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第04話 商業都市サハルラータ-1

「うん……もう大丈夫そうだ」


 ほっと息をついて頭を撫でるアタカに、クロは機嫌良さそうにウォウと鳴いて答えた。車輪蛇との戦いでついた傷はすっかり癒えた様だ。


「よぉ、早いな」


「ムベさん、おはようございます」


 馬小屋の入り口に立っていたムベに挨拶すると、彼も「おはようさん」と挨拶を返し、クロを乱暴に撫でる。


「クロもおはような。……部屋にいねぇと思ったら、やっぱりここだったか」


「はい……さすがに部屋に入れるのは断られました」


 普通の竜であればある程度大きさを調整できるが、適合率0%のアタカはそうも行かない。仕方なく、馬小屋を借りてそこにクロを入れていた。


「その、エリーは……」


「部屋で寝てる。次の開門は無理そうだな」


 竜の再生能力は人のそれよりも高い。しかしそれでも、鱗がボロボロになるまで竜車を引いたエリザベスはしばらく休養が必要だった。


「すみません、もっと早くに吉弔を使ってれば……」


「気にすんな。むしろお前が気付いてくれたお陰で勝負にも勝てたし、

 あの程度で済んだんだ。エリーも喜んでたぜ」


 それは気休めでなく、本当の事だった。例え言葉を交わせなくても、3年も付き合っていれば性格は大体わかる。エリザベスはああ見えて、誰よりも気高く負けず嫌いだ。


「ナガチに勝って溜飲を下げたのは、俺とお前だけじゃねえって事さ」


 ムベの言葉に同意するように、クロが一声鳴く。


「さて、辛気臭い話はここまでだ! メシでも食いに行こうぜ。

 お前サハルラータは初めてだろ?」


「はい」


 頷くアタカにムベはニヤリと笑みを浮かべた。


「じゃ、案内してやる」


 首をかしげるアタカに、ムベはニヤニヤとした笑みを顔に貼り付けたまま「ついてきな」と促した。




「う、わぁ……」


 目の前に広がる光景に、アタカは目を丸くして思わず声をあげた。アタカ達がとった宿から1時間ほど竜車に揺られ、たどり着いたサハルラータの中心地。そこは、今までアタカが見た事がないほどの賑わいを見せていた。


 辺りにはレンガ造りの巨大な建物が幾つも立ち並び、空が見えないのではないかと言うほど。その建物の間には広い道が通っていて、馬車や竜車が忙しく行き交っていた。建物と車道の間には一段高くなっている歩道が敷かれており、アタカが今まで見たことが無いほど大量の人々が波の様に歩いていた。


「どーだ、腰を抜かしたか?」


 からかうように声をかけるムベに、アタカはぶんぶんと首を縦に振った。


「ここサハルラータは、大陸で一番栄えてる街なんだ。

 ここに比べりゃフィルシーダなんざ田舎だね、田舎。道も一車線しかねぇしよ。

 南にフィルシーダ、北にディスティーア、東にシルアジファルア。

 三つの街に挟まれて、周りも比較的弱い竜しかいないこの街は流通の中心なのさ。

 人呼んで商業都市サハルラータだ。覚えとけ」


 アタカはまるでそれ以外の動きを忘れたかのように、こくりこくりと頷きながら目の前の情景に釘付けになっていた。


「……物珍しいのはわかるけどな、そんなにじろじろ見るなよ。

 ちょっとみっともねぇぞ」


 少し呆れた様子で呟くムベに、アタカははっと我に返る。


「す、すみません! 珍しい竜がたくさんいたもんで」


「そっちかよ!」


 街中では邪魔になるという理由でアタカはクロを連れていないが、肩に乗せられる程度に竜を小型化できる竜使いは、相棒を伴って出かけている者も多い。フィルシーダでは見る事が出来なかった竜を多く目の当たりにして、アタカの興奮は最高潮に達していた。


「竜見物も良いけどな。それ以外にもこの街には色々集まるんだぜ。

 ……例えば、魔力結晶だ」


 その言葉にアタカは表情を引き締めた。


「竜使いにとっちゃ誰だってそうだが……

 特にお前にとって、魔力結晶が大事だって事はもうわかってるよな?」


 アタカはこくりと頷いた。使い捨てであろうと、野生の竜とほぼ同じ程度の力を使える魔力結晶はアタカにとって大きな武器だ。極端な話、無限に魔力結晶を持っていればあらゆる竜を同時に使役しているのとさほど変わらない。


「とは言え、普通に狩りをして手に入れるんじゃそのうち破綻する。

 そもそも竜を倒すのに魔力結晶を使っちまうからな。だから金で手に入れるのが

 得策ってわけさ。それ以外にも魔導具や雑貨、最新流行の服まで、この街で

 手に入らないものは殆どねぇ。しばらくはここを拠点にして稼ぐのがいいだろ」


「魔力結晶はどこで買えるんですか?」


 アタカの素朴な問いに、ムベは顎をしゃくってみせる。


「この辺の店は殆どそうだ。が……」


「え、あれ店なんですか!?」


 驚き叫ぶアタカに、ムベはまたニヤニヤと笑った。


「なんだと思ってたんだよ」


「いえ、その、大きな宿か民家かと……」


「あんな民家があってたまるか! デカすぎるわ!

 ……ま、フィルシーダじゃ店といやぁ、露店みたいなのが普通だもんな」


 ムベは高く聳え立つ巨大な建造物を見上げる。


「ここらへんのは百貨店って言ってな。デカい建物の中に色んな店がつまってんだ。

 便利だがその分高い。安く買うならやっぱり専門店街だな。……ついてきな」


 ムベはするすると人ごみの間を歩いていく。アタカは慌ててそれを追いかけた。その巨体にも関わらずまるで無人の道を行くが如く歩くムベに対し、アタカは人にぶつかったり、段差でよろけたり、向かい合う人と互いに避けようとして左右に揺れるのを繰り返したりしながら何とかその背についていく。ムベの背が高いので見失う心配だけは無いのが幸いだった。


「す、ごい、人ですね……」


 ようやく人の波が途切れ、アタカははあはあと荒く息を吐いた。同時にクロを連れて来なくて良かったと安堵する。


「まあな。俺はここの生まれだからこんなもんかって感じだけどな」


 細い路地に入り、人気の無い道をムベはずんずんと進んでいく。


「そうだったんですか。道理で慣れてるんですね」


「ああ、この辺は庭みてーなもんだ……ついたぜ」


 ムベが示したのは、路地裏の奥にひっそりと佇む看板も何も無い扉だった。戸惑うアタカをよそに、ムベは無造作に扉を開けて声を張り上げる。


「よう、ババア、いきてっか!」


「……相変わらず煩い男だねえお前は。客の前だよ、静かにおし」


 薄暗い店内には所狭しと魔力結晶が並んでいた。奥のカウンターには老婆が座り込んでおり、客が二人品物を物色している。二人とも、若い少女のようだ。


 そしてその片方の後姿に、アタカは見覚えがあった。


「……ルル?」


 名を呼ばれた少女は驚きの表情で振り返り、アタカの顔を見て更に目を見開いた。表情は一瞬にして花開くように笑顔になり、彼女はアタカに駆け寄ると彼にぎゅっと抱きついた。


「アタカ! どうしたの? 何でここにいるの!?」


「魔力結晶を買いに来たんだ」


 アタカがそう答えると、ルルは彼の手を握ってぴょんぴょんと飛び跳ねる。


「じゃあ、竜使いになれたのね!」


「その人が、いつも言ってた例の彼?」


 嬉しそうに笑うルルの背後から、もう一人の少女がひょいと顔を出す。


「うん。あ、こっちは今私とパーティを組んでるカクテ。

 ……名前と顔は知ってるよね?」


「ええと、うん」


 少女を紹介するルルに、アタカは記憶を探りつつ頷いた。ぼんやりとだが、その名前と顔には覚えがある。


 カクテはルルより少し背の低い少女で、帽子を被り三つ編みを長く腰まで伸ばしていた。くりくりとした大きな瞳はどこか悪戯っぽい輝きを持っており、猫の様な見るからに活発な印象を与えた。


「確か、僕らと同期の竜使いだよね?」


「そーそー。よろしくね!」


 アタカとルルが受けた竜使い試験の時に、彼女も合格者の中にいたはずだ。何とか記憶の彼方からその情報を引っ張り出すと、カクテは嬉しそうに頷いた。


「はじめまして、お嬢さん(フロイライン)

 僕は今アタカ君と組んでいるムベと言うものです。こちらこそよろしく」


 出来うる限りのにこやかな笑みを浮かべ、爽やかな声でムベはそういい手を差し出した。


「……キモい」


 その顔を見つめ、眉を顰めてカクテははっきりそう言った。


「ちょ、カクテ! 幾らなんでも初対面の人に失礼だよ。

 本当の事でも思ったこと何でも言っちゃ駄目だって……」


 あっ、とルルが口を塞いだときにはもう遅かった。ルル、それはフォローじゃなくて止めだよ……とアタカは内心がっくりと肩を落とす。


「ちくしょーーーー! アタカ爆発しろ!」


「ええっ!? 何で僕!?」


 ムベは叫び、店を飛び出した。

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