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閑話01 竜使いたちの一日・桜花の場合

 朝、日が昇ると同時に、桜花は目を覚ます。ぐっと身体を伸ばし、まずするのは体調のチェックである。竜も竜使いも身体が資本だ。


 それがすむと、主人の為に朝食の準備を始める。ぐっすりと寝こけているシンバはそうそう滅多なことで起きたりはしないのだが、それでも彼を起こさぬよう細心の注意を払い、極力音を立てないように朝食を作る。


 すっかり準備が出来れば、主を起こし、彼の顔を洗い、髭を丁寧に拭いてやる。そして食事を始めたら、その間に洗濯をしてしまう。幸い、今日はいい天気だ。洗濯物も良く乾くだろう。雲一つ無い空を見ていると、彼女の心もうきうきと上機嫌になった。


 手早く洗濯物を干し、食事を終えた主人を着替えさせると、彼女はシンバを背に乗せて門へと向かった。


「おはようございます、守衛さん。本日もお疲れ様です」


 門を守る守衛達にそう声をかけ、ぺこりと頭を下げる。今日も街の人々が心安らかにいられるのも、彼らのおかげである。


「い、いえ、こちらこそ……」


 緊張した様子で頭を下げ返す守衛の顔には、覚えが無い。どうやら新人のようだった。


「新しい方ですね。シンバが騎竜、桜花と申します。これからよろしくお願いしますね」


 改めてぺこりと頭を下げて、彼女はとんと跳躍すると、門を飛び越えて外へと向かった。後には腰を抜かす若き守衛が一人、残される。


「覚えておけ」


 そんな彼に暖かい視線を注ぎ、年嵩の守衛が厳かに伝える。それはかつて、彼が若い頃に通った道と同じものだった。


「今のが、われらがアイドル、桜花ちゃんだ」


 いつの間にかアイドル呼ばわりされていることは露知らず、桜花はいつもの様に野生の竜を倒して魔力結晶を狩り集める。相手にする竜は、彼女より大分ランクの落ちる竜である。弱いもの虐めのようであまり気は進まないが、主人を養うためなので致し方ない。


「ご主人様、10個集まりました」


「ん……あんまり頑張りすぎんでいいからの」


 いつものノルマを達成した所で律儀に報告すれば、シンバはあくびをしながらそう答えた。


 桜花は街に戻り、シンバを家の前で降ろして訓練場へと向かう。彼女程の竜となっても、毎日の訓練は欠かせないのだ。


「……最近、腰周りにお肉がついてきたかしら」


 そもそも食事自体を摂らない竜が太るはずも無いのだが、桜花はそんな事を呟くと訓練場のトラックで走ることにした。『人間の女の子のような台詞を喋ってみる』のが、最近の彼女の密かなマイブームなのである。


 一周4キロメートルのトラックを200周ほど回った所で、彼女は周りからやけにじろじろ見られている事に気づき、訓練場を後にした。金色の彼女の姿は実に目立つらしく、よくこうしてじろじろと見られるが、正直あまり気持ちのいいものではない。


 外に出てみると、彼女は驚きに目を見開いた。あれほど晴れ渡っていた空には暗雲が立ち込め、雨が降り出していたのである。雨は雨で嫌いではないが、今日は朝からいい天気で嬉しかっただけに、彼女は少しむっとしてしまった。それに、干していた洗濯物も濡れてしまったはずだ。


 彼女は宙を駆けると、あっという間に雲の高さまで辿り着き、怒りのままに雲を蹴散らした。嵐ならばいざ知らず、ちょっとした雨雲を吹き飛ばす程度なら彼女にとってはさしたる苦労でもない。あっという間に雲をバラバラに切り裂くと、ようやく気分を落ち着けて彼女は主人の下へと戻る。


 シンバは家にはおらず、街の中を流れる川辺で釣り糸をたれていた。


「釣れますか? ご主人様」


「おお、桜花か。今日は大量じゃぞ」


 シンバはバケツの中の魚を桜花に見せびらかした。中には、三匹ほどの魚が入っていた。


「まあ。たくさんですね」


 まるで我が事のように嬉しげに、桜花は釣果を喜ぶ。


「では、そろそろ帰るとするかの」


 シンバはバケツを持ち上げると、中身を一匹だけ残して河へと放つ。


「逃がしておしまいになるのですか?」


「わしはもう爺さんじゃからのう。そう何匹も食べられんよ」


 シンバはそういって釣り道具を片付けると、桜花と共に家へと向かう。道中で、桜花の頭は魚をどう調理しようかで一杯になってしまった。油で揚げてフライにしても良いし、甘露煮にしても美味しい。健康的にマリネにしても良いし、酒蒸しと言う手も……


 悶々と考え込んでいたが、結局魚はシンバの希望で塩焼きになった。


「ううむ、桜花は本当に料理が上手いのう」


「塩を振って焼いただけじゃないですか」


 そういいつつも、いかにも美味そうに食べてくれるシンバの姿は桜花にとって何よりの喜びだ。雨を吹き飛ばしたお陰ですっかり乾いた洗濯物を取り込んで畳み、使った食器を洗い、戻ってみればシンバはすでにすやすやと寝息を立てていた。


 桜花は彼の身体をベッドまで運び、優しく布団をかけてやると、家計簿をつける。といっても、実はそれほど大した物ではない。そもそもその気になれば、一生遊んで暮らせる程度の金額を稼ぐことだって難しい話ではないのだから、家計簿をつける意味もさほど無い。


 問題は、その『一生』が、桜花にとっては酷く短い時間しか残されていないであろう事だ。10年か。20年か。もしかしたら5年も持たないかもしれないし、明日かもしれない。老いは日に日にシンバの身体に忍び寄り、彼を死に近づける。


 だから、桜花のつけるそれは、家計簿といいながらその実質はほとんど日記であった。その日にあったこと、感じたこと、心に残ったもの、残らなかったもの。日々代わり映え無く、しかし少しずつ移ろっていく世の中を、桜花は拙い言葉で書き綴る。


 一日、一日を噛みしめるようにして、彼女のかけがえのない、平凡な日々は終わっていく。

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