悪魔、魂を鑑定にかける
居候を認めたのはいい。だけど問題がまず一つ。
その前に確認だ。
「なぁ、悪魔って夜寝るの?」
「あぁ。睡眠は魔力を回復させるからな」
「そっかぁ〜……。じゃあ、ファウストをどこで寝かせようか」
「我を犬っころ扱いするな」
「……いや、じゃなくてさ」
部屋の隅(といっても全部手が届く距離なんだけど)に俺は視線をおとす。
その俺の視線の先を見てファウストも「ふん。なるほどな」と、俺の言いたいことを理解した模様。
ベッドは一つ。それもシングル。
予備の布団なんてものは無い。
「我は床でもよい」
「翼どうするんだよ。寝てる時もさっきみたいに消せるのか?」
「……折り畳む」
「いや、それでも邪魔だろ」
「邪魔ではない。これは威厳の象徴だ」
「六畳に威厳はいらん」
結果、クローゼットのケースからバスタオルを引っ張り出した。
出来るだけ厚目の物を選んだつもりだった。
ファウストに「はい」と渡すと、目を細めてタオルを指でつまんだ。
「………これで寝ろと?」
「二秒前に床でいいって言ってたのに難色かよ」
「ぐぬぅ……」
ちょっとかわいそうになってきたので、ありったけのバスタオルを渡す。
……三枚しかなかった。
「人間の文明は重ねることで厚みを出す」
「……チープな文明だな」
「またその内に安い寝具買うから」
「まぁ、贅沢は言えん」
なんとか納得を得た……はずだ、
さて、明日からどうするか。
今日が三連休の初日なのが救いだ。
――――――――――――――――――――――――――――
「………おい、心太」
「………ん〜」
「起きるのだ」
「……なんだよ。休みなんだからゆっくり寝かせてくれ……ん?」
まだ頭が寝てるわ……。
「なんか用なのか?」
「そこの物を見よ」
「ん〜………」
テーブルの上にまた黒い羊皮紙。
それが三枚に増えていた。
「またこれか?」
「改訂版だ」
ファウストが得意げに腕を組む。
バッサバッサと揺らす黒い翼がやたら邪魔だ。
「第一条。契約者は死の淵に立った際、速やかに我が名を呼ぶこと」
「昨日と同じだろ」
「ここからだ。死の淵の定義を拡大する」
「拡大するな」
「心太は働いていたな?」
「調べたのか? あぁ、社畜だよ」
「残業や連勤明け。月曜と休み明けの朝も含む」
「社会人に喧嘩売ってる?」
ファウストは真剣だった。
「人間は頻繁に『死ぬ』と言うではないか」
「比喩だ」
「比喩とは便利な逃げ道だな」
羊皮紙をめくる。
「第三条。契約者が“もう無理”と発言した場合も準死状態とみなす」
「それ毎日該当する」
「よし」
「よしじゃない」
俺はペンを取り、赤で線を引く。
「却下」
「なぜだ!」
「条文が雑」
「雑ではない! 戦略的だ!」
「悪徳商法の匂いがする」
ファウストはぐっと黙った。
そして次の紙を広げる。
「では第四条。魂の一部前払い制度」
「分割か」
「一割でどうだ」
「サブスクみたいに言うな」
真顔で首を傾げる。
「一律の方が人間は安心すると学んだ」
「どこで」
「昨夜の動画配信」
こいつ、もうWi-Fi使いこなしてやがる。
「我は研究を怠らぬ」
「その方向性は間違ってる」
ファウストは突然、指を鳴らした。
黒い光がふわりと舞う。
「魂価値を測定する」
「やめろ……うわっ!!」
刹那。
紫色をした光が俺を包む。
そして数秒後。
ぽん、と間の抜けた音がした。
「……………………測定不能」
「何だそれ」
「おそらくは生活習慣が乱れている」
「健康診断じゃねぇか!」
「栄養が偏っている」
「余計なお世話だ」
「睡眠時間が短い」
「昨夜は原因作ったのおまえだろ」
ファウストは真顔で考え込んだ。
「……魂の純度が下がると価値も落ちる」
「株かよ」
「ゆえに提案がある」
嫌な予感しかしない。
「健康的な生活を送れ」
「は?」
「貴様の魂の質を高めるのだ」
「奪う前提で育成するな」
「高品質な魂は魔界で高評価だ」
「レビュー文化あるのかよ」
ファウストは机に身を乗り出す。
「野菜を食え」
「誰目線だ」
「睡眠をとれ」
「保健室の先生か」
「運動をしろ」
「魂と健康よりストレスの方が心配になってきたな」
しばらく沈黙。
ファウストは小さく言った。
「……貴様が早死にしては困る」
「魂欲しいからか」
「……当然だ」
ほんの一瞬だけ、視線が逸れた。
俺は見なかったことにする。
「とにかくこの契約書は却下」
「では第七版を――」
「増やすな」
ファウストはうなだれた。
「なぜ人間は契約に慎重なのだ」
「歴史があるからな」
「歴史?」
「悪魔に騙され続けた歴史」
ファウストははっとする。
「……我は騙しておらぬ」
「今のところはな」
少しの沈黙。
窓から朝日が差し込む。
ファウストは契約書を抱え、小さく呟いた。
「……急がねばならぬのだ」
「何を」
「いや」
首を振る。
「次は第八版だ」
「増やすなって言ってるだろ」
こうして契約は、ますます遠のく。
もしかして……このやりとりをコイツ、毎日するつもりか?




