大罪人の教育
都内一等地にそびえ立つ、超高級タワーマンションの最上階。
俺は偽造した身分と、裏カジノから「頂戴」した資金でこの城を手に入れた。
夜景を見下ろす全面ガラス張りのリビングで、片手にヴィンテージの赤ワインを揺らす。眼下を流れる車の光、忙しなく歩く人々。
「あぁ……まるでアリの行列だな。彼らは一体、何のためにあんな必死に生きているんだろうね?」
ワインを一口含み、俺は冷ややかな笑みを浮かべた。
彼らから見れば、俺もまた「善良な市民」の一人に見えるだろう。だがその正体は、異世界で国を傾け、処刑台から舞い戻った大罪人だ。
「さて、アリの行列の中に紛れ込んだ『毒虫』の掃除でも始めようか」
ターゲットは、先日情報を得た『大東神社会』の末端が使い潰している「闇バイト」の受け子だ。
俺は魔法で特定した受け子の男を追った。男は高齢者から騙し取ったキャッシュカードを手に、人通りのない路地裏へと入る。
男が「これで報酬が手に入る」と下卑た笑いを浮かべた瞬間、俺は指を鳴らした。
発動したのは、現実から切り離された固有結界――
【断絶の箱庭】。
「な、なんだこれ!? 壁が……空が、真っ黒に……!?」
路地裏の景色は消え、そこは俺と受け子の二人しか存在しない、虚無の空間へと変貌していた。
「アクション映画とかでさ、負けそうな主人公を応援する奴っているだろう?」
俺は闇の中から、ゆっくりと男に近づく。
「俺は逆なんだ。圧倒的に有利な立場から、負けているほうを徹底的に、立ち上がる勇気がなくなるまで叩き潰す。根性もプライドも折れ、絶望に染まる瞬間の顔を見るのが、たまらなく好きなんだよ」
「な、何を言って……ひっ!?」
俺は震える男の前に立ち、優しく、しかし凍りつくような声で耳に囁いた。
「君は、お金を盗まれた人の気持ちなんて考えたこともないだろう? だから俺が今から『教育』してあげるよ。……感謝してほしいな」
男の背後に、虹色の楕円形を描く空間の歪み――
【虹彩の門】が出現する。
そこから這い出してきたのは、三体のゴブリン。異世界では最弱の魔物だが、現代人にとっては悪夢そのものだ。錆びたナタを引きずり、耳障りな鳴き声を上げる怪物を前に、男は無様に失禁した。
「ぎ、ぎゃああああああああ!!」
惨劇が始まった。
ゴブリンのナタが男を切り刻み、鈍器が骨を砕く。
男が息絶える寸前、俺は指先から淡い光を放った。
「死なせないよ。まだ『教育』は始まったばかりだ」
【不滅の呪縛】。
肉体を強制的に再生させ、精神の苦痛だけを鮮明に残す蘇生魔法。
殺戮、蘇生。殺戮、蘇生。
数えきれないほどの地獄を繰り返し、男の瞳から光が消え、「殺してくれ」と掠れた声で懇願した。
「あはは! その言葉を待ってたんだよ!」
俺は愉快そうに手を叩き、透明な立方体の檻を出現させた。
その中に、飢えたゴブリン三体と、ボロ雑巾のようになった男を閉じ込める。
「ゴブリンども、エサの時間だ。……最後は、骨の一片も残さず食べていいよ」
「う、うひゃー! ぎゃんぎゃん!」
狂喜乱舞するゴブリンたちが、男に飛びかかる。
断末魔の奇声が響き渡り、やがてそれも静寂に飲み込まれた。
俺は残った肉片とゴブリンたちを、まとめて
【虚無の胃袋】へと放り込み、証拠ごと消し去った。
結界を解いた後、俺は男のスマホを操作し、闇バイトの元締めである『大東神社会』の幹部と接触した。
といっても、直接会う必要はない。
魔法的なハッキングと精神操作を組み合わせ、今後「闇バイト」で得られる収益のすべてが、俺の管理する偽装口座へ自動転送されるよう術式を組み込んだ。
夜。
高級マンションのジャグジーに身を沈め、俺は手元のスマートフォンを眺める。
画面には、入金通知のポップアップが次々と表示されていた。
「ふむ……。あのアリたちも、少しは役に立つじゃないか」
窓の外には、皮肉なほど美しい満月が浮かんでいる。
俺はワインを一口飲み、満足げに呟いた。
「今宵は、月が綺麗だ」
見ろ!人がアリのようだ!




