第03話 ドラゴン・レース-1
アタカがムベと組み、海岸に通うようになってしばらくしたある日。
「どうだ、見てみろアタカ!」
「どうしたんですかこれ」
ムベが引いてきた竜車に、アタカは目を丸くした。それは市内で使われている竜車よりも明らかに頑丈そうな作りをしていて、素人目にも高価なものであることが窺い知れた。
「こいつぁ上級竜使い用の専用竜車だ。街の外で使うのを前提にしてるから、
ちょっとやそっとの竜の攻撃でも簡単には傷つかねえ優れものってわけだ。
まあその分ちょいと値は張ったが、なぁにすぐ元は取れる」
バンバンと竜車を拳で叩きながら、ムベは胸を張った。
街中で見る竜車は、木製の箱状の車体に車輪を付けただけのものが最も一般的だ。それが少し高級になると、竹で作った屋根に布で幌が張られたり、車軸に金属製のバネがサスペンションとして備え付けられたりする。フィルシーダ市内では騎竜に次いで一般的な交通手段だ。
しかし、上級竜使い用の竜車は戦車と言ったほうが近い。木造の車体はところどころ金属で補強してあり、屋根は頑丈な柱と壁に支えられている。車軸には当然サスペンションが仕込まれており、更にその車輪には『タイヤ』が嵌められていた。
タイヤとはその正式名称を『魔力タイヤ』といい、車輪の周りに防御魔術の応用で作られた領域のことを言う。この見えない防御壁は衝撃を吸収し、触れるものを弾く。結果として舗装していない道でも車体を揺らすことなく地面から一定の距離に車体を保つ効果があった。
「これがあれば、安全に次の街まで移動できるんですね」
「それだけじゃねぇぜ」
ムベは自慢気に扉を開け、中に積まれた木材をアタカに見せた。
「竜使いが金を稼ぐ方法は大きく分けて2つある。
一つは、魔力結晶を売って金にすること。もう一つが、これだ」
「……交易ですね!」
ムベは頷く。街の外には竜使いしか出ることはできない。ならば、街と街の間の物流は誰が担っているのか? ……その答えもまた、竜使いだった。もちろん、商人自身が上級竜使いの資格を取得し、自ら交易を行なっている場合もある。
しかし、多くは竜使いに賃金を払って委託するのが一般的だった。
「こいつをサハルラータまで持っていけば1000シリカになる」
「1000……! 結構な金額ですね」
シリカと言うのは古い言葉で『鱗』を意味する、この大陸での統一通貨だ。大体2000シリカもあれば家賃や食費、光熱費、税金など諸々含め一月暮らしていける。3日程度で稼ぐ額としてはかなりの物だ。
「ああ。俺とお前で分けても500。北に行けばいくほど値段は跳ね上がる。
危険だがそれだけの見返りはあるって事だな」
当たり前の様に話を進めるムベに、アタカはえっと声をあげた。
「僕も半分もらえるんですか?」
「あったり前だろ」
片眉を上げ、何を言ってるんだという表情でムベ。
「竜車ってのは街中ならともかく、外じゃ一人で引けねえ。車を引いてる間も
野生の竜は襲い掛かってくるんだからな。車を引く役と、防衛役。最低二人必要だ。
しっかり頼むぜ、相棒」
「はい!」
ぽんと頭に手を乗せるムベに、アタカは元気良く返事をした。
パチ、パチ、パチ、と。その光景に、乾いた拍手の音が送られた。
「美しい友情だ、感動的だ」
手を叩きながらアタカたちに近付いてきたのは、背の高い奇妙な男だった。すらりと長く細いその身長は大柄なムベと同じくらいの高さを持っていたが、重さで言うと半分くらいしかないのではないかと言うほどやせ細っていた。
それに合わせて設えたかのように目も細く、アタカを値踏みするかのようにじろじろと視線を這わせている。整った顔といっていい範疇ではあったが、どこか爬虫類じみた蛇を思わせる印象の男だ。
「……なんの用だ、ナガチ」
威嚇するように低い声で、ムベはその男の名を呼んだ。
「儲け話を持ってきたのさ」
ナガチと呼ばれた男は芝居がかった動作でそういうと、ムベの竜車を一瞥した。
「お知り合いですか?」
「顔見知り……いや、名前と素性を知っているってだけだ」
アタカの問いに、ムベは吐き捨てるように言った。
「ナガチ。竜使いの中の嫌われもんさ。ロクな奴じゃねえ。
相手すんな」
「嫌われ者とは御挨拶だな……キミもさして変わらんだろう、ムベ君」
ムベはじろりとナガチを睨む。強面の彼がそうするとかなりの迫力があったが、ナガチは気にした様子もなく続けた。
「ワタシもね。キミと同じような依頼を受けたのだよ、ムベ君。
そこで一つ、賭けをしようじゃないか。ワタシとキミ、先にサハルラータに
ついた方が、それぞれの依頼料を総取りにする。どうだい、悪い話じゃないだろう?」
「そんな話に乗るほど金に困っちゃいねえよ」
にべもなく言い返しながら、ムベは出立の準備を始める。
「そうかね。やはり落ち零れの竜使いには怖くて勝負には乗れないかね?」
「ああ、それでいいよ。アタカ、相手にすんなよ」
ムベは気にせず竜車の中に荷物を積み込む。次の街、サハルラータまでは竜車で三日の距離だ。食料の類もたっぷり用意しておかなければならない。
「アタカ君と言ったか。君も落ち零れらしいな。
『集会所』では随分と噂になっていたよ。
試験は一位、適合率はワースト一位、とね」
アタカもムベも、ナガチの言葉は無視して黙々と荷物を積み込む。反応を見せない二人にナガチは少し考え込み、厭らしい笑みを浮かべ、続けた。
「しかし君達の竜も可哀想だ。こんな無能な主人に揃って仕えなければならないとは」
ピクリ、とムベのこめかみが引きつる。
「ああ、それとも……
愚図な主人の飼い竜はやはり愚図なのかもな」
その言葉に、ムベの堪忍袋の緒は切れた。
「もう我慢ならねえ! 俺の事はいい、だが竜の事を言われて黙ってられる奴は
竜使いじゃねえ! 止めてくれるなよアタ……」
拳を硬く握り締め振り返ったムベが見たものは、ナガチを思いっきり殴り飛ばすアタカの姿だった。
「……すみません、ムベさん」
「い、いや、胸がすっとしたぜ。良くやったアタカ」
しょんぼりとした様子で頭を下げるアタカに、ムベは若干引きながらもそう答えた。
「……お前、案外気短かったんだなあ……」
「すみません、竜の事になると……」
ぽつりと漏らしたムベの言葉に、アタカはますます身を小さくする。殺すんじゃないか、という勢いでナガチをボコボコにするアタカを、ムベは思わず止めた。羽交い絞めにして尚暴れるアタカの力の強さにムベは驚く。
この若さで試験一位突破は伊達ではない。魔術的な知識や能力はもちろん、身体能力もアタカは大人顔負けの実力を持っているのだ。悲しいかな、人の身ではどんなに強かろうと竜に敵う事は無い。しかし、人対人であればアタカの拳は十分凶器になりうる強さを秘めていた。
「過ぎた事はしょうがねえ。こうなったら何としてでも勝って、あいつの分まで
報酬を頂くしかねえ!」
アタカにこれでもかと言うほど殴られ、血だらけになりながらもそんな約束を取り付けていくナガチもかなりの物だ。
基本的に、竜使い同士の諍いは御法度だ。先に挑発したのがナガチとは言え、手を出してしまったのはアタカの方。それを盾に結局勝負を突きつけられたのだった。
「竜車はクロが引くんですか?」
ムベのドラゴン・フライは、どう見ても車を引くのには向いてそうも無い。アタカがたずねると、ムベは「そのつもりだったがな」とかぶりを振った。
「勝負となりゃ、パピーじゃちょいとばかり力不足だ。エリザベスに引かせる」
ムベが名を呼ぶと、ドラゴン・フライは同意するようにチャッチャと顎を鳴らした。
「エリザベス! 『龍馬』オン!」
ムベの声に応え、ドラゴン・フライの身体が光り輝く。そして、光の玉の様になった身体は大きく広がり、手足が伸び、首が長く太く生え、やがて一頭の立派な馬の様な姿へと転変した。
「……これは、完全定着……!」
「おう、流石よく勉強してんな。これがエリーの一個前の姿だ」
竜使いの竜は、魔力結晶を使うことでその姿を変化させる事ができる。そして、魔力結晶を使うたびにその力は『定着』していき、最終的には魔力結晶を使わなくても自在にその姿に変身できるようになる。それが『完全定着』だ。
「こいつは龍馬。戦闘能力じゃドラゴン・フライに劣るが、足の速さは折り紙つきだ」
ムベは龍馬の首をぽんぽんと叩きながら言った。大きさは普通の馬よりも一回り大きい。首筋からは何本かに枝分かれした鹿の様な角が生え、全身は滑らかな鱗で覆われている。頭から緑色のタテガミが生えていて、尻尾まで続いていた。
これは本当にさっきまでのドラゴン・フライと同じ竜なのだろうか、とアタカが龍馬を見上げると、彼女はぶるんと鼻を鳴らしアタカの顔をぺろりと舐めた。
「さあ、馬車に乗り込め。ドラゴン・レースの始まりだ。
露払いは頼むぜ、アタカ、クロ」
「任せてください!」
アタカと同意見だ、とでもいいたげにクロは吼えた。




