甘い毒の種
翌日、俺は久しぶりに「日常」へと足を運んだ。
通っている大学の講義室。教授の退屈な独白が響く中、俺は教室の隅で、周囲の風景に溶け込むように座っていた。
「あいつ、相変わらず影薄いよな」
「いつも死んだ魚みたいな目してさ。何が楽しくて生きてんだか」
クラスメイトたちのひそひそ話が聞こえる。
異世界へ行く前なら腹も立っただろうが、今の俺にとっては、羽虫の羽音を聞いているのと大差ない。彼らは俺が昨夜、数千万の金を「頂戴」し、一人の人間を地獄へ送ったことなど露ほども知らないのだ。
「いいさ。今はまだ、君たちの平穏なアリの行列を壊すつもりはないからね」
俺は心の中で毒づきながら、スマホの画面をタップした。
人との接触は極力避けるのが賢い悪党のやり方だ。対面での買い物を避け、最高級の自作PCパーツを片っ端からネット通販で注文する。
数時間後には、俺の「城」であるタワーマンションに、現代科学の粋を集めた電子部品が届くはずだ。
帰宅後。
届いたばかりの最新CPUやGPUを、俺は愛おしそうに眺めた。
だが、これらをそのまま組み上げるほど、俺は文明の利器を信じていない。
「……さて。シリコンの塊に、『魂』を吹き込んであげようか」
俺は指先を鳴らし、【演算拡張:パラレル・プロセッシング】の魔術式をパーツに刻み込む。
現代の技術では不可能なレベルまでクロック周波数を強制的に引き上げ、熱力学を無視した冷却術式を付与する。
完成したのは、スーパーコンピュータをも凌駕する
「魔導演算機 ─ アーティファクト・パソコン」だ。
デスクには、三枚の巨大なモニターが並んだ。
左のモニターには、最新のFPSゲームの画面。
中央のモニターには、秒単位で激しく乱高下する世界中の株価チャート。
右のモニターには、ハッキングによって傍受した『大東神社会』の内部通信と、秒刻みで入金が続く俺の口座残高。
「ふむ……。ゲームでヘッドショットを決めている間に、株で一財産築き、裏社会の連中が俺のために必死に働いてくれる。最高に効率的だ」
だが、これだけではまだ物足りない。
資金源は多ければ多いほどいい。俺はアイテムボックスから、異世界で「禁忌」とされていた植物の種を取り出した。
「大東神社会も闇バイトも、所詮は人の褌で相撲を取っているに過ぎない。俺はもっと直接的に、この世界の欲望を支配したいんだ」
俺は【魔法構築】と異世界の錬金術を組み合わせ、現代の化学物質には存在しない、依存性は高くとも毒性の低い「新型の薬物」の精製を開始した。
名付けて、【魂の甘露 ─ ソウル・ネクター】。
一度味わえば、魂が震えるほどの多幸感に包まれ、俺が提示する「対価」を払わずにはいられなくなる魔法の薬だ。
「既存の組織を通す必要はない。魔法で操った末端の人間を使い、独自の流通ルートをネットの深淵に張り巡らせる」
株、闇バイト、そして独自のドラッグ。
現代日本の「表」と「裏」の両側から、俺という存在が静かに、確実に侵食を始めていた。
ジャグジーから上がり、俺は三つのモニターを見つめて満足げに微笑む。
画面の中では、俺の資産がまた数千万単位で跳ね上がっていた。
「さあ、次は誰を俺の『お客様』にしてあげようかな。」




