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第09話 5万シリカ-5

 ぞぶん、と音を立て、竜魚の身体が再び海中へと沈む。途端、王冠のように波が立った。とはいっても竜魚の体格が体格だ。尋常一様の波に収まるはずがなく、その高さはアタカが今までに見たどの建物よりも高く、冠を彩る宝玉は一つ一つが人よりも大きい。


 その光景に、アタカは先ほどまでの波がこの竜魚が起こしたものであると悟った。その巨体ゆえに、海面を跳ね、泳ぐだけで嵐のように海が荒れるのだ。まともに受ければ彼らの乗る小船などあっという間にバラバラになってしまうだろう波が、アタカ達を襲う。


「つかまってて!」


 カクテは叫んで、手綱を操った。間近で作られた波は先ほどやり過ごしたものより厚く、高い。しかし厚さは均一ではない。カクテは薄くやり過ごしやすい場所を見抜くと、ウミを操り、同時に波へと干渉した。


「開けええええええ!」


 ウミの双眸が輝き、波の角度をほんの僅か、ずらす。外向きに曲げられた波は真ん中から二つに分かれ、細く道が出来た。とはいっても、ウミの巨体が通れるほどのものではない。しかし、ないよりはマシだ。


「ディーナ、ウミを援護して!」


 更にディーナがその力を振り絞り、波の一部を押しのける。ギリギリ通れる程度にあいたその道を、ウミは針の穴を通るかのような精度で泳ぎぬけた。


「何とかなった……」


 カクテはほっと胸を撫で下ろすが、敵を倒せたわけではなく、それどころか攻撃を防いだわけですらない。今の波はアタカ達への攻撃行動などではなく、マカラにとってはただ身動ぎしただけに過ぎないのだ。


 敵は深い水の中。海の水はどこまでも蒼く、あれほど巨大な竜魚の姿も見通すことが出来ない。アタカの心に焦りが浮かんだ。水中への攻撃は殆ど不可能だ。物理的な攻撃は殆ど届かないし、魔術やブレスも分厚い水が阻んでしまう。海面に出てきた所を狙うしかないが、索敵の魔術でさえ水が障壁になって上手く働いていないようだった。


 それが一頭ならまだしも三頭。撤退を考えるべきだろうか。しかしソルラクの姿は水に没したまま見つからない。しっかりとリターンディスクの宝珠を持っていれば良いが、もし手放していたら彼を見殺しにすることになる。


 悩むアタカの耳に、シーサーペントの叫び声が響いた。


 敵に囲まれたこの状況で、のんびり考えている暇などない。はっとして振り向くアタカの目に映ったのは、威嚇ではなく、痛痒の声を上げる大海蛇の姿だった。その首にはソルラクとジンが取り付き、それぞれの武器を突き立てている。


「ソルラク!」


 アタカ達の叫びを遠くに聞きながら、ソルラクは内心焦りを見せていた。


 強敵。初めて出会う、かつてないほどの強敵が、三頭もいる。ソルラクでさえ勝てるかどうか危うい相手だ。ましてや、アタカ達には荷が勝ちすぎる。


 なんとしてでも守らねば。そう思うのに、斧槍はどんなに力を込めても大海蛇の鱗を殆ど通らない。シーサーペントの鱗は魚のようにぬるぬるしていて、その上激しく身をくねらせて暴れるので碌に立つ事さえままならない。


 かといって水中に没すれば、幾ら突く事を考慮して作られた斧槍といえその速度は大幅に鈍り、やはり致命打を与えるには至らない。彼より遥かに膂力に優れるジンでさえ、攻めあぐねているのだ。しかもこのサーペントは三頭の中でもっとも小さい。


 竜の強さはその身に秘めた魔力の濃度で決まるものであって、彼の愛竜のリザードマンがそうであるように、小さいから弱いといったものではない。が、大きければ間違いなくそれだけ強い。その巨体を維持するだけの魔力を保有し、そしてそれ以上に、質量というのはそれ自身が強力な武器だからだ。


 ソルラクはシーサーペントの背の上で、振り落とされまいと必死に斧槍を突き立てる。


「ルル、ソルラクを!」


 その様子を見て、アタカは彼を助けるようルルに声をかけた。しかし、彼女は怯える様に首を横に振った。


 ソルラクを、信用する事が出来ない。不信はそのまま、彼女が最も信ずる相手への執着の裏返しだ。己が傷つき、死ぬ事はさほど怖くない。竜使いとなって旅に出たときに、すでに覚悟は出来ていた。


 しかし、アタカを失う事は彼女には耐えられない。たとえそばに彼がいなかったとしても、この世界のどこかにアタカがいてくれれば、ルルは頑張れる。だが、彼のいない世界など、想像するだけで恐ろしかった。


「ルル!」


「駄目……危険すぎる。私がこの船を守らないと」


 マカラの身動ぎ一発で大破する程度の船だ。彼女の言うとおり、ディーナがこの船から離れるのは非常に高いリスクがある。ここからでは遠すぎて、ソルラクを救出するのは不可能だ。かといって、このまま個別に戦っていたのでは勝てない事もまた、事実だ。


 少なくともソルラクが宝玉をしっかり持っている事を確認しないと撤退すら出来ない。……少なくとも、アタカにはする気がない。


「でも、このままじゃ……!」


「わかってよ!」


 声を荒げるルルを、アタカは目を丸くして見つめた。アタカと二人の時でも、そうでなくても、彼女が感情的に声を荒げる事など滅多にない。ルルは泣きそうな目でアタカを見つめ、彼の頬にそっと手を添えた。


「……私は」


「あーもう、うるさーい! 人の尻尾の先っぽで、いちゃついてんじゃないっ!」


 ルルの言葉は、カクテの怒鳴り声に遮られた。


「アタカ、ルル抱いてて!」


「だ、抱くって……」


 言うが早いか、急発進するウミ。突然の衝撃によろけるルルを、アタカは思わず言われたとおりに抱きとめ、クロの背中につかまった。腕の中でルルが身を小さくし、先ほどの剣幕が嘘のように大人しくなる。


「ちょ……待って、カクテ! この方向は……!」


 ウミの進路は、明らかにシーサーペントに向かっていた。もしその巨体に巻きつかれれば機動力の低い小船に避ける術はなく、ウミもただではすまない。悪手どころか、自殺一歩手前の手だ。


「突、貫!」


 アタカの制止にも聞く耳を持たず、カクテはウミを全力でシーサーペントにぶつけた。その衝撃に、何とか首元に噛り付くようにして立っていたソルラクとジンの身体がぽろりと落ちる。


「ルル、それ回収して!」


「えっ、あ、うん……」


 アタカの腕の中で呆けていたルルは、ディーナを操り『それ』呼ばわりされたソルラク達を水ごと持ち上げると、小船の中に回収した。


「おしっ! じゃあ一旦退くよ!」


 それを確認すると同時、カクテはウミを旋回させ、一気に陸地へ向かって泳がせる。


「カクテ! 止まって」


 アタカが悲鳴じみた声で彼女の名を呼ぶ。前には触手を広げ、クラーケンが待ち受けていた。


「止まったら追いつかれるでしょ!」


 後ろは後ろで、怒りに満ちた声で鳴くシーサーペントが迫る。前後を挟まれ、絶体絶命。しかし、カクテは慌てる事無く手綱を取った。


「来いっ!」


 彼女のその声に応える様に、水面に飛び出すのは巨大な竜魚、マカラ。飛び跳ね叩き潰そうと迫るその胴を、ウミは予め予知していたかのような動きでかわした。


「波が!」


 その一撃をかわしても、終わりではない。先ほどと同じようにその巨体が立てる波が、小船を襲う。


「それを待ってたのよ!」


 しかし、カクテの狙いはその波にこそあった。横から受ければ転覆する。前から受ければ抜けるのは至難。……しかし、後ろから受けるのであれば。


「行くよ、ウミ!」


 ウミはその波に乗り、魔力を巨大なサーフボードのように展開させて海面を滑った。シーサーペントの泳ぐ速度よりも速く、クラーケンのもたげる触手よりも高く立った波は、一気に彼女達を海岸へと押し運んだ。






「正座しなさい」


 有無を言わさぬ、カクテの言葉。その迫力に、アタカ、ルル、ソルラク、そして何故かジンまでもが、小船の上に正座した。


「ちゃんとパーティ纏めて!」


 アタカにそう怒鳴り。


「戦闘中にいちゃつくな!」


 ルルに苦言を呈し。


「勝手に単独行動は駄目!」


 ソルラクを叱りつけ。


「何であんた座ってんの!」


 ジンに理不尽な言葉を投げつけた。屈強なリザードマンはトカゲの顔で器用に『えぇ~』とでも言わんばかりの表情を作り上げる。


「ごめんなさいは!」


「……いや、でも、カクテ」


「ごーめーんーなーさーいーは!?」


 カクテの独断専行もかなりな物だったよね、と内心思いつつ、畳み込むように続けられる言葉に、


『ごめんなさい……』


 三人と一匹の竜は、素直に頭を下げ、謝った。


「よろしい」


 満足げに頷き、カクテはアタカへと視線を移すと


「んじゃ、後はよろしく」


 思いっきり、丸投げした。


「ええっ!? あ、後って!?」


「決まってんでしょ」


 波に濡れた三つ編みをかきあげ、カクテは腰に手を当て、言い放つ。


「あの魚達をコテンパンにやっつける作戦を考えなさい、って言ってんの」

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