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第08話 世界の外側-4

「これで、最後ね」


 そういって手渡されたのは、小さな小さな干し肉を、更に半分に千切ったものだった。それでも貴重な食料を分け与えてくれるのだから文句はないが、それを口に入れ噛み締めると何とも侘しい気分になった。


「それと、お水」


 その反面、手渡されるマグには水がなみなみと満たされていた。雨龍は雨を司る竜だ。水分にだけは困らないのは幸いであった。とは言え、人は水だけでは生きてはいけない。このままでは餓死するのも時間の問題だろうな、と考えて、カクテは再び気分を落ち込ませる。


「ねぇ……本当に、アタカは来るの?」


「うん、来るよ」


 この一週間、何度もした問いをもう一度繰り返せば、ルルは当たり前の様にそう頷いた。カクテを励ます為にそう言っている、と言うような様子ではない。心の底から、ルルはそう信じているようだった。


「……でもさ」


 カクテは洞窟の外を見やる。


 噴煙を吐き出す山。見たこともない植物。そして、二本足で立って走る、翼のない竜。この一週間でもはや見飽きた光景だった。


「こんな所にどうやって助けに来るって言うのよ……」


「私達がどうしてかここにきたんだから、同じようにしてくるんじゃないかな」


 恐らくあの竜を倒せば元の場所に戻れるのだろう、という当たりはついていた。しかし、どう見ても頭が良さそうには見えないあの竜は凄まじく強靭で、ルルとカクテの二人ではとてもではないが歯が立たない。


 ぐったりとして横たわるウミを一撫でして、カクテは陰鬱な表情で息を一つ吐いた。


「大丈夫」


 そしてそれを毎回、ルルが同じセリフを口にして慰めるのだ。


「きっとアタカが助けに来てくれるから」


 しかしそれは、とてもではないが信じられる言葉ではなかった。


「確かに、アタカが凄い奴なのは認めるけど……」


 その言葉にはどうしたって、『適合率が0にしては』がつくのだ。たとえ今ここにアタカが助けに来てくれたとしても、あの翼の無い竜を倒せるとも思えない。それはルルだってわかっているはずだった。


「どうしてそんなに信じられるの?」


「だって、アタカは、絶対に諦めないもの」


 それがまるで世界の法であるとでも言わんばかりの軽やかさで、ルルはそう言った。


「困難だとか、可能性が低いとか、そんな事じゃ諦めない。

 世界の誰もが諦めたって、アタカだけは絶対に諦めない。


 だから、私は信じて待つの。アタカが折角探し当ててくれても、

 私がさっさと諦めちゃってたら困るでしょ?」


 適合率とか、頭の良さとか、体術だとか魔術だとか竜扱いの上手さだとか、そう言った諸々は全く関係ないのだ。アタカは、諦めない。だから絶対にルルの元にいつか辿り付く。打てる手を全部打って、考えられる事を全部考えて、彼はやってくる。ルルはそれを微塵も疑わなかった。


 カクテは、自分には無理だ、と思った。アタカを良く知らないから、では無い。自分以外の何かをそこまで信じぬくこと自体が、彼女には出来そうも無い。


「……ルルってさ。アタカの事、好きなの?」


 ぽつりと、カクテは問うた。


「うん、好きだよ」


 返ってきた答えはあまりにも自然なものだったので、カクテは思わず「そう言う意味じゃなくて」と言い掛ける。が、ルルのその目を見てすぐさまその言葉は引っ込んだ。仲の良い男友達。ただの幼馴染。或いは、家族。そう言ったものに向ける瞳ではなく、同性のカクテですら思わずどきりとしてしまうような……ルルは、そんな表情をしていたからだ。


「アタカには、内緒ね」


 白い歯を見せてにっと笑い、ルルはそう言った。


「何でよ。……アタカもルルの事好きなんじゃないの? 凄く仲良いし」


「ううん」


 ルルは笑みを浮かべたまま、しかし少し寂しげに首を振る。


「……アタカが好きな人は、他にいるから」


 そう呟く彼女の瞳は酷く切なげで、もし自分が男だったら一発で落ちていたのではないか、とカクテは思わずそんな事を考えた。


「……よし、わかった!」


 ぱん、と膝をたたき、カクテは立ち上がってぐっと拳を握り締めた。


「あたしもルルの恋を応援する!」


「あ、そう言うのはいいです」


 決意を表明するカクテに、ルルは笑顔で間髪入れずそう返す。


「何で敬語!?」


「……いや、だって、カクテって……なんか凄く余計な事言いそうだし」


「ひ、酷い……」


 酷いが、ありえない話ではないと自分でも思ってしまう辺りカクテも業が深い。


「……まあ、それも元の場所に帰れれば、の事だけどね」


 空元気を出しては見たものの、目の前に広がる現実にカクテはすぐさま打ちのめされそうになった。どんなにアタカを信じようが、食料が尽きたのは事実。日帰りだと思って昼食しか用意していなかったカクテに対し、ルルは万一閉門に遅れてしまった時の事も考慮して三日分の食料を用意していた。


 リターンディスクもあるのだから必要ないのに、とカクテは思ったが、ルル曰く「それはそれ、これはこれ」だそうだ。三日分の食料を二人で分け、更に一週間分に分けて食い繋いだ。結果として、彼女の意見は正しかったと言う事が証明されたが、それももはや尽きてしまった。


「大丈夫じゃないかな」


「はいはい、愛しのアタカ君が絶対助けに来てくれるんでしょ」


 はぁ、と呆れ半分に息を吐き、カクテはそう言った。もはや慰めの言葉というより、ただの惚気言葉にしか聞こえない。


「ううん」


 しかし案に相違して、ルルはふるふると首を横に振った。


「もう来てくれたみたいだから」


 轟音が、鳴り響いた。






「ここは抑えておいてやる、さっさと探しに行って来い、青二才!」


 轟音を響かせ火を吹くのは、ブラストが構えた対竜ライフル。翼を持たない奇妙な竜は、銃撃を物ともせずにブラストへと突っ込んできた。


「すみません、ブラストさん!」


 青二才とはどちらの事を指しているのだろう、と思いつつも、アタカにはその場に留まるつもりなど無い。


「お前はこっちだ、イズレ!」


 その後を追おうとするムベとイズレ。そのうち片方にブラストは怒鳴り声をあげた。


「すみません、イズレさん、お願いしますっ!」


 4人の中でもっとも単純に戦力として頼れるのが彼女なのだから、仕方がない。イズレは舌打ちしつつも、竜へと目を向けた。


 それを横目で見ながらもアタカはルルとカクテの姿を探す。現れた『門』の向こうは、ケセド平野と同様にどこまでも広がる大草原であった。しかし、生い茂っている草木には全く見覚えがなく、遠くに見える山は噴煙を吐き出している。サハルラータの北西には確かに火山があったが、ここ数十年噴火したなどと言う話は全く聞いたことがなかった。


 とにかく、この広大な場所からルルを探さなければならない。焦るアタカの索敵網に、竜が一匹引っ掛かった。


「ムベさん、9時の方向から一匹、きますっ!」


「ちっ、こっちもかよ!」


 逃げるか、撃退するか……一瞬悩みを見せるアタカの目の前に現れたのは、小さな小さな雨龍であった。その首に、桃色のリボンを巻いている。


「ディーナッ!」


 すぐにそれはルルの愛竜であると知れた。ディーナは空中でくるりと一回転すると、ついてこいと言うように尾を揺らして背を向け飛んでいく。アタカとムベは互いに頷き、ディーナの後を追いかける。


 程なくしてたどり着いたのは、地面にぽっかりと開けられた空洞であった。自然に開いたものではない。恐らく竜の力であけたのだろう。中を覗きこむとそこには、若干衰弱したようにも見えるがまだまだ元気そうな幼馴染の姿があった。


「アタカぁっ!」


 弾かれるように立ち上がり、ルルは勢いそのままにアタカに文字通り飛びついた。その身体を優しく抱きとめるアタカを羨ましそうに見やりながら、ムベはすっかり蚊帳の外の気分でカクテに話しかける。


「おう……大丈夫か」


「うん」


 今までのやり取りがやり取りであった為に、内心ムベはかなり緊張する。が、あまり根に持つ方でもないのか、意外と拘りなくカクテはムベが差し出した手を取り立ち上がった。


「……本当に、来た……」


 と言うより、あまりムベが目に入っていないようで、カクテはアタカ達を凝視しながらぼそりとそう呟く。


「本当にってどういう事だ?」


「あの子ずっと言ってたの。絶対アタカが助けに来るから、って」


「マジか……」


 カクテの言葉に、ムベは顔を抑えて唸る。


「どしたの?」


「アタカの奴に、何で諦めないんだ、って聞いたんだよ。

 そしたらあの野郎、臆面もなく言いやがったんだ」


 うんざりとした口調で。しかしどことなく嬉しげに、ムベは言う。


「ルルは絶対、自分が助けに来るって信じて待ってるから、

 諦めるわけにはいかない、ってな」


「……もう付き合っちゃえばいいのに」


 ムベとよく似た表情で、カクテはそう呟いた。

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