第08話 世界の外側-5
「ところで、どうやってここまで来れたの?」
ひとしきり再会を喜んだ後、ふとルルは冷静にそう尋ねた。何せ、ルル達自身がどうやってここに来たかもわからないのだ。再発を防ぐ為にも、是非とも聞いておきたいところだ。
「ブラストさんって傭兵の人がある程度の場所まで案内してくれたのとか、
ルルがラプシヌプルクルで草を枯らして目印にしてくれたのとか、
色々あるけど……一番の理由は、これかな」
ごそごそとポケットを弄ると、アタカは白い石を取り出した。
「持ってるでしょ?」
「うん」
ルルはポケットを探ると、同じ物を取り出す。それはリターンディスクの宝玉だ。勿論、この奇妙な場所に転移した後、ルルとカクテはリターンディスクでの帰還を試みた。しかし、転移した影響なのか、それともあの門番であろう竜の力によるものなのか、帰還する事は出来なかった。
カクテはルルの持っている宝玉も試してみよう、と主張したがルルはそれを断固として拒否した。一つは、仮にそれで上手くいったとしても、カクテの方のものは割った時点で既に力を使い果たしているから、帰る事ができるのは宝玉を割った一人だけという事。
そしてもう一つは、これが何らかの目印になると思ったからだ。
「魔力の糸が伸びてて、それを辿って戻る仕組み……って説明、覚えてたんだ」
不自然に円形に枯れた草の周りを丹念に探ると、アタカはルルの持つ宝玉から伸びる魔力糸を見つけ出し、それを手繰って『門』を探り当てた。一度その存在に気付いてしまえば、まるで幻の様に門はその姿をはっきりと現した。そして、あっという間にアタカ達を飲み込んで、その内に収めてしまったのだった。
「さて、いちゃついてる場合じゃねえぜ、アタカ」
「はい。ルル、カクテ、戦える?」
ルル達の安全を確保したなら、速やかにブラスト達の加勢に行かなければならない。百戦錬磨の傭兵であるブラストと、もっとも戦力として期待できるイズレではあるがあの巨竜相手に二人では厳しいだろう。
「ディーナは大丈夫。でも、ウミは……」
ルルはぐったりとして横たわるウミに視線を向けた。命に別状は無いものの、とてもではないが戦える傷ではない。それはルルとカクテを逃がす為に攻撃を一手に引き受けた結果ついたものだった。頑丈さ、耐久度に関して言えば吉弔を上回る竜など殆どいない。その一点だけに限れば麒麟さえも上回るだろう。それをここまで痛めつける相手の強さを思い浮かべ、アタカはぞくりと身を震わせた。
「カクテはここにいて……急ごう!」
「気をつけてね!」
ルルを後ろに乗せ、エリザベスに乗るムベと共にクロを走らせる。外に出るとすぐに、轟音が何度か鳴り響いた。ブラストの対竜ライフルだ。この音がするという事は、少なくとも戦闘は継続しているという事だ。
「遅いぞ、青二歳共!」
「すみません! 二人と二頭も無事です!」
アタカ達が姿を現すと、すぐにブラストの怒声が飛んだ。イズレとその愛竜も無事である事を確認し、アタカはほっと胸を撫で下ろす。翼の無い竜は、ギリギリと音を立てながらその動きを停止していた。
「……結界!」
それを見て、アタカはブラストが竜の動きを止めた方法に気付いた。銃弾に仕込んだ魔術で結界を張ったのだ。数発程度では気付かなかったが、相当な数の銃弾を叩き込んだのだろう。アタカの目にははっきりと、竜の体内に張り巡らされた結界が見て取れた。
竜は魔術そのものは打ち消す事ができるが、結界によって動きが阻まれるのはどうしようもない。ましてや銃弾を撃ちこまれ、体内に作られたものであれば尚更だ。
勿論、そうは言っても竜の力で結界を破る事などさほど難しいことではない。一瞬で破る事が出来る。しかしその一瞬が、ブラストにとっては千金の価値がある。
「弾が尽きた。全部ぶち込んでやったからしばらくは持つはずだが、
さほど時間はないぞ。どうする、青二才」
十発以上の弾丸を叩き込んだというのに、巨竜には殆ど弱った様子は見えない。傷は残っているから、ワームの様な強い再生能力を持っているわけではない。単純に大きすぎるのだ。
それは、アタカさえ聞いたことも見たこともない、奇妙な竜であった。全体の印象はトカゲに似ているが、腹を地面につけ這うトカゲと違い、太い二本の後ろ足で直立している。それに比べ前足は異常なまでに小さく、たった二本の指があるだけでとても攻撃には使えそうになかった。
それを補うかのように前に突き出ているのが、太く短い首に支えられた巨大な顔だ。ルルやアタカくらいなら一息に丸呑みにしてしまえるであろう大きな口の中には、まるで槍の穂先の様な鋭く分厚い牙がずらりと並び、剣呑な輝きを放っていた。
太く長い尻尾はその頭と釣り合いを取るかのようにピンと伸ばされ、空中をゆらゆらと揺れている。前傾姿勢で前に顔を突き出しているにも拘らずその体躯は文字通り見上げんばかりに巨大で、頭の天辺から尻尾の先までは10メートルを軽く越える。長さだけであれば吉弔の方が上だが、体高が低く、その体長の大半を細く長い首と尾が占める吉弔に比べ、二本の脚でたち轟然と見下ろすその迫力は比べ物にもならない。
バチン、と音をたてて巨竜は結界を振り切ると、ブラストに向かって猛然と突進を始めた。
「ありったけの弾丸を御馳走してやったというのに、せっかちな奴だ……!」
結界は弾丸の数に比例し、多くなればなるほど加速度的にその強度を増す。と言っても、しっかり全身に散らさねば効果が無いため、一頭の竜に打ち込めるのは精々3,4発。10発以上も撃ち込めたのはその身の巨大さゆえだ。数分は持つだろう、というブラストの予測はあっさりと裏切られ、巨竜は強引に結界を引きちぎった。
「イズレさん、前衛を! ムベさん、ルル、上から!」
矢継ぎ早にアタカが指示を飛ばす。この巨竜に向かって曲がりなりにも前衛を張れるのは、イズレのビー・ジェイだけだ。エリザベスでは耐久力がたらず、ディーナでは育て方が足りない。いかに適合率が高かろうと、竜は育てなければ強くなれない。どれだけ竜を育てようと、強い竜種でなければ手は届かない。イズレはその点で、この中ではもっともバランスよい強さを持っていた。
「脚を狙え、ビー・ジェイ!」
ブラストが符を投げつけ、巨竜の視界を闇で封じる。そこを狙ってビー・ジェイは爪を巨竜の脚に向けて振るった。同時に、エリザベスが炎の吐息を、ディーナが大きな氷の槍を空中からお見舞いする。
それら全てを、巨竜は弾き飛ばし、打ち砕き、蹴り飛ばした。
「なっ……!」
まるで小石の様に宙を舞う相棒の姿に、イズレは絶句した。人に似た姿を持ち、さほど変わらぬ体格であろうとラミアは竜である。その膂力、強度は外見からは計り知れない物を持つ。それが敵どころか障害にすらならない。巨竜はビー・ジェイを攻撃したのではない。視界を封じられ、ただ前にひた走っただけなのだ。
それも、魔力や特殊能力によるものではない。その強さは単純に、その巨大さ、力強さによるもの。
火も吹かず、魔術も使わず、言葉を操る叡智もなければ空すら飛べない。毒も持たないし再生能力も無い。しかしそれでもこの竜が、最強の名を欲しい侭にしていた。そんな時代が、あった。原始的で、この上なくシンプルな……それゆえに、穴の無い強さ。それは暴力と言う、もっとも根源的な強さだ。
その力で王が如く君臨し、意のままに振舞う、恐るべき竜。アタカ達の与り知らぬ事ではあるが、故に巨竜はこう呼ばれた。
暴君竜、と。




