第06話 戦闘スタイル-2
「アタカ、こっちこっち!」
翌日。三人でお茶を飲んだ喫茶店を探して道をうろつくアタカを、ぶんぶんと手を振りながらルルが呼び止めた。奥まった場所にある結晶屋はともかく、喫茶店の場所くらいはわかるだろうと思って出かけたアタカだったが、規則的に同じような風景が並び、天高く聳える巨大な建物で自分の位置も把握できなくなるこの街で、彼は簡単に迷子になった。
「おはよう、ルル、カクテ」
ほっと胸を撫で下ろしながらも、アタカは二人の下へと駆け寄る。今日は訓練場にいく気が無いのか、少女達は二人とも竜使いらしくないお洒落な格好をしていた。
ルルは白いブラウスにアイボリーのジャケット、フレアスカートに細いベルトを巻き、黒タイツにパンプスと言うモノトーン主体の落ち着いた上品なファッション。対照的に、カクテはTシャツの上にパーカーを羽織り、キュロットにショートブーツと言う活動的な格好をしていた。
手を振り返しながら二人に近付くと、彼女達は揃って表情を曇らせた。
「……アタカ、何その格好」
「今日は外に出るわけじゃないんだよ?」
「……そういわれても……こういう服以外持ってないよ」
冷たい視線を送る二人に、アタカは居心地悪くそう答えた。彼が着ているのは、竜扱い用の実用的でシンプルな服だ。引っ掛けないようにボタンや紐の類は極力廃してあり、ところどころをなめした皮で補強してある。衣服と言うより、半ば防具に近い。
しかし、それは別段それほど変わった格好と言うわけではなかった。一般人が着る事はまず無いものの、竜使いは大抵そんな格好をしているし、余程高級な店でもなければ見咎められるようなことも無い。
しかし、ルル達にはそれが大層お気に召さないようであった。
「よし、じゃあまずはアタカの服を買いましょうか」
「さんせーい」
ルルの提案に、すぐさまカクテが両手をあげる。
「え、ちょっと、結晶屋は!?」
「そんなのあとあと!」
ルルがアタカの腕を引き、カクテが彼の背をぐいぐいと押す。2対1と言う数の暴力によって、アタカの意見は完全に黙殺された。
「疲れた……」
少し遅めの昼食をとる為にはいったレストランで、アタカは机に突っ伏しそうな勢いで息を吐いた。1時間ほど着せ替え人形にされたかと思えば、その後の2時間はルルとカクテの服選びに延々と付き合わされた。フィルシーダでは洋服店と言えば小さな店舗がぽつぽつとあるくらいで、竜車にでも乗らなければ店から店への移動は億劫で、一つの店にそんなに長居出来るわけでもない。
しかし、サハルラータでは事情は全く違った。城の様に大きい建物の中、丸々一フロアがすべて洋服店で、しかもそんな店が徒歩でいける圏内に幾つもあるのだ。商品となる服自体も、最新流行のものからクラシカルなものまで大量に取り揃えられており、目にはいってくるカラフルな布の森の様な光景にアタカは思わずめまいを覚えた。
それを、少女達は嬉々として選び、1時間も2時間も服をとっかえひっかえしては、ああでもない、こうでもないと言い合うのだ。それだけならまだしも、いちいち試着したり、身体に当ててはアタカに似合うかどうか、などと聞いてくる。適当に答えるとすぐさま冷たい視線と叱責が飛んでくるので、アタカは今までの人生で一番努力したのではないか、と思えるくらいに語彙を尽くし、言葉を綴った。
そこまでして、結局買ったのはアタカの服を3セットだけで本人達の服は一切買っていないのだから、アタカの感じている疲労感ときたらそれはもう凄まじいものだった。
「じゃあ、次は……ナインピンズにでもいこっか」
「さんせーい」
カクテの提案に、ルルが両手をあげて賛成する。もはやアタカには反対する気力も残っていなかった。
「よしっ、ストライク!」
「またあ!?」
レストランとは打って変わって楽しそうにガッツポーズをとるアタカに、カクテは呆れたような悲鳴を上げた。
ナインピンズとは、ひし形に並べた9つのピンに向かってボールを転がし、何本倒せるかを競い合うゲームだ。ちょっと気の利いた酒場なんかだと片隅に器具一式が用意されているのだが、サハルラータではゲーム専用の店が幾つもあるようだった。
「アタカ、すごいねー」
まるで我が事の様に嬉しそうに、ぺちぺちと音の出ない拍手をしているルルは三人の中でもっとも点数が低く第三位。
「うぅー、これで初めてって嘘でしょ!」
悔しそうに唸るカクテは第二位。
「いやー、初めてやったけどナインピンズって面白いね。初めてやったけど!」
そして、そんな彼女を見てニヤニヤと笑みを浮かべるアタカは大差をつけての第一位だった。
「ちょっとは手加減してよ!」
紐をぐいと引きながら、カクテはボールを手に取る。紐はレーンの奥のピンに繋がっており、引っ張られて空中に浮かぶと、ストンと元の位置に戻った。倒した後はこの紐でピンを元に戻す仕組みだ。
すうはあと大きく息を整えながらカクテはボールを構え、後ろに振りかぶると振り子の要領で前方へと投げ放つ。ボールは鋭く木製のレーンの上を走り、ぱかんと小気味いい音を立ててピンを倒した。
「あああああ、また一本残ったあああああ!」
倒れず残るピンを恨みがましく見つめ、カクテは頭を抱える。
「ドンマイ!」
「その余裕がムカつくわ」
ぐっと親指を立て、笑ってみせるアタカをカクテはじろりと睨んだ。
「次は私だね」
二人の喧騒もどこ吹く風で、ルルは紐を引いてピンを直し、ボールを手に取る。一回につき一投し、十回の合計点数を競うのがナインピンズのルールだ。
「えい」
ルルは両手でボールを掲げ持ち、無造作に投げた。殆ど推力を与えられず、ボールはレーンの上をごろごろごろごろ、とゆっくり転がっていく。そのままピンにぶつかり、4,5本を倒したところでピンの抵抗に負けてボールは止まった。
「あ、やった、5本だ」
アベレージが3本ほどのルルはそれでも喜ぶ。そんな彼女を、毒気を抜かれたかのようにアタカとカクテは微笑ましく見守る。
「じゃ、次は僕の番だね」
「外せ外せ外せ外せ外せ」
ボールを手に取りアタカに、カクテは両手を組んで祈るようにぶつぶつと呟いた。
「呪いをかけるのやめて。……よっと!」
カクテのものよりさらに鋭い速度でボールはレーンを転がり、見事に9本全部を弾き飛ばす。その光景に、カクテの悲鳴が上がった。
「……次は、ビリヤード! ビリヤードで勝負!」
「受けて立とう」
悔しげに言うカクテに、アタカは自信満々にそう答えた。
そして、高かった日は落ち、世界が朱に染まる頃。
「おもしろかったねー!」
「うん……」
「そうだね……」
輝くような笑顔を見せるルルに、疲れた様子でアタカとカクテは答えた。結局ナインピンズはアタカの勝ち、ビリヤードはカクテの勝ち。
そして、最後に遊んだダーツはルルが他の二人に大差をつけての圧勝だった。他のゲームではどちらも3位を喫していただけに、完全にノーマークだった彼女に負けてアタカとカクテは若干凹んでいた。
ちなみに結局、結晶屋には寄ったものの時間がなくて殆どみていない。この前手に入れたマフートの魔力結晶を売り払うだけで終わってしまった。
「私、ダーツだけは得意なんだ」
「最後に提案したのは狙ってたんだな!? 最初から勝ち逃げする気だったな!?」
満面の笑みを見せるルルに、カクテは叫ぶ。
「それにしても、3人とも見事に得意なゲームがバラけたね」
きゃあきゃあとじゃれあう少女達を見ながら、アタカはふとそう言った。
「お陰でどれも勝負にならないけどね」
わきわきと指を動かし、ルルの脇をくすぐりながらカクテはため息をつく。
「ひゅふっ、やめ、ふふ、カクっ、あはは、テ、や、ふぁ、めぇ……!」
ルルはカクテの腕を振り切ると、急いでアタカの後ろに周り彼を盾にする。
「はぁ、はぁ……他の人と、勝負するときは、私達の
中から得意な人を出せばいいんだね!」
紅潮した頬で息を弾ませながら、ルルはそんな事をいった。その言葉が、アタカの意識のどこかに引っ掛かる。
「どういう時にそんな展開になるのよっ」
いいながら、カクテはルルを追いかけ、二人はアタカの周りをグルグルと回った。その様子を眺めながら、アタカは引っ掛かった部分に思想をめぐらせた。
『そのやり方はお前さんには向いておらんのじゃないかのう』
脳裏に、老人が言い放った言葉が去来する。
「……ルル。カクテ」
ぼんやりとしたその思いを形にするかのように、アタカは二人を呼び止めると真剣な表情で見つめた。
「どうしたの?」
「な、何?」
真顔で見つめる彼に、ルルは小首を傾げ、カクテは戸惑ったように尋ねた。
「……付き合って欲しい」
「なっ……!」
「いいよー」
端的に言うアタカに、一瞬にしてカクテは顔を真赤に紅潮させ、ルルはあっさりとそう答えた。
「ま、待って! あたしは、まだ会って一週間も経ってないし……
そりゃ、アタカは気も合うし良い奴だと思うけど、っていうか、2人同時は流石にないんじゃない!?」
「ごめん、僕が悪かった言葉が足りなすぎた。っていうかこっちが恥かしくなるからやめてくれ。……訓練に付き合って欲しいってだけだよ」
一緒に顔を真赤に染め上げながらアタカは弁明する。
「なあんだ、残念」
「いやルルはわかってただろ」
全く残念ではなさそうに言うルルを、アタカは呆れたような表情で見て言った。一見気を持たせるような事を言ってはいるが、付き合いの長い幼馴染だ。その辺りの距離感は互いに熟知している。
「勿論」
にっこり笑うルルのその表情は非の打ち所がないほど可愛らしくて、この顔に騙される男はどれだけいるんだろうな、とアタカは思った。多分、ムベ辺りなら間違いなく一瞬にして騙されるだろう。
「……で、訓練って何をするの?」
恥かしかったのか怒ったような口調で、カクテは問う。
「うん。ちょっと試したい事が出来たんだ」
まだ完全には形にはなっていない、ぼんやりとしたイメージを思い浮かべながらアタカは二人に言った。
「僕に向いている、戦い方って奴を」




