異界の魔獣使い19
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「チュリム伯爵は、そのようなことをする者とは噂にもないはずだが…」
確か魔獣の家畜化に、意欲的な人物だったはずである。
チュリム伯爵の領地は、エブラード王国西側の高原地帯にありそれを利用して羊毛産業を発展させるべく、実験を繰り返し行っていたはずだ。
元々は、魔獣の中でも比較的おとなしい種を掛け合わせを繰り返し、家畜化させることに成功させた功労者として知られている程度なのだが、現在は数は少ないが王都などに羊毛や毛糸、羊肉の流通をさせていたはずである。
「んなこと言ってもさ、チュリム伯爵の息子が連れていってるんだぜ」
なんでも雇った冒険者くずれか、傭兵のような者を引き連れているらしい。
「村は、羊毛産業をしているのか?」
「ああ。始めたころは、チュリム伯爵もよく顔だしたって聞いたけどよ。10年も昔だぜ」
今は姿もみせず、息子が代理だと言う。
10年前までは、本人の姿を見たと言うのだが、気づけば王都から呼び寄せたと言う息子に代替わりして
現在の状況が出来上がっていたらしい。
「リック。今日はどこに宿をとっている?」
手で上を指すしぐさをする。
「ここの二人部屋をとってる。ここなら安いし、冒険者ギルドで襲う馬鹿はいないだろう」
「確かにそうかもしれないが、部屋を引き払って私についてきてくれないか」
「どこへ行くんですか?」
リファが聞いてくる。
「チュリム伯爵は、元々魔獣の家畜化でここの魔獣使いギルドと繋がりを持っているはずだ。そうなると魔獣使いギルドの方が、チュリム伯爵に詳しいかもしれない」
どうも何かを見落としているような気がして、それなら知っていそうな人物を探して聞いた方が早いのではと考えたのだ。
「でもよ、追っ手いるんだろう?」
「追ってこようが、なんとかなるはずだ。半年も逃げ切っていたんだ。今更じゃないか?」
追う理由は、リファを手に入れることか、二人の排除ではないだろうか。
まだどちらか分からないが、動くなら早いほうが良いはずだ。
「遮断を解除する。冒険者ギルドの1階で待っているから、ここを引き払ってくれ」
二人がうなずくのを確認してから、遮断の解除をした。
店内では、こちらを伺っている様子の男連れに注意しつつも、一体何が起きているのかと思うのであった。
◆◆◆◆
「なぁ…ここって魔獣使い以外が入ってもいいのか?」
ポカーンと見上げた先には、空を飛ぶ優美な魔獣が発着陸している。
飛行系の魔獣は、町の上空を飛ぶのはかまわないのだが、必ず発着陸はこのギルドからと言う規則がある。
違反した場合は、現金での罰則となるようだ。
「すごいねぇ~」
この町に来てから魔獣使いの姿をみるが、魔獣使いギルドがこれほど大きい施設だと思っていなかったらしい。
「用があれば良いんじゃないのか?」
ギルドに依頼をしにくる一般人もいるだろう。確かにここの広さは、初めてだと驚きも大きいかもしれない。
「すっげ~。龍に彪に…」
かなり近くで見える姿に興奮しているようだ。魔獣は男のロマンだそうだ…。
『…セファ~』
タッタッタッと駆け寄って来たのはシラユキであった。
調獣士をほっぽりだし、訓練場への移動途中にセファの姿を見かけて駆け寄ってきたようだ。
微笑ましいことに、一緒に訓練する予定の魔獣の仔を引き連れていた。
「調子はどうですかシラユキ?」
『訓練…つまんない』
もっと撫でろと、セファに擦り寄る。
ここへ来た頃とくらべると、成獣並の大きさになった。
まだまだ甘えん坊ではあるが、地彪よりもやや大きくなりそうである。
引き連れてきた地彪の仔たちは、おとなしくすわっていた。
どうもシラユキを女王様扱いしているようだ。
「「ひっ彪!」」
囲まれてしまう形になるせいか、二人はやや青ざめて動けなくなっているようだ。
「怯えなくても、彪は襲ってこない」
『誰…?』
フンフンと、匂いをかいでいる。
「知り合いだ。シラユキこそ訓練はどうだ?調獣士を困らせて、いるようだな」
苦笑しながら近づいてくる調獣士に会釈する。
「お戻りでしたか。シラユキが走り出したのには焦りましたよ」
「これは我がままでしょう?厳しくしてかまいませんよ」
『む~…アタシがんばってるよ!』
誉めてよと、擦り寄る。かなりの甘ったれだ。
「いえいえ、シラユキが来てからのが楽ですね。他の彪がこの通りですから」
7頭ほどの地彪の仔は、ほぼシラユキと同じ大きさだが違いはシラユキをリーダーと思っていることらしい。
本来、彪は子育ての時にしか群れにならない。
リーダーを決め、それに合わせることはそうそうないはずなのだが、シラユキには無条件で従うようだ。
「シラユキは群れのリーダーなのか?」
『違う~。アタシの邪魔するから叩きのめしたら、こうなっただけ…』
当初は、シラユキの方が小さかったせいか、イジメもどきなことがあったらしい。
「彪は、無条件に強いと思った者に従います。シラユキは特別ですから、なおさらですね」
調獣士は、彪の習性などから考えても、地彪の仔がシラユキの方が上と認めた結果だからとのことだ。
「そうでしたか。では、シラユキ訓練に戻りなさい」
『アタシ…セファといたい~』
「訓練が終わったらいられるぞ…」
何をどう言ってもこれ以上はかまってもらえないと知っているせいか、我慢することにしたようだ。
『待たせてしまったようですまない。どうした?」
地彪に囲まれて、固まったままの二人。
流石にかわいそうだと、調獣士が呼び笛を使い連れて行ってくれた。
「はははは…」
緊張のあまりへたり込む。
「怖かった…」
まぁこれが普通の反応だろうなと思うのだ。
「ここでは魔獣と、今みたいに遭遇することが多い。いちいち反応してたらきりない」
「そりゃスーズは慣れてるかもだけどよ」
「魔獣ってしゃべるんですね…」
二人とも触れるほど近くで初めてみた魔獣が、居なくなりホッとしたようだ。