帰還、そして極楽
信じてください。僕は至って健全なニンゲンです。
「さてと……感動の帰還を果たしたのはいいが、一つ問題があるな」
モニターの電源を落とし、俺は自室のベッドに寝転がった。
異世界で数々の禁忌に手を染め、処刑台の露と消えた大悪党にしては、いささか所持金が心もとない。
異世界通貨の金貨や宝石の類はアイテムボックス(これも強奪したスキルだ)に入っているが、現代日本でいきなり換金すれば足がつく。
「何をするにも、まずは『円』が必要だ」
俺はニヤリと笑い、さっそく異世界の力を現代で試すことにした。
まずは腹ごしらえだ。俺は【光学迷彩】と【気配遮断】の魔法を重ね掛けし、街へ出た。
向かった先は、駅前で人気の少しお高めのレストラン。透明人間の状態のまま厨房の横をすり抜け、ウェイターが運ぼうとしていた出来立ての料理を、我が物顔でスッと皿ごと持ち去る。
監視カメラにも映らないし、誰も俺の存在に気づかない。ただ、空中に浮いたステーキが勝手に消えていくという怪奇現象が起きただけだ。
「うん、美味い。異世界の飯も悪くなかったが、やっぱり化学調味料は最高だな」
路地裏で優雅に食事を終えた俺は、次に「寝床」の確保に取り掛かった。
大通りを歩きながら、身なりが良く、いけ好かない顔をしたサラリーマンとわざと肩をぶつける。その一瞬の接触で、男の鞄から財布を抜き取り、ブラックカードを数枚『頂戴』した。
(いやいや、窃盗じゃないって。あくまで『頂戴』しただけ。あとでちゃんと返すから。……え? 信じてない? 悲しいなぁ、俺はこんなにも誠実なのに)
心の中で軽口を叩きながら、俺は次に【肉体改変】の魔法を発動させた。
すれ違った適当な通行人の姿形を完全にコピーする。顔や体格、声帯はおろか、遺伝子情報や指紋といった身体情報まで完全にその人間へと書き換える究極の偽装魔法だ。
支払いは先ほどのブラックカード。顔と体はまた別の通行人。
これで、警察やカード会社がどれだけ調べようとも、俺という存在には絶対に辿り着かない。完全犯罪の成立である。
そのままの姿で、俺は堂々と三つ星ホテルのフロントへ向かった。
本当は最高級のスイートルームに泊まろうかと思ったが、他人の金でそこまで豪遊するのは流石に申し訳ない気がした。俺にも良心というものはあるのだ。
「ジュニアスイートでお願いしよう」
案内された部屋は、文句のつけようがないほど快適だった。
ふかふかのベッドに、大浴場、そしてルームサービスの極上ワイン。
「あぁ……素敵。まさに極楽……。いや、悪魔のような大悪党が『極楽』って言うのもなんか違うか? まぁいいや」
グラスを傾けながら、俺は次の計画を練っていた。
明日は四つ星ホテルに行こう。だが、いつまでも他人のカードをスリ取って生活するのは、どうにも小悪党くさくて美しくない。深夜に空き巣に入るのも、俺の知性に反する。
「もっとスマートに、知的に荒稼ぎするとしようか」
俺は指先を鳴らし、異世界から持ち帰った『とっておき』を起動した。
それは、異世界において国が厳重に管理・秘匿していた、世界のバランスすら崩壊させかねない神の御業――【魔法構築】のスキル。
既存の魔法を使うだけでなく、己の想像力と魔力で「新たな魔法を創り出す」ことができるチート中のチートだ。
異世界ではこれを知った瞬間に隔離されかけたが、俺は当然のように看守を洗脳してスキルを奪ってきた。
「現代日本で一番手っ取り早いのは、これだな」
俺は膨大な魔素を練り上げ、一つの魔法を新造した。
名付けて、【紙幣素材感知】。
日本銀行券に使用されている特殊なインクや和紙の成分を広域で感知し、どこにどれだけの現金が隠されているかを透視する魔法だ。
これを使えば、裏社会の連中が隠し持っている「アタッシュケースに入った汚い裏金」の場所が一目でわかる。銀行を襲うより手っ取り早くて、後腐れもない。
「さて、どこの悪党の資金を『頂戴』してやろうかな」
窓から見える現代の夜景を見下ろしながら、俺は極上のワインを飲み干した。
俺の、楽しくて悪辣な第二の人生が、今ここから始まろうとしていた。
皆さんの私に対する見る目が変わっていない事を願うばかりです。




