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第07話 ムベの恋-2

「戦闘スタイル、ねぇ」


 ポコポコと蹄の音を立てて歩く龍馬の上に乗りながら、ムベはアタカの言葉を反芻した。


「ふむ……聞いた事はあるな」


 初耳と言った風情の彼とは裏腹に、イズレは思い当たる節があるようだった。


 天気は快晴、開門日和。アタカとムベ、イズレはそれぞれ竜に乗って目的地、コクマの森を目指していた。東の門を出て、竜の足で歩いて小一時間ほどの場所にその入り口はある。その道中は街道が整備され、他の竜使い達が行き来する事もあって滅多に野生の竜が出ないため、アタカは自分の戦い方について二人に説明をしていた。


「私が聞いたのはもっと大雑把に、前衛、後衛と言った分類だが。

 竜に保護されながら前線で戦うものと、後方から竜を操るものと。

 どちらにせよあまり一般的な概念ではないと思うが……

 そこまで体系化した分類を作っているものがいるのか」


「シンバさんって言ってましたが」


 アタカがそう答えると、イズレは大きく目を見開いた。


「シンバ老と会ったのか!? あの方は伝説的な人物だぞ!」


「え、有名人なんですか!?」


 アタカの問いに、イズレはああ、と頷く。考えてみれば、あれほどの強力な竜を連れている竜使いなど数えるほどしかいないだろう。有名なのは不思議なことではない。


「竜使いは大抵、50を前に引退するからな。

 正確な年齢はわからないが、現存する竜使いの中でも彼は恐らく最年長。

 そして何より、全てを竜任せにして暮らすその姿は

 『いなくても構わない竜使い』『むしろ竜が本体』『桜花ちゃん可哀相』

 などの二つ名をほしいままにしている」


「あ、やっぱりそう言う方面の有名なんだ」


 どう考えても二つ名と言うより文句や悪口に近い。


「だが、竜使いの中でも最強に近い存在である事は確かだ。

 ……あれを竜使いと呼んでいいのかどうかはわからないが」


「で、でも、それだけ強いって事は竜の訓練はしっかり出来てるって事じゃ」


 シンバを庇う為、と言うよりは竜使いと言う職業の為に出したフォローの言葉は、イズレのため息と共に粉砕された。


「……一人で訓練場で黙々と汗を流す桜花嬢の姿が何度も目撃されている」


 アタカの竜使いという職業への幻想が、木っ端微塵に砕かれた瞬間であった。確かに、竜は人間なんかより頭の良い存在である。麒麟ほどの高位の竜にもなれば、下手に口出しをするより余程効率的に鍛えるに違いない。……それにしたって、それはどうなのか。


「まあ、そんな域に至るまでには、大分時間と訓練がいるんだろうけどな」


「そ、そうですね」


 ムベの言葉に、アタカの理想が何とか回復する。首を後ろに曲げて心配そうにアタカを見るクロの瞳は純粋で無邪気そのものだ。シンバの竜、桜花の様な知性の輝きはまだ見て取れない。幾ら竜が人より賢い生き物だといっても、パピーはまだまだ子供なのである。人を不要とするには長い年月がいることだろう。


「……嬢って事は、女の子なんですね、桜花さん」


 ふと気付き、アタカはそう口にした。竜とは言え、桜花くらいはっきりと会話を交わせると流石にさん付けしてしまう。


「ああ……見た事は無いか?」


「はい、一度だけですけど。そういえば、声は女性でした」


「名前も女性名らしいな。桜と言うのは花の名前なんだそうだ」


 竜には『外人』風の名前をつけるのが一般的だ。


「ムベさんのエリーもメスですよね」


 アタカがそういうと、エリザベスは不満げにぶるると鼻を鳴らした。


「女の子って言えってさ」


 くっくと笑いながら、ムベはあやす様に彼女のたてがみを指で梳いてやる。


「失礼しました。

 ……シンバさんも男性ですし、竜使いと竜は異性になる事が多いんでしょうか?」


 ルルのディーナは明らかに女名前だったが、それは無視してアタカはそう聞いた。人の性別を尋ねるのは失礼だが、竜ならそれほどでもない。そこからイズレの性別を類推しようという魂胆だ。


「そうかも知れねえな。イズレさんの竜は……」


 それを悟ったムベが、アタカをアシストするように話を向ける。


「ビー・ジェイの性別なら、ムベも知ってるだろう?」


「うっ」


 しかしイズレがそういうと、何故かムベは押し黙った。


「アタカ、君の竜はどうなんだ?」


「えっと……クロはオスです」


 自分の事をすっかり忘れていた。名を呼ばれて『呼んだ?』とでも言いたげに振り向くクロの首をぽんぽんと叩いて前を向くよう指示しながら、アタカは己の失策を悟る。


「では、あまり関係ないのかもしれないね」


「……あの、イズレさんっ」


 このままでは、埒が明かない。アタカは核心をつくことにした。例え怒られるにしても、アタカが嫌われる分にはムベには迷惑がかからないだろう、と判断したからだ。


「失礼なんですが……

 その、イズレさんは男性なのか、女性なのか、どちらなんですか?」


 ムベが目を丸くしてアタカを見る。ストレートすぎるだろ、とその表情が語っていた。しかしイズレは怒る様子も無く、微笑をたたえてアタカに問い返した。


「……どちらだと思う?」


 アタカはしばし考え、


「女性ですか?」


 そう、答える。アタカは最初イズレを見た時、男性だと思った。しかし、男性を女性扱いするより女性を男性扱いする方が失礼な気がした為、アタカはそう答えた。


「そうだな……では、秘密にしておこうか」


「えっ」


 その方が楽しいだろう? とイズレは笑い、地平線の彼方を指差した。


「……さあ、見えてきたよ」


 指先を視線で追うと、地平線の彼方が一面、緑で覆われていた。徐々に露わになるそれは、まるで海の様に視界一杯に広がる樹木の王国であった。


「あれが、コクマの森だ」





「すごい……」


 イズレに明らかにはぐらかされた事も忘れ、聳える様な大樹を見上げてアタカは思わず感嘆の声を漏らした。街中や、草原に点々と生えていた木とは比べ物にならない、巨大な木。アタカどころか、ムベが10人集まって手を伸ばしても囲いきれないほど太く、天を衝く様に伸びて木の葉で高く高く屋根を作る、巨大な木。それが、一本や二本ではなく、無数に生えて森を成しているのだ。


 無論、その巨大さゆえに、木々はかなりまばらにしか生えていないが、それでも僅かに木漏れ日が漏れる程度。しんと静まり返り、天上から光の降り注ぐその様はまるで神殿のような神聖さを思わせた。


「さて、では戦闘用の竜に変えるが……出来ればあまり驚かないでくれるかな」


「え? どういう事ですか?」


 首を傾げるアタカに、イズレは「すぐわかるさ」と言って、愛竜に触れる。


「ビー・ジェイ。『ラミア』オン」


 ビー・ジェイと呼ばれた龍馬の姿が光り輝き、形を変える。二本の後ろ足は一つに纏まり長い尾となり、上半身はすらりと伸びて人間と同様の両の腕を備え、たてがみは長い髪へと変じる。輝きが収まると、そこには人間の上半身と蛇の下半身を持つ半人半蛇、ラミアの姿があった。


「ラミアだ、すごい!」


 珍しさという点において、半蛇種は九種の竜の中でも一、二を争う希少性を持っている。元々半蛇という種別に属する竜がそれほどいない上に、殆どがラミアの様に女性体の竜なので、メスの竜にしか纏うことが出来ないのがその理由だ。


 初めて目にする半蛇種を、アタカは目を輝かせて食い入るように見つめた。


「ふむ……その反応は流石に予想外だったな」


 どこか可笑しそうに口元を抑えながら、イズレはアタカを眺めた。


「え? あ、すみません、驚くなって言われたのに……」


 思い切り驚き、騒いでしまった事に気付いてアタカは慌てて頭を下げた。


「いや、いい。そういう意味ではなかったんだが、な」


 小首を捻るアタカに、イズレはついとラミアを指差した。


「少年には些か刺激の強い光景かと思ったんだが」


 その指先を辿ったアタカの目に入ったのは、ラミアの豊かな双丘であった。先ほどまで龍馬であった彼女は、当然衣服を身に着けていない。その先端は髪で隠れてはいるものの、見事にそびえる二つの膨らみはその殆どが露わになっていた。


「え、でも、竜ですよね?」


 確かに人に似た姿をしてはいるが、それは人とはまったく異なるものだ。牛や馬の乳房を見たところでなんとも思わないのと同じように、アタカはラミアの肌を見ても特になんとも思わなかった。


「確かにそうだな。……純情そうな少年だと思ったが、なかなかどうして……

 ムベは実に面白い反応をしてくれるのだが」


 イズレの言葉に目を向けると、ムベは思いっきり鼻の下を伸ばし、これ以上ないほどやに下がっただらしない表情でちらちらとラミアに目を向けていた。


「ムベさん……」


「うむ、何度見ても面白い反応だ」


 呆れるアタカとは裏腹に、イズレは可笑しそうに喉を鳴らして笑った。


「っと、悪い悪い。じゃあ次は、俺の竜を見せてやる」


 二人の仲間に見られてることに気付いて咳払いを一つすると、ムベは表情を正してエリザベスに変化を命じた。こちらは、ラミアに比べると比較的変化の度合いは少なかった。馬に近い姿を持っていた龍馬の後ろ足はぐっと細く、鳥のような脚へと変化し、前足は逆に太く、蹄が鋭利な爪へと転ずる。尾はぐんと伸びて上に弧を描き、その先端にサソリのような毒針を備える。最後に背中からばさりと音を立てて猛禽の翼を生やして、彼女は変身を終えた。


「ムシュフシュですね! こんな高位の竜まで操れるようになったんだ……」


 ムシュフシュは蛇の頭とライオンの上半身、ワシの下半身に蠍の尾を持つ獣竜種の竜だ。ドラゴン・フライに比べると二段ほどランクの高い竜である。


「いや、元々獣竜に限ればこのくらいは何とかいけたんだ。何せ長いからな。

 ただ、先立つ物と、シルアジファルアまで行く腕が無くてよ」


「ムベさんって意外と器用に色々使いますよね」


 大抵の竜使いは、使う竜の種類を一種か二種に絞る。例えばルルは精霊種に絞ってラプシヌプルクルを狙い、カクテはタツノオトシゴや吉弔のような海竜種を操るといったように。そうするのが、最も効率よく成長できるからだ。


 しかしムベはアタカが見た限りでも、ドラゴン・フライや龍馬のような獣竜種をメインに、蛇竜種の車輪蛇も苦も無く扱い、昨日は主竜種のリンドブルムも操っていた。獣竜種以外は比較的低位の物ばかりとは言え、三種類というのは多いほうだ。


「意外とって何だ、意外とって。まあ、適合率が低いから色々渡り歩かなきゃ

 いけなかったってのもあるが……後、最初にパピーを使ってたからだな」


「パピーを?」


 思わずクロに目を向けるアタカに、ムベはああと頷く。


「パピーを使ってると、全種満遍なく扱えるようになる。……とは言え、その分それぞれの成長は遅くなるからどれかに特化した方がいいのは確かだけどな」


「それは初耳だな」


「まあ、パピー使う奴なんて殆どいないからなあ」


 ムベはアタカに気を使うようにちらりと視線を走らせ、そう言った。いるとしたら彼の様に、あまりにも適合率が低すぎて最初の4種すら扱えないか、或いは余程の変わり者かだ。


 そして、どちらにせよ自分には関係ないことだとアタカは思った。竜種への適性が偏ろうとそうでなかろうと、それにかけられる適合率が0である以上は、結局0でしかない。


「さて、無駄話はここまでだ。後は、アタカの成長を見せてもらおうか」


「はい。じゃあとりあえず……

 FilGlarva, Pafika Wemniko Lesko……魔力感知(フィグパウェレ)


 淡い光がアタカの周りと取り巻き、彼の瞳に灯る。アタカが索敵に使っている魔力を感知する魔術は、実は感知系の中ではそれなりに使用難度が高い。


「ほう……四語呪(ガレクトゥリウィカ)か」


 イズレが感心したような声をあげた。真語魔術は三から六の語で成り立ち、一つ呪文が増えるだけでその難易度は格段に上がる。ただ唱えれば良いというだけでなく、繊細な魔力の制御を要求されるのだ。アタカの年で四語の魔術を使うのはかなり優秀である。


 ちなみに五語が使えればそれだけで食っていける程度の魔術を使うことが出来、六語呪を使える魔術師は数えるほどしかいない。ぽんと背中を叩いてやれば、クロが魔力の動きを真似してあっさりと同様の術を使った。数年かけて覚えた魔術を、真語(トゥリア)の詠唱も無しに使用されて実にずるいと密かにアタカは思った。


 魔術の光を纏ったアタカの瞳に、いくつかの光の塊が映る。生きとし生けるものは全て、多かれ少なかれその身に魔力を内包している。熱よりも、音よりも正確に位置を知る事が出来るのが魔力感知の利点だ。


「え……」


 しかし、彼が見た光景は予想に反して実に寂しいものだった。植物も魔力を持ってはいるが、動物に比べると随分と少ない。これほど巨大な樹であっても、人とさほど変わらない程度の魔力しか持たないから、感じられる光点はごくまばらだ。


 そして、辺りにはそれ以外の魔力と言うものが殆ど感じられなかった。まるで、不毛の砂漠の様だ。そこでアタカは初めて気がつく。この森は、静か過ぎるのだ。普通の森なら必ずいるはずの虫も、鳥も声をあげない……いや、そもそもいないのだ。


 巨大な木々に覆われた地面には下生えの草すら生える余地はなく、それを食べる虫も、その虫を捕えて食べる鳥も獣も生きて行く事は出来ない。そう思うと、先程は神聖な場所に思えたこの森が、恐ろしげな墓所の様に思えてきた。


「どうした?」


「……いえ、何でもありません」


 アタカは気を引き締めなおし、森の奥を見つめた。どんなに神聖で穏やかなように見えても、この奥はもはや竜の巣。人の足を踏み入れるべきではない領域なのだ。

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