜種じゃないよ。精霊種。

 本性は半人半蛇の精霊なんだ。ただ、人の姿に化ける能力を持ってる」


「ルルは精霊種と相性がいいようだからな。稀にではあるが、

 特に相性の良い竜使いの前にだけ竜が姿を現したりすることがあるらしい。

 そういった出来事だったのかも知れん」


 考察するイズレをよそに、ディーナがくるりくるりと盛んに身体をくねらせ、何事かを訴える。


「……あの。人の姿になれば、人の言葉を喋れるんですか、って」


「ええと……確か、メリュジーヌは喋れるはず」


「ああ、メリュジーヌは言葉を人と変わらず話せる」


 人に変化できる種類の竜は何種類かいるが、その全てが言葉を操れるわけではない。アタカがやや自信なさげにいい、実際にメリュジーヌを連れた竜使いにあったこともあるイズレがそれを請け合った。


 途端、先ほどよりも激しい動きでディーナがぐるんぐるんと何か主張する。


「あの……メリュジーヌの結晶が欲しいって、言ってます」


 今度の主張はルル以外にもなんとなく理解できた。


「ふむ……まあ、明日河を下ってケテル湖に行き、

 メリュジーヌを狩ってから更に川を下って森の南側を回っても、

 まあさほど遠回りにはならない。

 三日目にはシルアジファルアに辿り付く事は出来るだろう、が……」


 イズレはムベに視線を向ける。


「まあ良いんじゃねえか。こんだけいりゃあ、ケテル湖の敵も苦戦はしないだろ」


「ウミも湖なら普通に戦えるしね」


 カクテの言葉に答えるように、ウミが水桶の中でちゃぽん、と飛び跳ねる。


「アタカもそれで構わねえか?」


「はい、勿論。……ソルラクもいいよね?」


 頷き、横のソルラクに目をやれば、彼もこくりと首肯する。


 ディーナが嬉しげにきゅいきゅいと鳴き声を上げ、皆の頭の上を飛び回った。今度は、ルルの通訳無しでも皆がその意味をはっきりと理解できた。






 翌日。

 アタカ達一行は、大きくなったウミの背に乗りゆっくりと河を下っていた。河は深く広大ではあるが、それでも全開のマカラが泳げるほどではない。本来の半分ほどの大きさではあるが、それでも容易くその背に馬車を乗せてウミは河を気持ち良さそうに泳いだ。


「……大きさを変えられるって、便利だね」


 海の上に寝そべるクロの背に持たれかかる様にして、アタカはぽつりと呟いた。


「私はあんまり活用した事、ないけどね」


 答えるルルの服の隙間から、ディーナはひょこりと顔を覗かせた。九竜種の中で精霊種は比較的小型のものが多い。雨龍の姿のディーナは細く長いが、それでも両手で抱え上げられる程度の大きさだ。


「何で、野生の竜は小さくなれないんだろう」


 東西の森に挟まれた揺れる水面を眺めながら、ふとアタカはそんな事が気になった。


「そりゃあ、大きくなったり小さくなったりするのが、

 竜自身じゃなくて竜使いの力だからでしょ?」


 野生の竜になくて、竜使いの竜にあるもの。その殆どが、竜使いの力によるものだ。大きさの操作や魔力結晶の定着、竜種の変化。それらは全て、野生の竜には出来ないことだ。


 竜使いの試験にも出てくる、基本中の基本の知識である。


「流石にそのくらいは覚えてるんだ」


「失礼な。一応あたしだって、試験に受かってるんだからね!」


 からかうようなルルに、カクテは唇を尖らせる。同じ試験会場で試験を受けた合格者の中では彼女は最下位であったが、それは別段揶揄されるような事柄ではない。そもそも、十代で上級竜使いの資格を取れている時点で十分に優秀といって良い。


「じゃあ、クロは野生なのかな」


 アタカの素朴な疑問に、ルルとカクテは一瞬言葉を失う。名を呼ばれ、振り向くクロの頭をなでてやりながらアタカは考える。


 竜種の変化も大きさの制御も、アタカにはできない。そもそも、厳密な意味では彼は竜使いではないからだ。


「そんなわけないでしょ」


 あっさりとそう言い放つのは、カクテ。特に何か根拠があるわけではなく、彼女は単純に直感的に物を言っているだけだ。勿論、外れている事も多々あるのではあるが、こんな時はそんな風に向こう見ずに振舞える彼女の事が少し眩しくみえる事もある。


「クロは人を襲わないし、野生の竜に襲われる。

 それに、フィルシーダで生まれ育った竜だから。

 門の外で生まれ育った野生とは、違うと思う」


 そう思いながら、ルルはいつもの通り彼女のフォローをした。


 野生の竜は、それがリザードマンのように意思の疎通が出来るはずの竜を含め、ほぼ例外なく人を襲う。それと同時に、野生の竜同士で争う事は滅多にない。竜は食事をしないから、他の獣を襲うこともない。


 つまり、彼らは知っているのだ。人こそが己の唯一の天敵であり、己こそが人の唯一の天敵であることを。


「うん……そうだね」


 生返事を返しながらも、アタカは考える。確かに、ルルの言っていることには筋が通り間違いはない。だが、そうであるなら野生の竜と、そうでない竜はどこで分かれるのだろうか。ドラゴン・パピーを壁の外に放置したら、人を襲うようになるのか。外で生まれた竜を拾って育てれば、従順になるのだろうか。


「見えたよ、湖だ!」


 アタカのそんな疑問は、嬉しそうなカクテの声に遮られた。


「おお……初めて見たが、こりゃあ、凄いな」


 馬車から顔を出し、ムベが感嘆の声をあげる。アタカも思わず立ち上がり、目の前の光景に目を奪われた。


 鬱蒼と生い茂る木々を抉じ開けるかのように開けた視界の先には、広々と身を横たえる美しい湖。果てはないのではないかと思えるほどに広く、水は底さえ見渡せるのではないかというほどにどこまでも澄みわたっていて、光を反射して宝石のようにきらきらと輝いていた。


 湖面には波一つなく、湖の果ては巨大な木を鏡のように正反対に映し出して、空の青と木々の緑に染まっていた。ただ在るだけで、計算しつくされた一枚の絵画の如き風景に、誰もが目を奪われ息をつく。


「アタカ」


 そんな中、ソルラクがくいと彼の袖を引いて名を呼んだ。振り返ってみれば、眉間に皺を寄せて鋭い視線を湖面へと投げていた。アタカには見えない敵の姿を、どうやら彼の目は見通しているらしい。


「数は」


「3」


 短く答えるその様はなんともクロの様子に似ていて、アタカは思わずその頭を撫でそうになった。


「おっちゃん、竜車置くよ、捕まって!」


「おっ……俺はまだ28だっつってんだろ!」


「大丈夫だよ、ムベ。私は君が幾つになっても変わらぬ愛を誓おう」


「イズレさん、それフォローになってない気がします」


 そんなやりとりをしつつ、ムベとイズレは竜車に乗り込む。ウミの、蛇の様な長い尻尾がそれを絡め取ると、湖のほとりにそっと置いた。


「クロ、蝙蝠の声(ハブピ)

 Harsnadava,Hesina Lesko……蝙蝠の瞳(ハヘレ)


 アタカはクロに仕込んだ魔術を使うよう指示すると、矢継ぎ早に自身も魔術を行使した。


「何、それ。オリジナル?」


 聞き覚えの無い魔術の名前にルルが目を瞬かせると、アタカはこくりと頷いた。彼の瞳には、透き通った水中を泳ぎこちらへ向かう竜の姿がはっきりと浮かび上がっている。人には聞こえぬ音を発するだけの『蝙蝠の声』と、そう言う音を視覚化する『蝙蝠の瞳』。単体では何の役にも立たないその二つの術は、アタカが独自に開発したものだった。


 蝙蝠が、その目ではなく特殊な音波で外界を認識している事はよく知られている事ではあるが、それに着想を得たこの魔術は特に水中や土中に潜む竜の索敵に役に立つ。竜がいれば音が跳ね返り、その姿がはっきりと浮かび上がるのだ。


「この前、水中の竜の索敵が出来なかったからね。こういった時の為に作ったんだ」


 魔術と言うのは基本的に、使いやすい形で先人が作り上げた一定の形を利用するものである。しかし、真語(トゥリア)の意味を十分に理解していれば、オリジナルの魔術を作る事は不可能ではない。先人達はそうやって魔術を作り上げてきたからだ。


 しかし、それには真語に対する深い知識と試行錯誤、そして何よりセンスが必要となる。ましてや、できる事の絶対量が少なく、有用なものは開発し尽くされた感のある三語呪(シストゥリウィカ)では尚更である。


「敵は形からして……タラスクス、ミズチ……それにイピリア、かな」


 残念ながらメリュジーヌはいないようだった。アタカは頭の中にそれぞれの竜の特徴を思い浮かべ、戦い方を検討する。ふと気付くと、隣でソルラクがお預けを喰らった犬の様な様子で、アタカをじっと見ていた。


「良いよ、ソルラク」


 しかし犬は犬でも、よく訓練され、何よりも勇敢な猟犬であるという事を、アタカはだんだんと認識しつつあった。


「存分に暴れておいで」


 言った瞬間、ソルラクはジンと共に高く跳躍する。相変わらず表情は変わらぬままだが、その様子はどこか楽しそうだとアタカは思った。

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