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第01話 落ち零れの竜使い-1

「……100%だと、下2桁しか判定されないというような事は」


 しんと静まり返った部屋の中、最初に声を出したのはコヨイだった。


 彼ならそんな笑えない冗談もやりかねない。そんな楽観的な予測は、いつになく真剣な表情で横に振られる市長の首によって否定された。


「アタカ君。君が、竜使いを目指してどれだけ努力してきたかは、俺も良く知ってる。

 だからはっきり言おう。


 竜使いになるのは諦めた方がいい。


 先ほども言ったようにこの適性検査は合否には関係ない。

 法の上では、0%でも竜使いとして扱われる。

 しかし、適合率0%では竜の声を聞くことも、魔力結晶を扱う事もできない。

 盲目の人間が剣士を目指すようなもんだ」


「適合率を増やす方法は無いんですか!?」


 掴みかからんばかりの勢いで尋ねるルルに、市長は再び首を振る。


「無い。適合率は生まれた時から変わらない」


「そんな……」


 沈痛な表情でルルは俯き、アタカは膝から崩れ落ちそうになる身体を必死に止めた。15年間の努力は、全て無駄だったのだ。


「ルビィ。彼らに竜との契約を」


 そんな二人を無視するかのように、市長はルビィにそう命じた。ルビィは一瞬市長を恨みがましい目で睨み、しかし合格者達を竜舎へと連れて行く。部屋の中には市長とコヨイだけが残された。


「……市長。先ほどまでの言葉は本当ですか?」


「本当だよ。彼が竜使いとして大成する事はない。ありえない。

 適合率0%なんて滅多にいるもんじゃないけど、今までいなかったわけでもない。

 念の為言うけど隠された能力があって0%と判定された、何てオチも無いからね」


「では、試験には何の意味があるのですか!」


 珍しく声を荒げるコヨイに、市長は少し驚く。しかしそれも無理は無いことだ。幼い、それこそ物心つかない頃から竜使いに憧れ、努力を続けていた少年アタカ。彼の存在は、竜使い課の人間なら誰でも知っている。その努力の量も。


 一日も休むことなく鍛錬を続け、毎日ルビィと共に竜の世話をし、一心に竜使いを目指していた彼の夢をかなえてやりたいと思っているのは市長とて同じだ。


「適合率が1%でもあるなら、努力次第で何とかなる。でも、0には何をかけても0だ。

 竜が操れないんじゃ、試験の結果なんて無意味なんだよ。


 相手は竜。鉄を溶かす火を吹き、山を崩し、風よりも早く空を飛び、人の

 及ばぬ叡智を持つ世界で最強の存在だ。

 どれだけ早く走れようと、どれだけ知識を詰め込もうと、人は人だ。

 竜には勝てない。……余程の事が無い限りね」


 それは竜使いに携わるものなら、誰もが知っている事だ。一部の例外を除き、人は竜には勝てない。竜に勝てるのは竜だけだ。


「逆に言うなら、余程の事があれば戦えるって事だけどね」


 思わず顔をあげるコヨイに、市長はニヤっと意地の悪い笑みを見せた。




「……では、順番に契約を行います」


 ドラゴン・パピーが並ぶ竜舎で、アタカは一人項垂れていた。契約とは、これから竜使いが生涯の相棒として共に戦っていく竜と心を通じ合わせる儀式だ。契約を行った竜とは例え言葉を喋ることの出来ない種であっても会話する事が出来、自在に操れる。


 また、魔力結晶と呼ばれる竜の力の塊を纏わせる事で竜の種族を変え、より強大な竜へと進化させることも可能だ。


 そのどちらも、適合率が0%のアタカには行うことは出来ない。ならば何故自分はここにいるのだろう、とアタカはぼんやり考えた。


「こちらにドレイク、雨龍(あまりょう)、リンドブルム、アムピスバエナの四種類の

 魔力結晶を用意しています。好きな結晶を選んでください」


 ルビィは説明を続け、合格者達は思い思いの魔力結晶を選び、自分だけの竜と契約していく。アタカは当然、その竜達の事も知っていた。


 四本の脚とコウモリの様な翼を持つ最も代表的な竜、ドレイク。

 青い蛇の様な身体に強い魔力を持つ龍の幼体、雨龍。

 前足のかわりに翼を持ち、飛行能力に優れる翼竜、リンドブルム。

 強力な毒と力強さを持つ双頭の蛇、アムピスバエナ。


 もし適合率が1%でもあったなら、アタカも彼らに混じって嬉々としてどの竜にするか悩んでいたはずだ。ずっと想像していた光景は、目の前にあると言うのに今までで一番遠い。


 どうやらルルは雨龍にしたようだったが、今のアタカにはどうでもいいことだった。


「アタカ君」


 ぼんやりとしていた所にかけられたルビィの声に、アタカははっと我に返った。


「好きな子を選んでください」


 にっこりと笑い、彼女は竜舎のパピー達を示す。


「でも、僕は……」


「アタカ君も、竜使いです。ですから、竜を貰う権利があります。

 ……魔力結晶は使えないので、パピーのままですけど」


 ドラゴン・パピー。竜使いたちが使う竜の基本形態であり、竜の幼体。人懐っこく調教しやすいが、その力は他の竜とは比べ物にならないほど弱い。だからこそ、魔力結晶で他の竜の力を宿して使う。


「……じゃあ、こいつで」


 アタカは何と無く、目のあったパピーを一体選んだ。あれほど望んでいた相棒なのに、正直どうでもいいという気持ちしか湧いてこなかった。パピーを扱うだけなら上級竜使いになる必要は無い。下級でも最初の4種類は扱えるのだ。


「大事にしてあげてくださいね」


 ルビィの言葉も、彼の耳には届かなかった。





 竜使いは、下級、中級、上級の三種類に分かれている。いずれも取得資格は15歳からだが、特に下からとっていく必要はないし、上位の級を取得していれば下位の物は必要ない。級によって異なるのは、利用できる竜の種別と利用範囲だ。


 下級は、最初に支給される4種の魔力結晶を利用し、日常的な助け……例えば、騎乗用にするとか、ちょっとした家事を覚えさせるとか、そういった用途に竜を利用できる。


 中級になると市販されている魔力結晶を利用し、土木工事や竜車など専門的、公的な用途に竜を利用する事が出来るようになる。


 そして、上級。魔力結晶の利用は完全に解禁され……『外の世界』への旅立ちが、許可される。


 カンカンと鳴らされる鐘の音。それは、『開門』の合図だった。


 街は分厚く高い壁によって囲まれている。それは、フィルシーダ市に限らず全ての街でそうだ。街の外には野生の竜が大量に生息している。それから人を守る為の壁だ。


 そして週に2度、壁に備え付けられた巨大な門が開かれる日がある。それが『開門』と呼ばれている日だった。上級竜使い達はその日に外へ出て、竜を駆って竜を狩る。狩られた竜は魔力結晶となり、街の発展や竜使い自身の成長に使われる。


 命がけではあるが、重要で、そして何より誇り高い仕事だ。この竜に溢れ、常に脅威に晒されている世界で、竜使いだけが竜に対抗し、そして世界を人の手に取り戻す可能性を秘めている。


「……じゃあ、いってくるね」


 旅装に身を包み、雨龍を従えたルルをアタカは門の前で見送った。


「うん、気をつけて」


 彼女とは対照的に、アタカは普段着のままで竜もつれていない。


「……約束、守れなくてごめん」


「アタカのせいじゃないよ」


 二人で上級竜使いになって、一緒に旅をしよう。幼い頃の約束は、一つ守られ、一つ破られた。同期の仲間と共に門を出て行くルルを見守り、アタカは溜息一つついて竜舎へと向かった。


 幼体とは言え竜は竜。その大きさは小さな牛ほどもある。竜使いであれば魔力を調整する事によって大きさを変えることも出来るのだが、適合率0%のアタカには不可能な事だ。仕方なく、相棒の竜は市長の好意で市の竜舎に置かせてもらっていた。


「……おいで」


 アタカが相棒だと言う事を認識しているのか、パピーは仔犬の様に尻尾を振ってアタカについてくる。彼はそのまま、訓練場へと向かった。そこは市が建てた竜を訓練する為の施設で、訓練や調教のための様々な設備を無料で利用する事が出来た。


「炎のブレスを吐くんだ」


 鉄で出来た目標を指差し、アタカはパピーに命じた。しかし、彼の言っている事がわかっているのかいないのか、パピーは尻尾を振ったまま彼の顔を見上げるばかり。


「爪で切り裂いてもいい。体当たりだっていい。なんだっていいから、攻撃してくれ!」


 竜使いであれば己の相棒と心を通わせ、会話を交わすことが出来る。事実、ルルは最初から幾つもの魔術を雨龍に使わせ、自在に操って見せた。彼女ほど適合率が高くない竜使いだって、何の技も使わせられない者などいない。


 戦わせることも出来ない。意思の疎通も出来ない。そんな竜使いは、アタカだけだ。


 声も出さず、ぎゅっと拳を握り締め。伝う涙が地面にぽつぽつと染みを作った。

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