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第03話 ドラゴン・レース-4

「さぁて、早速使わせてもらうぜ、アタカ」


 ムベはアタカから受け取った魔力結晶を龍馬に押し付ける。すると、硬さを持っているはずのそれはまるで実体が無いかのように竜馬の身体にするりと溶け込んだ。


「エリザベス! 『車輪蛇』オン!」


 エリザベスの身体が光り輝き、馬のようだったその姿は瞬く間に大蛇へと姿を変えた。


「車輪蛇同士なら勝てる……と思っているのなら、それは早計と言うものだよ」


「そりゃこっちの台詞だ。適合率が高いから勝てると思ったら大間違いだぜ」


 嘲るように言うナガチに言い返し、ムベは御車台に腰を下ろす。


「じゃあ、行くぞ」


 昨日と同じ竜使いの男が合図役を請け負い、両者の間に入って手を高く掲げる。


「レディ……スタート!」


 竜の炎を合図に、二台の竜車は同時に走り出した。瞬く間に龍馬を抜き去っていった初日、二日目とは違い、その速度はほぼ互角。……いや、僅かながらムベの竜車の方が先んじていた。


「おおっ!」


 それを追いかけながら、観客の竜使いたちが沸き立つ。


「いけっ、負けるなよムベ!」

「ナガチ、そんな奴に負けたら恥だぞ!」


 無責任な野次を受けながらも、ムベは手綱を操る事に集中した。第二の休憩地からサハルラータまでは、二日目のルートと違いほぼ直線。更に車輪蛇を操っている為、ショートカットは望めない。となればやはり、その勝敗を決めるのは御者である竜使い達だ。


「左だ、エリザベス!」


 左に曲がる道を、ムベは手綱を引っ張りながら叫んだ。エリザベスはぐんと身体を傾け、竜車の軌道を変える。その外を、ニヤリと笑みを浮かべながらナガチの竜車が抜いていく。


「くっ……負けるな!」


 手綱を緩め、ムベは前進を促す。じわじわとエリザベスはナガチの竜に追いつき、そして追い越していく。直線ではムベが、カーブではナガチが勝っている様だった。


 同じ種類の竜になっても、その能力には差異が生じる。それは、魔力結晶ではなくそれを纏う竜の能力差によるものだ。元になる竜自身が良く鍛えられ成長していれば、魔力結晶を纏うと野生の竜を超える力を発揮する。エリザベスがナガチの竜よりも早く走れるのは、彼女がより鍛えられているからに他ならない。


 それに対し、カーブで負けてしまうのは適合率の問題だった。適合率には、俗に『30%の壁』と呼ばれるものがある。適合率30%を切る竜使いと竜は、漠然と互いの感情や意思が感じられるだけで具体的な言語でのやり取りは出来ない。


 これが30%を越えると、離れていても念話によって意思を疎通し、会話を交わすことが出来るようになる。指示で伝えられる命令の細かさに、適合率30%を境に大きく隔たりがある。それが『30%の壁』だ。


 ナガチは低いながらもその壁を越え、ムベは越えていない。それは、多少の竜の能力を覆すほどの大きな差だった。


 ムベは指示をするのに、手綱を引き、声を出さなければならない。手綱を引かれればどうしても速度は落ちる。それに対して、ナガチは念話で己の相棒と言葉を交わすだけでいいのだ。しかもその精確さはムベとは比べるまでも無い。適切なルートを選び、無理なく道を曲がるナガチに比べ、ムベの竜車はぎこちなく曲がらざるを得ない。


「口ほどにもないな? 大きな口を叩いただけの腕を見せてもらえないのかね?」


「うるせぇ、これからだ!」


 叫び返しつつも、ムベはその表情に焦りの色を浮かべていた。この辺りまでは街道は比較的真っ直ぐに走っているが、後半になるにしたがって道はぐねぐねと蛇行しているのだ。勝つにはこの辺りで引き離さなければならない。


 少しでもスムーズに曲がれるよう、ムベは手綱と道の様子に全神経を集中する。しかし、その集中は突然の揺れによってすぐに中断された。


「てめぇ……!」


「言った筈だよ。多少の『事故』はあるかも知れないとね」


 原因はすぐにわかった。ナガチが、竜車をぶつけてきたのだ。カーブで竜車が外に膨らむのを装い、ナガチは竜車をムベの竜車にぶつける。ただでさえアウトコースを走るムベは街道からはみ出さないように手綱を捌くので精一杯だ。


「くそっ、この野郎!」


 仕返しにこちらもぶつけようとしても、ナガチはすっと竜車を減速させてそれをかわし、勢い余って街道から飛び出した彼を横から鮮やかに抜き去る。


「チッ、やっぱり街道じゃねぇと……!」


 エリザベスから流れ込んでくる苦悶の声に、ムベは舌打ちした。動力が彼女である以上、竜車の重みはエリザベスに全てかかる。整備された街道ならまだしも、鋭い石がたくさん落ちているでこぼこの地面を竜車を引いて進むのはかなりの苦痛のようで速度も出ない。


「こりゃあ、勝負は決まったな……」


 観客は口々にそう呟く。残る道に直線は殆ど無い。誰もがナガチの勝利を確信した。


「……エリザベス! お前なら……いける、そうだろ?」


 たった一人と一匹を、除いて。


 キュイ、とエリザベスは甲高い声をあげてムベの言葉に応える。ムベは歯を食い縛り、無理やりに笑みを浮かべ、叫んだ。


「ああ……お前は、最高の女だよォ!」


「諦めの悪い男だね、キミは」


 呆れたように息をつき、ナガチは己の竜に命じて竜車の尻をぶんと振らせた。その先には回転するエリザベスの姿。


「おおおおおおおお!!」


 ムベはその手綱を引きながらナガチの竜車を腕で殴りつけ、エリザベスを守る。それと同時に彼の竜車は街道からはずれ、完全に外に飛び出した。


「愚かな……」


 右腕から血を滴らせ、己の竜を傷つける彼を見てナガチはあざ笑う。ムベは涙を流しながら、それでも手綱を振るった。


「痛いッ! 痛いなッ! エリザベス!


 だが、頼む……! 走って、くれ!」


 そう叫び、ムベは手綱を放した。手綱で強制されることはなく、適合率の低いムベの命令は殆ど束縛力を持たない。


「ギィッ!!」


 それでも、エリザベスは任せろとでもいいたげに一声鳴くと、道なき道を真っ直ぐ走り始めた。鱗が削げ、傷ついてもその速度は全く衰えず、ただ一心にゴールを目指す。


「馬鹿な……! だが、それでも勝ちはワタシのものだ!」


 血を流しながら走るエリザベスを驚愕の表情で一瞥しながらも、ナガチは鞭を振るった。


「ゴールディ! あんな竜に負けることなど許さんぞ!」


 ナガチの竜は不満げに目を細めながらも、最後の力を振り絞って加速する。相手はショートカットしているとは言え、その速度差は明らかだ。このままで行けばギリギリナガチが勝つ。


「ムベさん! これを!」


 その時、アタカははっとあることに気付くと、叫びつつ竜車の中から青く輝く石をムベに投げ渡した。


「お前、これは……!」


「エリーに! 使ってください!」


 目を見開くムベに、アタカは頷いて見せた。


「なるほどな……ありがたく、使わせてもらうぜ!」


 ムベはその魔力結晶を高く掲げ、魔力を通しながら叫ぶ。


「『吉弔』リリース! 発動……『竜麟甲』!」


 巨大な亀竜の幻影が現れ、半透明に輝く竜の鱗が何重にもエリザベスを包み込んだ。原理は魔力タイヤと全く同じ……いや、それ以上だ。鋭く尖った竜の鱗の結界は、エリザベスの身体を守りながらもガッチリと地面を掴み、推進力へとかえる。


「なんだとぉ!?」


 その叫びは、ナガチだけでなく他の竜使い達全員のものだった。この二人が吉弔の魔力結晶を持っていること自体も驚きだが、それを使って車輪蛇を保護し悪路での走行を可能にするという発想も、誰も考え付かない事だった。


 エリザベスは一気に加速し、舗装されて無い地面を軽やかに駆け抜ける。ナガチの竜車をあっという間に抜きさって、彼女はゴールへと飛び込んだ。





「よぉ、旦那。お早いおつきで」


 ごろごろと竜車を引いて宿へとたどり着いたナガチに、気さくに手を上げてムベは皮肉を投げかけた。既に互いの荷は商人に渡し、報酬も貰っている。ナガチは竜車から降りると、無言でアタカへと近付いた。


「なんだ、やんのか?」


 ぐっと拳を構えてみせるムベをよそに、ナガチはじっとアタカを見つめる。


「な……なんですか?」


 戸惑いながらアタカが声をあげると、唐突にナガチは破顔して彼の手を握った。


「いやー、アタカ君! 実に素晴らしい!

 さすがは試験を一位で突破しただけの事はある! このナガチ、キミに敬服したよ!」


「え、え……?」


 人が変わったかのようなその態度に、アタカは目を白黒させた。


「これは約束の報酬だ。受け取ってくれたまえ」


 そう言ってナガチは1000シリカ紙幣を2枚、アタカに手渡した。


「あ……ありがとうございます……?」


 アタカは受け取った紙幣を思わずじろじろと眺めた。間違いなく、本物の1000シリカ紙幣だ。そう簡単に偽造できるものでもないから、偽札の可能性は低い。しかしそれなら、ナガチはもっと悔しそうにするものだと思っていた。


「……おいナガチ。お前今回の件で、幾ら儲けたんだ」


「何を言っているんだい、ムベ君。ワタシはキミたちに負けて、これこの通り、

 2000シリカを丸々無駄にしたわけだよ」


 にこやかに言うナガチを、ムベは眉を寄せて睨む。


「おいアタカ、お前、賭け事で必ず儲ける方法知ってるか」


「え? ええと……キチンと分析して勝率が高い方に賭ける事ですか?」


 突然問われ、困惑しつつもアタカは答える。しかしムベは首を横に振った。


「胴元をやることだよ」


 その言葉にアタカはようやく彼が言いたい事と、ナガチがした事に思い至る。つまりナガチはこの竜レースで賭博をひらいていたのだ。勿論、そうとはわからない様に代理くらいは立てただろうが、それぞれの掛け金を集め、当たった人にある程度配当し、残りは自分の懐に納めれば絶対に損する事は無い。


「……まさか、わざと負けたんですか」


 睨みつけながらそういうアタカに、ナガチは声をあげて笑った。


「いやいや、勝負は手を抜かずに全力でやったよ。勝ってそっちの報酬がもらえるなら

 それに越した事は無いしね。……だが、ある意味負けてよかったとも言える」


 良くわからない物言いに疑問符を浮かべるアタカの目を覗き込み、ナガチは蛇の様な笑みを浮かべた。


「ワタシはね、まあはっきり言って竜使いの中じゃ底辺中の底辺だ。

 適合率は低いし、竜扱いも上手くない。だが、一つだけ他人に自慢できる事がある。


 それは、『儲け話は絶対に見逃さない』って事さ」


 アタカは自分の全てが見透かされているような錯覚を覚え、僅かに身を震わせた。


「アタカ君。キミは素晴らしい竜使いだ。

 竜の巣に突っ込む度胸、車輪蛇を倒す手腕、最後の機転。

 適合率なんか関係なく、キミは『金になる逸材だ』とワタシの本能が告げてるんだ。

 今回の竜レースでキミの名は上がり、キミを軽んずるものは減るだろう」


 思いもかけない相手からの評価に、アタカは驚いて彼を見返した。何よりも金銭を重視する彼にとって、『金になる』と言う評価は最高のものであると言う事が伝わってきたからだ。


「それを知れたのは、そして知らしめられたのは賭博での儲けなど

 比較にならない収穫だ。どうだい? ワタシと組んで一儲けしないか?」


 真摯な表情でそういうナガチに、アタカはにっこりと笑い、答えた。


「お断りします」


「……ほう。理由を聞いても?」


「僕は、竜を大事にしない人とは組めません」


 きっぱりと、アタカは言い放つ。するとナガチは大笑し、何度もこくりこくりと頷いた。


「なるほど、なるほど。それならば仕方ない、今回のところは諦めるとしよう。

 だが、金が必要になったらいつでも呼んでくれたまえ」


 そういい残し、ナガチは去っていった。


「……なんか、不思議な人でしたね」


 ぽつりとアタカは呟く。手段を選ばない守銭奴なのは間違いない。しかし、完全な悪人とも思えなかった。


「ま、なるべく関わりあいたくねえ奴なのは確かだ。

 さあ、初仕事を終えたんだ、ぱーっと飲もうぜ!」


「いや、僕まだ未成年だし飲めませんよ!」


 二人はそんな会話をかわしながら、宿へと向かうのだった。

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