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第06話 戦闘スタイル-3

 ――それから、一週間後。


 アタカ達は再び、西の門の前で開門に臨んでいた。一週間の特訓を終えて得た物に、三人の表情は心なしか自信を帯びた顔付きにかわっていた。


 それがまるで神聖な儀式であるかのごとく、ルルが掲げたリターンディスクから三人は順番に宝玉を取っていく。まずアタカが丁寧に持ち上げ、カクテがひょいと手に取り、ルルがゆっくりと握りこむ。そして、最後にしわがれた枯れ木の様な手が、残る一つを摘み上げた。


「……え、誰?」


 あまりにも自然な動作で入り込んできた老人に、アタカ達は直前まで気付かず目を瞬かせる。


「ほっほっほ。久しぶりじゃのう、少年」


 それは一週間前、アタカに訓練場で声をかけてきた老人だった。


「知り合い?」


「いや、全然」


 カクテよりも更に小柄な老人を見下ろし、尋ねるルルにアタカは首を横に振った。実際、少し言葉を交わしただけで名前すら知らないのだ。


「なんじゃ、つれんのう。老人は敬うもんじゃぞ」


「で、何の用なの、お爺ちゃん」


 カクテが面倒臭そうに問うと、老人はうむと頷き、


「わしも連れて行ってくれんかの」


 そう言った。アタカ達三人は思わず顔を見合わせる。


「お爺さん、竜使いなんですか?」


「うむ、その通りじゃよ」


 ルルの問いに、老人はえへんと胸を張って答えた。しかしそういう割には、老人の傍に竜の姿は見えない。


「竜はどこにいんのよ」


「うむ、今はちょっとフィルシーダまで出かけとる」


 老人は胸を張ってそう言った。アタカ達の故郷、フィルシーダ。龍馬を走らせて実にここから三日の距離だ。


「あ、そろそろ門が開くね。アタカ、カクテ、今日は頑張ろうねっ」


「お、お嬢ちゃん、ナチュラルにスルーせんで欲しいのう」


 まるで何事もなかったかのように振舞うルルに、さすがの老人も少し傷付いたかのように声をあげる。


「実は、わしは一週間前から少年達の訓練風景を見ておったんじゃがの。

 一つ、気になったことがあるんじゃ」


 ふさふさとした眉に覆われ、端からは殆ど見えないような目をキリっと開き、老人は重々しい口調でそう言った。


「……気になったこと?」


 流石にそういわれてはアタカも相手せざるを得ない。この一週間で培った訓練方法にもし欠陥があるなら、それはすぐさま彼らの命に関わりかねないからだ。


「うむ……少年、お主は」


 厳かな雰囲気で頷き、老人は鋭い視線をアタカに投げかける。


「どっちの娘さんが本命なのかね?」


「さ、そろそろ行きましょう」

「よし、頑張るぞー!」

「今度こそラプシヌプルクルの結晶を手に入れようね」


「ああっ、待って、やり直させてっ!」


 縋るように腕を掴んでくる小柄な老人を引き摺りながら、アタカ達は外の世界に開け放たれた門へと向かった。





「結局ついてきてるし……」


 ため息と共に、カクテはウンザリとして言葉を吐き出した。老人が竜使いであると言うことは嘘ではなかったらしく、彼は止められる事もなく結局アタカ達について門を潜り抜けた。


「ほっほっほ。わしはシンバという爺じゃ。よろしくの、若い衆」


 シンバと名乗った老人は長い髭をさすりつつ、朗らかにそう言った。


「ついてくるのはいいけど、竜使いなら自分の身くらい自分で守ってよね」


 そういいながらも、カクテは彼をウミの背中に乗せていた。そこなら比較的安全なはずだ。


「いやあ、その必要はないんじゃないかのう」


「なんでよ」


「この辺りの竜なら、お前さん達はもう苦戦なんぞせんよ」


 当たり前の様に言われた言葉に、アタカ達は少し面食らった。励ますでもなく、世辞でもなく、ただそれが事実なのだと聞いた相手の誰もがそう感じるような、全く気負いの無い言葉だった。


「……誉めたって、守ったりしてあげないからね?」


「ほっほっほっ」


 少し怒ったように言うカクテに、シンバは愉快そうに笑う。


「……いた」


 僅かに緩んだ雰囲気に、アタカが鋭い口調で警告を発した。


「どっち?」


「マフートが12時、4時、8時の方角から。ラプシヌプルクルが11時の方角。

 ……こっちに気付いて、近付いてきてる」


 アタカはウミの背の上で、索敵魔術に専念していた。人間の魔力でかけた魔術など殆ど受け付けない竜だが、いくつか例外がある。その一つが、索敵だ。竜はその身に宿す魔力が膨大であるが故に、そう簡単にはその気配を隠すことが出来ない。魔術に長けた種ならばともかく、マフートやラプシヌプルクルの様な物理攻撃主体の竜は容易に察知できた。


「その配置なら、後退だね。ウミ、下がって」


 ルルとアタカはそれぞれ相棒を連れ、ウミの背中から飛び降りる。それを確認すると、ウミはその頭にカクテを、背にシンバを乗せたまま、ゆっくりと後退してマフートを側面から前面に集める。


 大きく目立つウミに、マフート達は繁みから身を躍らせると一斉に首を伸ばして襲い掛かった。しかし、その背に真上から何本もの氷の矢が降り注ぎ、マフート達はあっという間に地面に縫い付けられる。


 ウミの頭の更に上、空高くにディーナが浮かんでおり、上空から魔術で攻撃したのだ。


射手(シューター)。竜使い本人は遠くに隠れ、竜を単独で動かすスタイルじゃの。

 濃厚な魔力を持つ竜の前では、魔力の薄い人間などまず感知されんから

 攻撃に専念できる。あのお嬢ちゃんの様な、適合率の高い竜使いには

 持って来いのやり方じゃ」


 呟くシンバの言葉に、カクテは思わず後ろを振り返る。


「カクテ! ブレスを!」


「っと、了解っ!」


 アタカの言葉に我に返り、カクテはウミに冷気のブレスを吹かせた。氷の矢によって縫いとめられたマフート達を、これで駄目押しとばかりに凍りつかせる。


騎竜手(ライダー)。竜に乗り、魔術で防御しつつ共に戦う。

 己の身の安全をさほど気にする必要がなく、自由に戦う事が出来る。

 大型の竜を扱うお嬢ちゃんにはおあつらえ向きじゃな」


 呟くシンバの隣を、小麦色の影が走る。クロと、その背に乗ったアタカだ。


「クロ、ウミ、マフートを破壊! ディーナ、ラプシヌを牽制、後一斉攻撃!」

「了解!」

「うんっ!」


 アタカの指示に、凍りついたマフートをクロが爪で切り裂き、ひびが入ったところにウミが駄目押しとばかりに前足を振り上げ、圧し掛かる。マフート達は粉々に砕かれ、魔力結晶を残して消え去った。


「ウミ、クロ、『アイスコフィン』!」


 アタカの指示したそれは、魔術の名ではない。ディーナが放った氷の矢をひらひらとかわすラプシヌプルクルに向けて、ウミは大気中の水分を凝固させ霧を発生させた。その霧に向け、同時にクロが冷気の矢を飛ばす。殺傷能力を抑えた代わりに、触れた物を凍らせる能力に特化させた氷の矢は霧を瞬く間に凍りつかせ、檻の様にラプシヌプルクルを閉じ込めた。


 それは、この一週間何度も練習した、ウミとクロの連携技の名前だった。


 アタカは、クロと契約していない。……契約できない。適合率が0%だからだ。しかし努力と地道な訓練によって、竜使いには敵わないながらも戦う事を可能にした。


 しかし、こと『契約していない』という条件であれば、それはクロに限らず、ウミやディーナだって変わらないのだ。適合率とは関係なく、他人の竜とは契約できない、という理由の違いはあるにせよ、契約していない竜という立場は全く変わらない。


 であれば、逆説的にアタカは他人の竜でも自由自在に操れるという事でもあった。勿論、直接の主人である竜使いの了承は必要だ。が、一旦それを得られたのならば通訳として竜使いを通すことが出来る分、クロよりも意思の疎通は余程楽だった。


 更に、それは竜にとどまらない。相手が人であっても、同様の事が出来るはずだ。……そう考えたアタカがたどり着いた先が、このスタイル。竜と共に戦うソルラクとは対極に位置する、味方を全体を指揮し、操る戦い方だった。


「差し詰め、指揮官(コマンダー)

 ……いや、ここは主君(ロード)とでも呼んでおくべきかのう?

 何にせよ他にはない戦い方じゃの」


 氷の檻に囚われ、身動きできなくなったラプシヌプルクルをディーナの放った氷の槍が貫く様を眺めながら、シンバは愉快そうに笑った。





 訓練の成果を確かめたアタカ達は、更に数匹野生の竜を倒した後、帰路へとついていた。外で野営をし、次の開門日に帰ると言う選択肢も無いではないが、竜の疲労や訓練なんかを考えれば帰った方がいい。


「……結局、ほんっとうに何もしなかったね、このお爺ちゃん」


 呆れた声で言うカクテに、シンバは笑って答える。戦いと戦いの間に彼が教えてくれた『戦闘スタイル』という概念は興味深かったが、戦い自体には驚くほど何の役にも立たず、また立とうと言う気すら見られなかった。


「うむ、それがわしの持ち味じゃからのう」


「何が持ち味よっ」


 ぺしん、と彼の剥げ頭を叩くカクテ。なんだかんだいって、シンバとは随分打ち解けていた。シンバは殆ど動かずウミの背に乗っており、何故か竜も彼を狙おうとはしないので役には立たないが、邪魔にもならなかった。


「食べても美味しくなさそうだから、狙わないのかな……」


 とはルルの弁だ。


「さて、若い衆にいい物を見せてもらったから、わしも最後にちょっと

 サービスといくかのう」


 街の門が見えてきた辺りで、ひょいとシンバはウミの背から飛び降りると、街とは逆の方にとことこと歩いていく。


「……! シンバさん、そっちは駄目だ! 竜がいる!」


 アタカの索敵に、数頭の竜が引っ掛かる。まだこちらには気づいていないようだったが、シンバがこれ以上進んでいけば見つかってしまうのは明らかだった。


「少年。おぬしでは考えもつかんだろう戦い方という物を、見せてやろう」


 アタカに笑みを見せ、シンバは堂々と草原を歩いていく。すぐに、彼に気付いた野生の竜達がその姿を現した。マフートが3匹、ラプシヌプルクルが1匹、ドラゴン・フライが更に数匹。ずらりと取り囲む竜が見えていないかのように、シンバはまるでスキップするかのように身軽にひょいひょいと道を行く。


 野生の竜が牙を剥き、くちばしを大きく開き、炎を吹こうと息を吸い込んだ瞬間。轟音と閃光が、辺りを包み込んだ。


 衝撃さえ感じる音と、凄まじいまでの熱気。閃光に真っ白に塗りつぶされた視界を徐々に取り戻し、アタカ達が見たのは、円形に焼け焦げた草原と、結晶を残して消えていく野生の竜達に、その中央で呑気に笑う無傷のシンバ。


 ……そして、神々しく黄金に輝く一頭の竜だった。

 見た目は、龍馬に似ている。4つの足に鱗に覆われた身体、長い首にそれを覆う炎の様なたてがみ。しかし、宙を踏みしめるその足と、額から生えた一本の丸い角、そして何よりその身に纏う神聖な雰囲気が、それを龍馬とは全く異なる存在であることを示していた。


「……麒麟」


 ぽつりと、アタカが呟く。竜の中でももっとも強く、もっとも扱いが難しいといわれる、神竜種。あらゆる獣の王であり、風よりも速く走るといわれる神獣だ。竜であるとは言え、強力な獣の域を超えないマフートや精霊の一種であるラプシヌプルクルなどとは文字通り格が違う。


「……ご主人様っ! 今日は、街で大人しくしてるっていったでしょうっ!」


 麒麟が口をひらき、流暢に人語をしゃべるのを見て、アタカ達は驚愕に目を見開いた。種によっては言葉を話すことが出来る竜もいると言うのは、知識としては知っていた。しかし、実際に見るとなると話は違う。どこかに人が隠れているのではないかと思うくらいに、人と全く変わらない声色。いかにも生真面目で、人の良さそうな女性の声だった。


「いやあ、すまんのう。面白い若者がおったもんだから、つい」


 それとは対照的に、いい加減極まりない、全く反省の色が見られない態度でシンバは麒麟に詫びる。


「私、びっくりして、急いでフィルシーダから帰ってきたんですからね」


 ため息をつかんばかりの口調で、麒麟はそういいアタカ達に向き直った。そして、その首を深々と下げてみせる。


「主人が失礼をいたしました。守って頂いてありがとうございます。私はシンバの騎竜を務めております、桜花と申します」


「御丁寧にどうも」


 にこやかに笑みルルは礼を返すが、アタカとカクテは呆けた様にシンバと桜花を見つめるのみだった。


「どうかね、少年。これこそがおぬしにはけして出来ん戦い方……

 身の回りの世話から戦闘まで、ぜーんぶ竜にやってもらって自分はなんもせん、わしオリジナルのスタイル……その名も『要介護者』じゃ!」


「何を威張ってるんですかっ」


 桜花はシンバの襟首を咥え上げると、ぽいと上空に放り投げる。シンバは空中でくるくると回りながら、見事に桜花の背中に着地した。


「……少年。何もかも、自分一人で背負い込む事はないんじゃよ」


 諭すような口調でも、教えるような口調でもなく。シンバは、ごく自然にそう言った。力みの無い、飾らない言葉はすんなりとアタカの胸に染み込んでいく。


「わしなんかなーんもせずにこの歳まで竜使いやっとるくらいだからのう」


「ご主人様はもうちょっと気迫を見せてくださいっ」


 全くもう、と苛立たしげに言いつつも、桜花が本気で怒っていない事は声や表情から容易に見て取れた。その関係はまるで、祖父と孫のようだ。


「それでは、御迷惑をおかけしました。失礼いたします」


 もう一度ぺこりと頭を下げて、桜花はシンバを背に乗せたまま宙を駆ける。その姿は、あっという間に見えなくなった。


「……お爺ちゃん、凄い竜使いだったん、だ……?」


 カクテの問いに、ルルとアタカは揃って首を捻るのだった。

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