銀紫の乙女(ぎんしのおとめ)
銀髪に紫瞳の乙女に出遭った。夢の中でなければ、だけど。
最初は瞳が紫であることも知らなかった。目を閉じて頼りない小首を傾げてわたしの唄を聴いてくれて。その絹絲のように細く長い銀の髪が、さらりと振り子のように揺れていたから。そよ風もないのに。
わたしの唄を聴いてくれた。こんなわたしの唄を。暗闇ばかりが目立つ戯場で、虚空に染み込ませるよう訴えるしかない、わたしの唄を。微かな笑みを湛えて、華奢な横座りの腰を嫋やかに曲げながら。
時には、わたしの寝屋で聴いてくれた。伏せているのに煌めく紫の星を、細波のように震わせながら。枯れ果てた涙を思い出して口の端に昇らせていた、わたしの縞柄蝶の羽搏きのような微かな喉唄を。
「どうした。手を翳せ」
乙女は囚われているようだった。蒼黒い海辺の渚に立つ石造りの館に。格子の嵌った額縁から偶に喧海鳥の翼が覗くだけの、小さな昏い部屋。顔も見えぬ大男に、妖しい器具に手を翳すことを強いられていた。
わたしは唄った。魂を籠めて。だって、わたしの唄を心から聴いてくれる、ただ独りのひとだから。寠れ果てた乙女も、わたしの唄を聴くと穏やかな面差を向けてくれたから。心には、魂で応えねば。
「まだ、流せるだろう。大金貨の値打ちを示せ」
「……御前。ここまでに」
乙女を絞る男の声が聞こえる。二度と耳に納めたくない、海獺が身を捩る嘆きのような濁った声。でも、わたしの唄があなたに届いている證ね。せめてわたしの唄が、あなたの心を癒せますように。
あなたは幻なの? あなたの部屋は何処にあるの? 同じ邦かしら。同じウィラルテかしら。それとも別の世界なの? 召された魂だけが選ぶことが叶うという魔物なき世に、あなたは居るのかしら……。
「銀人は、魔力が多いという話ではなかったか」
「……御前。あまり無理をさせては」
「夢でも見ているような顔ではないか。続けさせろ」
乙女がわたしを訪れる刻は、少しずつ減っていった。橙色の混じる乾酪のように。麻袋の底の剥穀のように。甘酸く干した酒実のように。手を翳す刻ばかりが、黴や殻や種のように増えていった。
「脆いな。これ程までに脆いとは思わなんだ」
「……御前。これは大事になりますぞ」
「善処せい。それが汝の務めだ」
「無論のこと、承知しております……」
最後に映ったのは、生気が失せた小さな掌。銀の髪も紫の瞳も見えなかった。わたしの訴えは届かなかった。鼓膜を汚したのは男の侮蔑。唄も祈りも跳ね返す、水車を歪ませるような軋み声だった。
「な、なんだ、これは!」
「御前、お逃げくだされ!」
「「ひええええ!」」
最後に包まれたのは、音も色も刻も定かでない虚空。霧煙る薄明の世界。ここが魔物なき世なのだろうか。魔物なき世には、人さえも居ないのだろうか。それでも構わない。夢で唄った声は、わたしの魂に刻まれているから……。




