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第06話 戦闘スタイル-1

 開門は週に2回。この原則は、どの街でも変わらない。街から街へと移動するときや、腰を据えて狩りをする時を除き、竜使い達は開門のその日に街へと戻る。開門から次の開門までの3日間、彼らが何をしているかと言うと、その行動は概ね三つに分類された。


 一つは、休息。竜の再生速度は人に比べ非常に早いが、それでも大怪我を負った場合は数日安静にしていなければならないし、人にも疲労が溜まる為ある程度の休息は絶対に必要だ。


 二つ目は準備。狩場や依頼の為に情報を集めたり、食料や野営の為の装備など、あらかじめ準備しておかなければならないことは非常に多い。


 そして最後の三つ目が、もっとも重要な事。


 それが、竜の訓練である。


 どれだけ強力な魔力結晶を纏おうと、その核となっているのはパピーだ。鍛え、力をつけなければその真価を発揮する事は出来ない。逆に、よく鍛えられた竜は例え同種であっても、野生の竜を圧倒することが出来る。


 意外に思われるかもしれないが、竜を鍛えるのにもっとも手っ取り早い方法は地道な訓練である。野生の竜との戦闘は、戦い自体に慣れると言う意味合いはあるものの、そればかり繰り返していても大して強くはなれない。


 重りを引いて筋力を鍛え、素早く動いて瞬発力を鍛え、瞑想や繰り返し魔術を使うことによって魔力を鍛える。竜の成長限界は、人のそれよりもはるか高みにある。鍛えれば鍛えた分だけ、強くなっていくのだ。だから休日の竜使い達の多くは、竜の訓練に時間を費やす。


 アタカもまた、訓練の為に郊外の訓練場へと足を運んでいた。


 しかし、彼の目的は他の竜使いとは少々異なっていた。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 肩で荒く息をしながら、アタカは前を見据える。がちゃん、と音がして、弩に石が番えられた。弩とは木製の台座に横向きに弓が設置された武器の一種で、訓練場にあるものは矢の変わりに石を飛ばせるように改造してあった。


 壁面に無数に取り付けられたそれは、スイッチを押すと自動で弾が装填され、部屋の中央……つまり、アタカに向かってランダムなタイミングで弾を放つ。竜の攻撃を想定した、回避訓練だ。ただしそれは、本来竜を鍛える為のものであって、間違っても人間が利用するようなものではない。


 アタカは集中力を研ぎ澄ませながら、飛来する無数の石弾をかわす。その脳裏に思い描くイメージは、先日ルルの放った氷の矢をすべてかわして見せたソルラクだ。ぶおん、と風を切り、背筋が凍えるような迫力を持ってアタカの耳元を石弾が通り過ぎていく。竜にとっては致命傷にはなりえないその丸い石の弾も、人間が当たれば運が良くて骨折、悪ければ死に至る事もありえる威力だ。


 迫り来る死の弾丸を、アタカは出来る限り小さい動作でかわし、或いは両手につけた鉄の手甲で弾いて逸らす。それはソルラクに敗北した後、アタカが武器と防具を兼ねて購入したものだった。


「がっ……!」


 避け切れなかった石弾を腹部に受け、アタカは膝を折る。骨折どころか、内蔵が破裂していてもおかしくない衝撃だ。しかし、彼はすぐに体勢を立て直すと、さらに飛来してくる石弾の回避の為に脚と腕を動かした。


 アタカとて、自殺志願者ではない。クロには既に防御魔術と身体強化の魔術を教え込み、アタカ自身を強化させていた。そのお陰で高速で飛んでくる石弾にも何とか対応する事が出来、身体に当たっても『すごく痛い』程度で済んでいる。とは言え、服の下は痣だらけになっているだろう事は予想できた。


 しかしそれでも、アタカはがむしゃらに訓練を続ける。それほどまでに、彼にとって先の敗北は苦いものだったのだ。


「無茶するのう、若いの」


 弾を打ち切り動作を止めた弩にアタカが一息つくと、背後からそんな言葉が投げかけられた。呆れたような声に目を向けると、いつの間にか白い髭を蓄えた老人がアタカに視線を投げかけていた。その頭には頭髪が一切なく、つるりと光を反射して輝いている。その反面、眉とあごひげは実に長く立派で、真っ白に色が抜けていた。


「しかし、そのやり方はお前さんには向いておらんのじゃないかのう」


 老人はあごひげをしごきながら、ぽつりと呟いた。訓練場にいるという事は、彼も竜使いなのだろうか? そんな事を考えながら、アタカは答える。


「……わかってます。でも、僕は……適合率が低いから、出来る事は何でもしないと」


 総合成績では1位だったとは言え、ソルラクは身体能力ではアタカを上回っていた。背も高く引き締まった身体をしたソルラクと、まだ成長期とは言えやや背の低いアタカでは地力そのものが違う。ましてや戦闘技術と言う点では比べるべくもない。


 しかしそれでも、アタカは己を鍛える道を選んだ。勿論並行してクロも鍛えている。向いていようがいまいが、アタカが竜使いとして戦っていく為には使える手段はすべて使わなければいけない。アタカは体術を鍛えてくれたコヨイの言葉を今更の様に思い返しながら、老人にそう答えた。


「ふむ。確かに言うておることには筋が通っておる。

 しかし老婆心ながら言わせて貰うなら……少年には先にやることがあるんじゃないかの」


 含蓄のある口調で、老人はアタカを見つめる。


「先にやること、とは……?」


「うむ」


 重々しく頷き、老人はカっと目を見開き、宣言する。


「女の子とデートする事とか」


「すみません忙しいので失礼します」


 一瞬で見切りをつけ、アタカは頭を下げると老人をおいて訓練場から出て行った。





「……まだ戻ってないか……」


 ノックしても返事の戻ってこない扉に、アタカはため息をついた。結局あれ以来、ムベは戻ってきていない。『用事が出来た、しばらく別行動で』との言付けは宿の主から貰っているのでそれほど心配はしていないが、出来れば今後の方針を相談したい気分だった。


「アタカさん、遠声がきてるよ」


 アタカが自室で傷の手当をし、汚れを落としていると、ノックと共に宿の主人からそう声をかけられた。遠声と言うのは魔術を用いた遠距離での会話を可能にする魔導具で、近年になって徐々に普及し始めているものだ。フィルシーダではあまり見なかったが、サハルラータでは宿には必ず一つは設置されているらしい。もう数年もすれば各家庭に一台ある時代が来るんだろうな、と思いながら、アタカは服を着替え部屋を出て階下に下りた。


 この宿は典型的な竜使い向けの宿で、1階は食堂兼酒場、2階以降が宿になっている。遠声機は一階の奥、2階への階段のある通路に設置されていた。使っている事自体は厨房からは見えるが、会話の内容は酒場の喧騒に紛れて他の人には聞こえないような位置だ。


「アタカです。どなたですか?」


『あ、アタカ? 私、ルルです』


 受話器から聞こえてきたのは、聞きなれた声だった。彼女も前回の開門直後は随分落ち込んでいたようだったが、その声には少なくとも落ち込んだ様子は見られない。


「どうしたの?」


『明日、暇かな? この前追い出されちゃった結晶屋とかいこうと

 思ってるんだけど、一緒に行かない?』


 女の子とデートするとか。


 老人の言葉が脳裏を過ぎり、アタカは頭を振った。


『駄目かな。予定あった?』


「いや、大丈夫。ちょうど、また行きたいと思ってたんだ。道もあんまり覚えてないし」


『そっか、じゃあ丁度良かったね。じゃあ……この前の喫茶店の前に10時集合でいい?』


「了解」


『じゃ、また明日ね。おやすみなさーい』


「おやすみ」


 受話器を本体の上に置くと、チン、と独特の音を立てて遠声が途切れる。


「彼女かい?」


 気付くと、宿の店主がニヤニヤしてアタカを見ていた。


「ただの幼馴染ですよ」


 アタカはそう答え、少し考えた後店主に尋ねてみる。


「……こちらから遠声をかけることも出来ますか?」


「ああ、できるよ。10分につき、1シリカ。遠声機の上にスリットがあるだろ?

 そこに硬貨を入れてくれ」


 そう説明すると、店主は気を利かせたのか用事があるのか、店の奥へと引っ込む。アタカは大きく息を吸って気持ちを落ち着けると、小銭入れから1シリカ硬貨を取り出してスリットに入れた。記憶にある番号を入力し、しばらくすると無愛想な声が聞こえてきた。


『こちらフィルシーダ市庁舎受付。どちら様でしょうか』


 突き放すかのような、硬い事務的なその声には聞き覚えがあった。


「コヨイさんですか? 僕、アタカです」


『……替わりますね』


 コヨイは一瞬押し黙ると、用件も聞かずにそう答えた。すぐに保留を表す音楽が鳴り出し、しばらくしてそれがぷつりと途切れる。


『はぁい、あなたの街の素敵な市長、コウさんでぇ……ぐぇっ!』


 裏声で話す市長の声が聞こえたかと思えば、何かを殴る音と蛙が潰れるような市長の声、そして『失礼いたしました。今のは間違いです』というコヨイの謝罪の言葉の後、ようやくアタカの望む相手が受話器を取った。


『えっと、遠声替わりました。ルビィです……アタカ君?』


 ほんの2週間ほどだというのに、その声は酷く懐かしい感じがした。鈴を転がすような、繊細で愛らしい声が耳元に聞こえ、アタカは思わずそれに聞き惚れる。


『あ、あれ? アタカ君? もしもーし……あれ?

 ど、どうしよう……! コヨイさぁん、これ壊れちゃいました!』


「あ、すみません、います! ちゃんといます!」


 返事をしないアタカにパニックになるルビィを、アタカは慌てて宥めた。


『あ、良かった、いた……あ、じゃぁなくて!

 駄目ですよ、アタカ君!』


 ほっとした様子で呟かれる言葉の後に、ルビィは思い出したかのように怒ったような声を出した。やはり、役所に私用の電話をかけるのはまずかっただろうか、とアタカが謝罪の言葉を頭に思い浮かべると、彼女は


『フィルシーダを出たなら、出たってちゃんと教えてください!

 集会所にいないから心配しちゃったんですよ』


「すみません」


 ドラゴンレースに巻き込まれた事もあって、街を出ることを伝えていなかった。相手に見えるわけでもないのについつい頭を下げつつも、アタカは頬が緩むのを抑え切れなかった。街を出ても気にかけていてもらえている。それだけで、天に舞い上がってしまいそうなほど嬉しい。


『ちゃんと反省してますか? これからもちゃんと連絡してくれます?』


「はい、週に一回は連絡します」


『よろしいです』


 お姉さんぶった態度でにっこり笑うルビィの顔を思い描き、アタカは思わず噴出しそうに鳴るのを必死で堪えた。


 ムベと言う仲間が出来たこと、ルルと再会できた事、レースで勝った事……新しいパピーが生まれた事、アタカがいなくなって世話が少し大変という事、市長がまるで仕事をしないのでコヨイが怒ってばかりいる事……そんな他愛の無い近況報告を、二人はお互いにしあう。


 アタカの幸福な時間は、1シリカ硬貨を3枚使い、長すぎだとコヨイに怒られるまで続いた。

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