悪魔、家事を敢行する
せっかくの休日。
契約書なんかで起こされたから二度寝……しようと思いまたベッドに潜る。
徐々に、意識を飛ばして……深淵の安楽に……向か……って………。
おかしい。
静かすぎる。
六畳一間で“もう一人”いると、だいたい物音がするものだが。
ええぃ、気になるじゃあないか。
「……ファウスト?」
起き上がると、キッチンから規則的な音が聞こえた。
カチ、カチ、カチ。
何かのスイッチを何度も押している音だ。
嫌な予感しかしない。
「何してる」
キッチンに立つ黒パーカーの悪魔が振り返る。
「開門を試みている」
「……トースターか」
トースターを相手に戦ってたらしい。
二枚まで焼ける飛び出すタイプのレトロなトースターだ。
「押しても出てこぬ」
「焼き上がるまで待て」
見ると、食パンが三枚突っ込まれていた。
二枚までしか焼けない機器だ……。
一枚分のところに二枚を貼り合わせるようにして焼いている。
食パンは四肢を押し付けられて、中身の無いホットサンドになっている。
「なぜ三枚」
「一枚では足りぬと思った」
ならまず、焼けてからもう一枚焼けよ。あわてんぼうか。
「わっざわざ無理に三枚焼かなくてもいいだろ……」
「我は四日断食していた」
「知ってる」
などと言ってるとぴょこん、とパンが跳ね上がった。
そのパンに。
ファウストがビクッ! と身構えた。
「………戻れ」
そしてなぜかまた、機器のレバーを下げる。
今、焼けたパンを再び焼き始めた。
「なに? 焼け具合が気に入らなかったのか?」
「………………」
俺の問いかけを黙殺して、恐ろしいほど真剣な目でトースターをガン見している。
「なんなんだ。どうかしたの……」
そしてパンがぴょこんと跳ね上がると。
三度レバーを下げる。
真剣でやや虚ろな目をしている。
焦げた匂いが部屋を満たす………。
………コイツ、なに?
もしかして意識飛んでる?
「おい! 何してるんだよ。真っ黒になってるだろ」
そう、ファウストの肩を突くと。
夢でも見ていたのか、ハッ! と気づいたファウストは、ようやくこっちの世界へ戻ってきた。
「あぁ……つい。すまぬ……」
「つい……どうしたんだよ。表情がブレーカー落ちたみたいだったぞ」
「いや、亡者達を思いだしていてな」
「…………………え?」
「このパンが出てくる姿がだ。毒の池に投げ込まれて這い上がろうとする亡者の姿に見えたのだ」
「それ……………食パン相手に拷問してた?」
「シフトで月に一度、拷問係が回ってくる」
「拷問する奴が当番制とかイヤすぎるぞ…………」
「………我はあの役割が好きではなかった」
「………それで意識のスイッチを切ってたのか」
―――――――――――――――――――――――――――――
とりあえずなんとか朝食の用意は終えた。
テーブルにトーストと目玉焼き。
目玉焼きも……トースターも真っ黒なんだが。
「……焦げてるな」
「火力は最大が最良と判断した」
「拷問とか戦闘理論を朝食に持ち込むな」
ファウストは真顔でフォークを握る。
「人間は朝、他に何を摂取する」
「ん〜……。シリアルとかかな」
「シリアルとはなんだ」
「牛乳かけてふやかす食い物だ」
間違ってはいない。
とりあえず一口、目玉焼きを口に運ぶ。
……焦げてるが、まぁ食えなくはない。
「どうだ」
「六十点」
「低い」
「及第点だ」
ファウストは少し誇らしげに胸を張った。
喜びの表現が分かりやすい奴だ。
―――――――――――――――――――――――――――
食後。
ファウストは部屋を見渡した。
ジィィィィ……………………っと。
そしてポツリと言った。
「……汚れている」
「そういや、ここんとこ掃除機かけてないな」
「お前は昨夜、測定不能だった」
「健康診断の話はやめろ」
「環境も影響するのではないかと考えた」
腕を組む。
「魂の純度向上には、清潔な拠点が必要だ」
「魔界の評価対策か」
「……否定はせぬ」
掃除機を引っ張り出す悪魔。
「待て、今は早朝だ」
「問題あるのか」
「壁が薄い」
「壁が薄いと掃除ができぬのか」
「近所迷惑になる」
ファウストは動きを止めた。
「……人間は、他者を気にして生きるのだな」
「集合住宅だからな」
「魔界は叫び声が常時響いている」
「嫌な世界だな」
しばし考え込む。
そして。
「では、静かにできる清掃から始める」
雑巾を持った。
なぜか姿勢が良い。
「床を磨くのか」
「魂の通り道を清める」
「………それ俺の魂の事じゃないだろうな」
四つん這いで拭き始める。
やけに丁寧だ。
隅まで。
俺はベッドに座ってそれを見る。
「なあ」
「なんだ」
「そこまでしなくていいぞ」
「必要だ」
「何で」
ファウストは手を止めない。
「貴様は半年後に死ぬ」
「またそれか」
「……だから」
一瞬、動きが止まる。
「それまでの時間ぐらい、まともに過ごせ」
雑巾を握る手に、少し力が入る。
俺は目を逸らした。
「掃除はありがたいけどな」
「だろう」
「でも魂の価値は上がらんと思うぞ」
「知っている」
拭き終えた床は、少し光っていた。
「価値は変わらぬ。だが」
「だが?」
「心地は変わる」
静かな声だった。
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その後。
ファウストは本棚を整え、テーブルを拭き、ゴミ袋をまとめた。
ゴミ袋を見つめて言う。
「不要な物は、こうして外に出すのだな」
「週二回な」
「曜日指定か」
「厳しいぞこの町は」
真剣な顔で頷く悪魔。
「了解した」
「何をだ」
「我も不要にならぬよう努力する」
一瞬、言葉に詰まる。
「……家賃払えればな」
「重いな」
「魂よりは軽い」
ファウストは小さく笑った。
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結局。
俺もキッチンやトイレの掃除をした。
部屋は―――――少しだけ綺麗になった。
六畳は六畳のままだ。
でも、空気は違う。
「……悪くないな」
「何がだ」
「二人分の朝」
ファウストは窓の外を見る。
「明日は味噌汁を習得する」
「和食まで攻めるのか」
「我は学習する悪魔だ」
「契約以外で頼む」
トースターを見つめながら、ファウストは言った。
「半年後までに」
「うん?」
「百点を出す」
「料理か」
「……いや」
そこでやめる。
俺は聞かなかったことにした。
焦げたトーストの匂いが、まだ少し残っていた。




