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第08話 世界の外側-1

 扉を開いたその瞬間、確実に酒場の空気が変わるのをアタカは感じた。わいわいと談笑しながら酒を飲む酔っ払い達の賑わいには些かの変わりもないが、しかしその視線はさり気無くアタカへと向けられている。


 見ない顔……それも、まだ歳若いアタカは明らかにその中にあって場違いな雰囲気を醸し出していた。気まずい思いをしつつも、アタカは周りをきょろきょろと見回しながら奥へと進む。


「坊主。入ったんなら座って注文しな」


 ドスの聞いた声で言い、店主と思しき男がカウンターの席を顎でさす。


「あ、すみません……じゃあエール酒を」


 すぐさま、琥珀色の液体がジョッキに注がれ、カウンターに叩き付けるようにして置かれた。大麦を醗酵させて作られたそれは、水と同じくらい親しまれている酒だ。


「……あの、ブラストさんと言う方を探しているんですが」


 それを一口喉に流し込み、アタカが問うと店主は店の奥を顎で指した。そこで一人グラスを傾けるのは、灰色のみすぼらしいローブに身を包み、左腕にグルグルと包帯を巻いた銀髪の男。聞いていた通りの風貌だった。


「ありがとうございます。エールをもう一杯頂けますか?」


 アタカが5シリカ貨幣を置くと、それを予測していたかのように店主はもう一杯のジョッキをどんとカウンターに置いた。両手にジョッキを持ち、ぺこりと店主に一礼した後アタカは銀髪の男の下へと向かう。その途中、ニヤニヤと笑みを貼り付けた酔っ払いの足がアタカの進路にひっそりと差し出された。


 アタカは特に気を止めるでもなく、ひょいと足を上げてそれを跨ぐ。その態度が気に入らなかったのか、「おい!」と声をかけながら、酔っ払いが立ち上がってアタカの肩を掴んだ。


「やめておけ」


 思ったよりも随分高い声が、どう対処したものかと悩みつつ振り上げたアタカの蹴りを止めた。酔っ払いの側頭部から数ミリ離れた所で脚はピタリと止まり、それでいて両手に持ったジョッキになみなみと注がれたエール酒は一滴たりとて零れていない。


「ちょっかいを出して怪我をするのはお前の方だ、マシュー。

 それにそいつは私の客だ……そうだろう?」


 対応としては間違ったものではなかったらしい、とアタカは胸を撫で下ろした。イズレには『傭兵には舐められないように気をつけろ』と助言されたが、どうやら上手くいったようで、先程までの侮蔑の視線に比べれば敵意と好奇が半々の現状は多少改善したといえるだろう。


「はい。あなたが『突風の』ブラストさんですか?」


 アタカが脚を下ろして問うと、銀髪の男は嫌そうに眉を顰める。


「違う。間の抜けた名前で呼ぶな。『突風』も『ブラスト』もどちらも同じ意味だ。

 私を呼ぶ時はただ『ブラスト』で良い」


 アタカから受け取り、ブラストはエールを不味そうに喉へと流し込んだ。


「それで私に何の用だ、青二才」


 間近で見るブラストは、随分若い男であった。少年と言っても良い。しかし、その表情にはあどけなさなど一欠片もなく、険しく引き絞られている。その纏う空気が、見た目通りの年齢でなどあるはずが無いことを示していた。


「次の『開門』で護衛をお願いしたいんです」


「護衛だと?」


 酒を呷りながら、ブラストはアタカをぎろりと睨みつける。


「竜使いが、傭兵にか」


 そして、吐き捨てるようにそう言った。


 傭兵。


 それは竜使い以外で唯一、竜と戦う術を持つ者だ。竜に頼る事無く、竜と戦う事を生業とする者達。その性質上、傭兵の殆どは『外人』である。


 この大陸の外で生まれ、自由に外に出入りできる。故に、『外人』。竜の地の民とはそのルーツを異にし、優れた身体能力や特殊能力を持つ流浪の民。黒髪茶眼を持たないものは基本的に全員外人だ。彼らは街の外に出る事を禁じられてはいないが、それは特権を意味しない。


 そうでなければ、生きていけないからだ。外人は全員、ただ一人の例外もなく適合率は0%。それどころか試験を受けることさえ叶わず、絶対に竜使いになることは出来ない。自然、竜が支配するこの大陸の中で、彼らの地位は低い。ルビィの様に公的な仕事に就けるものはごく稀で、その多くは街の外での採取や採掘、伐採の様な過酷な作業を生業としている。


 その中でも、もっとも軽んじられているのが彼ら傭兵だ。金を貰って竜を狩る。無論、その成功率は低く、支払われる報酬は更に低い。高い金を出すなら誰もが上級竜使いを雇うからだ。はした金で十把一絡げに雇われ、数を頼んで竜を狩り、その度に命を散らす過酷な職業。それが、傭兵。


 彼らにとって竜使いはけして勝てぬ憎らしい相手だ。傭兵にとって竜使いは商売敵だが、竜使いにとっての傭兵はそうではない。竜使いは金が欲しいなら誰に雇われるでもなく竜を狩ればいいだけの事。仕事だって、傭兵ではこなせぬ依頼が山とある。目障りな相手ですら、無い。眼中に無い相手なのだ。


「……僕は、適合率が0ですから」


「ああ、知っているとも、『無能(ゼロ)』のアタカ」


 ブラストは飲み干したジョッキを転がし、皮肉な笑みを浮かべてブラストは言う。傭兵にまで名を知られている事に、アタカは驚いて目を見開いた。


「吉弔を倒し、ドラゴン・レースを制し、サハルラータまで来て……

 まあ、この辺りが限度だ。それはわかっているんだろう?」


 からかうような口調で、しかし冗談の欠片も無い視線でブラストはアタカを見上げる。


「お前の弱さは『今』の弱さじゃない。『未来』の弱さだ。

 旅立ち始めは、そう、注目されることもあるだろう。何せ試験一位様だ。

 多少の不利も機転と実力で覆せることもあるだろうさ。

 ……だがそれも最初のうちだけ。周りの敵と味方とが、パピーとそう変わらない

 低級な竜であるうちだけの話だ」


 一体どこまで調べているのか、つらつらとブラストは並べ立てる。しかしその言葉に、アタカを嘲るような響きは全く含まれていなかった。


「それでもまだ、お前は足掻くと言うのか?」


 むしろ、そこにあったのは憐憫と試すような響き。

 ……そして、ほんの僅かの憧憬だった。


「はい」


 アタカは躊躇わず頷いて、答えた。


「ですから、ブラストさんに会いにきたんです」





 様々な戦い方を学びたいと言うなら、傭兵に学んでみるといい。特に、ブラスト……突風と呼ばれる男は、君の助けになるだろう。


 コクマの森から戻ると、イズレはアタカにそう薦めた。言外に、しばらくムベと二人にしろ、と言う含みを持っている気はしたもののその助言自体は貴重なものだ。

 ルルとカクテもちょうど開門にいっているらしく連絡が取れなかったため、アタカは助言通りブラストという傭兵を訪ね、その戦い方から学ぶ事にした。


 ブラスト。彼は単独で竜を倒すことの出来る稀有な傭兵……所謂、『規格外』の一人だ。勿論、倒せるといっても精々がサハルラータ周辺のさほど強くも無い竜が限度だが、それでも人の身を持って竜を倒すと言う事が生半可な事ではない事を、アタカは良く思い知っている。


「いいか、青二才。最初に言っておく」


 翌日、開く門の前でアタカの元に現れたブラストは、二挺の銃を引っさげてそう言った。


「私は弱い。お前達竜の地の民(フィルグラーヴァ人)は勘違いしている事も多いが、

 『外人』がどいつもこいつもお前達より頑強な肉体を持っているわけではない。

 むしろそんな連中の方が稀少だ」


「そうなんですか?」


 外人は、フィルシーダには殆どいない。アタカの知る外人と言えば、ルビィとコヨイだけだ。二人とも女ながらにアタカを越える身体能力を持っており、代わりの様に竜を扱うことは出来ない。だから、外人とは皆そうなのだと思っていた。


「正確に言えば、種による。

 お前達は外人などと一絡げにするが、別に単一の種族ではない。

 エルフやドワーフ、ハーフリングにティターン、ピクシー……

 まあ様々だが、私を含め大半はアースリングと言う種族に属する。

 我々の能力そのものはお前達竜の地の民(フィルグラーヴァ人)と大差は無い」


 フィルグラーヴァ。それは、もっとも偉大な竜の名であり、同時にこの大陸、そして大地自体を指す真語(トゥリア)だ。


 遥かな昔、世界が創られる前。ただ一頭の竜だけがあった。

 原初の竜フィルグラーヴァは、己の身を崩す事で天と大地を作り上げ、海を、森を、山を、そして人々とあらゆる竜を生み出した。それが、アタカ達竜の地の民に伝わる創世神話である。


 竜の地の民とは、竜の住む大陸の人間を指すのではなく、大地と化した竜によって生み出された者達と言う意味なのだ。


「だから有り余る膂力で竜を殴り倒す事など出来んし、膨大な魔力で竜を捻じ伏せる事も、

 卓越した技量で竜を切り刻むことも出来ん」


「そ、そんな事出来る傭兵さんもいるんですか?」


「少ないがな」


 言葉少なに、ブラストは頷く。


 だが、それはアタカにとっては朗報だった。それと同時に、イズレが彼を推した理由も知れる。そう言った人種が竜に対する方法こそが、アタカが求めているものだからだ。


「じゃあ、何を持って竜を倒すんですか」


「決まっているだろう」


 ブラストは銃を馬の鞍に引っ掛け、自身もその背に跨りながら、一言で答えた。


「経験だ」

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