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第09話 5万シリカ-7

「さて、どうやってあのデカブツを倒すの?

 何でも言って。どんなに海が荒れようと、その通りに動いて見せるから」


 彼方に巨大な竜魚を見据え、カクテは腕をまくって背後のアタカに力強く声をかけた。


「いや、無理に決まってるでしょ」


 そんな彼女に向け、アタカは手を振りあっさりとそう答える。


「えええ!?」


「僕達がすべき事は、ソルラク達が他の二頭を倒すまでマカラを引き付ける事。

 ウミとクロの二頭じゃ、流石にあれは倒せないよ」


 同じ海竜ではあるが、吉弔とマカラではあまりにも格が違いすぎる。勿論育て方によっては格下の竜でも対抗可能ではあるが、元々が分不相応な場所だ。真っ向から挑んで勝てる相手ではない。


「むー……つっまんないの」


 不満げに言いながらもその辺りは理解しているのか、カクテは唇を尖らせ手綱を取る。


「そうは言うけど、それだけでも大変だよ。出来る限り……」


「わかってるって。良いから黙って、お姉さんに任せておきなさい。

 ……さあ。行くよ、ウミ!」


 アタカの言葉を遮って、カクテがぽんとウミの首を一撫ですると、ウミはきゅっと高く一声鳴いた。


「いっけぇ!」


 海面を滑るように走らせながら、カクテはソルラクの様子を確認した。波の『合間』を指示するように魔術を飛ばしてやれば、ソルラクは律儀にそこを辿って跳んだ。何だ、結構素直じゃない、と彼女は内心呟く。


 それはウミの魔術ではなく、カクテの術だ。本来は魚をおびき寄せるのに使う、誘引の光の術である。アタカの様に色んな魔術を使うことは出来ないが、海や魚に関係する魔術だけなら負ける気はしない。港町に生まれ、船の揺れを揺り篭代わりに育った漁師の娘の本領発揮だ。


「ちょっと、カクテ! そっちは駄目!」


 ルルが叫び声をあげるが、カクテはそれを無視した。向かうはマカラ。こっちへ向かって突き進む竜魚の鼻面へ向かって、カクテはウミを真っ直ぐ進めた。


 マカラは、あの巨大な魚は、カクテ達を舐めきっている。こんな小さな船くらい幾らでも沈められるだろうに、ああしてうろうろしているのがその証拠だ。


 ――その長い鼻を、明かしてやる。


 カクテは心中でそう呟くと、マカラにぶつかる直前で手綱を横に引いた。同時に、ウミが魔術で海水を操り、マカラの立てる波を固形化させた。


「と、べぇぇぇぇっ!」


 ぶんと振り回される象のような長い鼻をするりとかわし、ウミは宙を舞った。アタカとルルが、信じられないものを見たというような表情で目を丸くするのを見て、カクテはほくそえんだ。たまにはそっちも驚く側に回りなさいよね。と、そんな事を心の内で呟く。


「ああ……うん。驚いたよ」


 心の中で呟いたつもりの声は、口から出ていたらしい。マカラの身体を飛び越えて、無事に着水したところでアタカは呆然とした様子でそう言った。


「じゃあ、どんどん行くよ。アタカ、余裕があればついでに攻撃しておいて」


「え、どんどんって」


「口開いてると舌噛むよ」


 表情を青褪めさせるルルににっこりと笑ってやって、カクテはそうアドバイスをした。その助言に何故か、彼女の親友は表情を更に白くする。


 カクテはウミを旋回させ、再びこっちに向かってくるマカラへと向いた。……怒っている。取るに足らない、鈍間な船に体当たりを避けられ、苛付いている。マカラの動きに、カクテはそう感じる。しかしそれはかえって好都合だ。


 マカラはより早く、より力を込めて水をかきウミへと体当たりをかける。先ほどは振るった鼻での攻撃をする余裕すらなくして。そうなれば、波はより高く立ち、より余裕を持って回避できる。カクテとウミにとって、マカラの立てる引き波はただのジャンプ台のようなものだ。勿論、タイミングを一瞬でも間違えば、後ろのアタカ達もろとも木っ端微塵である。しかし、そんなヘマをする気は更々なかった。


雷の矢(ジカザ)!」


 もう一度マカラを飛び越えれば、アタカが空中で魔術を放ち、マカラに向かって稲妻の矢を飛ばしていた、アタカが作った雷の道の上を、クロの雷撃が辿ってマカラに突き刺さる。パピーの魔力とは言え、水に濡れたその身体に雷の矢は堪えるだろう。……全く、なんて奴なの、とカクテは呆れ半分に呟いた。確かに攻撃しろとは言ったものの、そんな正確にやれなんて言ってない。


「……なんて子なの」


 そんな事を考えるカクテの背後、小船の上で必死にクロの身体にしがみつきながら、ルルはそう呟いた。マカラにあえて正面から突っ込んで、その引き波を利用して飛び越えるなんて、一か八かの賭けにしか思えなかった。


 ルルは人よりも堅実で、安全策を好む性質ではある。人並み以上に石橋は叩いて渡り、同じ賭けるならリターンが低くとも可能性の高いほうに賭ける。しかし、それを差し引いて考えても、カクテの行動はあまりに無謀で、無鉄砲に見えた。


「波を、完全に読んでるんだ」


 アタカはカクテの動きを観察して、そう呟いた。カクテの竜扱いは、けして上手い方ではない。下手ではないが、特筆するほど上手くはない。適合率も中の下。


 ムベやアタカほど才能に恵まれていないわけでもなく、かといってソルラクやルルほど才能に恵まれているわけでもないし、ブラストやイズレの様に経験豊富なわけでもない。言ってしまえば、ぱっとしない、普通の竜使いである。


 しかし、今の彼女はまるで違った。いつもは僅かに遅れがちなウミとの連携も完璧にこなし、縦横に操る姿は人竜一体……どころか、波の動きまで合わさって、文字通り水を得た魚のよう。……いや、その魚さえ翻弄している。


「海竜を操るために生まれてきたみたいな子なんだ。

 水の上でこそ、その真価を発揮する……」


「それって……」


 熱の篭った声で呟くアタカに、ルルは思わず、言った。


「活躍の場、すごく少ないよね……?」


 そのあまりにも身も蓋もない言葉に、アタカは思わず口をつぐんだ。この大陸で知られている竜の狩場のうち、水に関連するのはたった四箇所。うち二箇所が、このゲブラー海の南北で、もう一箇所はコクマの森の中央にあるケテル湖。もう一箇所が、マルクト湾と呼ばれる北方の湾である。つまり大陸中を駆け巡っても、彼女の活躍の機会は後二回しかない。


「ま、まあ、今この場では凄く頼りになるのは確かだよ」


 ごまかすように咳払いし、アタカはそう言った。少なくともどんな場所でも取り得と言うものがない自分に比べればマシなはずだ。


 そんな会話を交わす合間にも、カクテはぽんぽんとマカラを飛び越え、その度にアタカは雷撃をお見舞いする。一撃一撃はさしたるダメージにはならない。しかし、勝てるはずの相手に翻弄される疲れか、蓄積したダメージによるものなのか、マカラはついに海中深くにその身を隠した。


「どう? あたしだって、やる時はやるんだよ!」


 ぐっとガッツポーズしてみせるカクテに、賛同するようにウミが一声鳴き声をあげる。


「……お見逸れ致しました」


 ルルは苦笑しながらも、深々と頭を下げて見せた。


 そんな光景を見ながらも、アタカの胸は何か悪い予感にざわついた。


「――カクテ! 油断しちゃ駄目だ!」


「へ?」


 濃厚な、既視感。それに気付いたときにはもう遅かった。


 ざばり、と竜魚がその口を海面に突き出す。波が海面を打たないほど深い海中から一気に海面まで昇る奇襲。波が辿り付く前に攻撃するその一撃は、波の動きで相手の動きを予測していたカクテには予見できないものだった。


「――!」


 まるでスローモーションのように周囲を覆い囲んでいく竜魚の口蓋を見ながら、カクテは叫ぶ。彼女は瞬時に、その判断を取った。剣のように研ぎ澄まされた水の波が、ウミと小船を包むロープを引きちぎり、同時にアタカ達の乗った船を竜魚の口の中から弾き飛ばす。


 マカラはそのままウミごとカクテを飲み込むと、ざばんと海中へと飛び込んだ。その衝撃で立つ波に小船は易々とひっくり返され、アタカとクロ、ルルは海中に放り出される。


「カクテ……!」


 ひっくり返りながらも、何とか沈まず形を保ってくれた小船に捕まりながら、ルルは竜魚と共に海中へと消えた友人の名を、呼んだ。

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