表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

ウィラルテ・サーガ

銀紫の乙女(ぎんしのおとめ)

作者: 紫瞳鸛
掲載日:2026/03/28

 銀髪に紫瞳の乙女に出遭った。夢の中でなければ、だけど。


 最初は瞳が紫であることも知らなかった。目を閉じて頼りない小首を傾げてわたしの唄を聴いてくれて。その絹絲きぬいとのように細く長い銀の髪が、さらりと振り子のように揺れていたから。そよ風もないのに。


 わたしの唄を聴いてくれた。こんなわたしの唄を。暗闇ばかりが目立つ戯場ぎじょうで、虚空に染み込ませるよう訴えるしかない、わたしの唄を。微かな笑みを湛えて、華奢な横座りの腰をたおやかに曲げながら。


 時には、わたしの寝屋ねやで聴いてくれた。伏せているのに煌めく紫の星を、細波さざなみのように震わせながら。枯れ果てた涙を思い出して口の端に昇らせていた、わたしの縞柄蝶しまがらちょうの羽搏きのような微かな喉唄のどうたを。


「どうした。手をかざせ」


 乙女は囚われているようだった。蒼黒い海辺の渚に立つ石造りの館に。格子の嵌った額縁から偶に喧海鳥かまびしどりの翼が覗くだけの、小さな昏い部屋。顔も見えぬ大男に、妖しい器具に手を翳すことを強いられていた。


 わたしは唄った。魂を籠めて。だって、わたしの唄を心から聴いてくれる、ただ独りのひとだから。やつれ果てた乙女も、わたしの唄を聴くと穏やかな面差おもざしを向けてくれたから。心には、魂で応えねば。


「まだ、流せるだろう。大金貨の値打ちを示せ」

「……御前。ここまでに」


 乙女を絞る男の声が聞こえる。二度と耳に納めたくない、海獺うみうそが身を捩る嘆きのような濁った声。でも、わたしの唄があなたに届いているあかしね。せめてわたしの唄が、あなたの心を癒せますように。


 あなたは幻なの? あなたの部屋は何処にあるの? 同じくにかしら。同じウィラルテかしら。それとも別の世界なの? 召された魂だけが選ぶことが叶うという魔物なき世に、あなたは居るのかしら……。


銀人ぎんびとは、魔力が多いという話ではなかったか」

「……御前。あまり無理をさせては」

「夢でも見ているような顔ではないか。続けさせろ」


 乙女がわたしを訪れるときは、少しずつ減っていった。橙色だいだいの混じる乾酪ほしちちのように。麻袋の底の剥穀むきこめのように。甘酸あまずく干した酒実さけのみのように。手を翳す刻ばかりが、黴やからや種のように増えていった。


「脆いな。これ程までに脆いとは思わなんだ」

「……御前。これは大事おおごとになりますぞ」

「善処せい。それが汝の務めだ」

「無論のこと、承知しております……」


 最後に映ったのは、生気が失せた小さな。銀の髪も紫の瞳も見えなかった。わたしの訴えは届かなかった。鼓膜を汚したのは男の侮蔑さげすみ。唄も祈りも跳ね返す、水車を歪ませるような軋み声だった。


「な、なんだ、これは!」

「御前、お逃げくだされ!」

「「ひええええ!」」


 最後に包まれたのは、音も色も刻も定かでない虚空。霧煙る薄明の世界。ここが魔物なき世なのだろうか。魔物なき世には、人さえも居ないのだろうか。それでも構わない。夢で唄った声は、わたしのたまに刻まれているから……。


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ