悪魔をスーパーへ連れて行く
―――――悪魔をスーパーへ連れて行くーーー――
黒のマント姿のまま外に出ようとするので、パーカーを投げる。
「目立つだろ。それ着てくれ」
「なんだこの服は……。我は恐怖の象徴だぞ」
「……職質の象徴になるぞ?」
注意すると「ぬぅ……」とかまた唸って渋々フードを被る悪魔。翼は消しているが、隠しきれていない威圧感。なんとも濃い後味だ。
自宅マンションを出て思考する。
まてよ……。
腹空かせた悪魔と俺、二人分なんだよな……。
近くて便利なコンビニよりも……。
「……ちょっと歩くけど、コンビニよりも破格なとこへ行こうか」
――――――――――――――――――――――――――
そしてやって来たのは、ギガマート・アライバル。
安くて24時間の安心スーパーだ。
ふと。
ファウストが自動ドアの前で立ち止まる。
そして俺の方を見て。
「これは結界だな?」
小首を傾げる。
頭上の緑色に灯ったランプの事を言ってるらしい。
「センサーだ」
俺が一歩踏み出す。
す、とドアが開く。
ファウストは目を見開いた。
「……我らを認識しただと」
「いや………赤外線な」
店内に入ると、光と音楽に包まれた。
ファウストは小声で言った。
「ここが……人間界の補給拠点なのだな?」
「まあな」
弁当コーナーの前で固まる。
「こ、これは一体………」
ズラ〜リと並んだ弁当に唖然としている。
これもしかして感動してるのか?
「カツ丼、天丼だ」
「余程に安価に作られた、と見えるな……」
あまりに沢山の丼物や弁当が並んでいるからか、気圧されたらしい。
「安価じゃない。どれもこれもみんな調理してる人が、魂込めて作ってるんだよ」
あ、やべぇ。
変に魂とか言っちゃったよ。
つぅ、と恐る恐るファウストの表情を見る。
するとなにやら「うんうん」と深く頷いて。
「人間は魂を透明な蓋で保存するのだな」などと言う。
「うん……悪かった。やっぱ違うわ」
俺は半額シールの貼られた弁当を取る。
「見ろ、これが文明」
ファウストは値札を覗き込み、震えた。
「おい……まさか……これらが半値だと言うのか?」
「そう。時間経過で価値が下がる」
「やはり魂と同じではないか」
ぽつりと呟く声が、少しだけ低い。
ほっといてレジへ向かおう。適当に食べられそうな物選んで……と。
えぇと、カツ丼2つに天丼1つ。あとは外れのない、のり弁を2つ。
うん、全部で弁当を5つ。
悪魔の食欲は分からんから多めに買った。
それらを持ってレジへ並ぶ。
カゴを持つのが面倒だから、ファウストに3つ持たせた。
しかし、今日はついてた。
夜8時を回ったってのに、かなりの数の割引弁当が並んでた。
そうして俺達の番が回ってきた。
「袋はご利用ですか?」
店員の言葉に、ファウストが反応する。
「利用……だと?」
「え……はい。有料です」
「金を払わねば袋すら得られぬのか」
また余計な事を……。
「資本主義な。ほら早く渡して」
会計が終わり、店を出ると静かに夜風が吹いていた。
風を感じているのか、それともスーパーの衝撃の余韻か、ファウストはしばらく無言だった。
「……心太よ」
「なんだ」
「貴様は……いや、おまえは、魂の価値は何で変わると思う?」
「さあな」
歩きながら答える。
「どう生きるかじゃないか」
「どう生きるか……か。あぁ、全くもってそうなのだ」
「ん?」
「我ら悪魔が魂の価値を判断するのは、その者が生きた足跡。肩書き、社会的地位などだな」
「なぁ悪魔にとって、その魂で何が変わんの?」
「……魔界の地位だ。契約をして間違いなく回収をすれば地位を得られる」
「……完全にサラリーマンじゃん」
「サラリーマンが何か知らぬが、お前が言うならそうなのだろう。しかしだ……」
「何?」
「実際に……例えばの話だが、聖職者の魂は価値が高い。そして、特に生きて何も起きなかった者の魂の価値は、自ずと価値が低いという事になる」
「……それ後者、完全に俺じゃん」
「……その2つの違いを見比べるとだ。ほんの僅かばかり輝きが違う……。が、ただそれだけだ。他には何も変わらぬ」
「変わらんの?」
「そうだ。大きさも重さも温度……。何一つ違いはない」
「……何が言いたいの?」
「人間はそれを知らぬ、という事だ。自分の臓物の色を知らぬと同じように、眩い光を放っている……ずっとな。それを当人は知らぬ」
「いや……そりゃそうだろ」
「そうなのだ。当たり前の話だ。……しかし、その魂をさらに輝かせる事に、人間は意義を見出すのではないか?」
「あ〜……そうなのかな。よく分からんけど」
ファウストは弁当の袋をじっと見つめる。
「急がねばならぬ。契約……」
また、その言葉。
「やけに焦るな」
足が止まる。
ほんの一瞬、フードの奥の横顔が翳った。
「我は魔界より“猶予”を与えられている」
「猶予?」
「魂を持ち帰れねば――」
言葉が途切れる。
自動販売機の光が、ファウストの横顔を照らした。
「持ち帰れねば?」
沈黙。
数秒後、ファウストは元の表情に戻す。
「減給だ」
「やっぱりサラリーマンじゃねぇか」
「我は管理職だ」
「部下いるのか」
「いない」
即答だった。
俺は弁当を差し出す。
「ほら」
「……これは貴様のだろう」
「やるよ。食えるだけ食え」
ファウストは固まった。
「……なぜだ」
「っていうか最初から大半を渡すために来たんだよ。四日も食ってないって……」
少しの沈黙。
悪魔はゆっくりと受け取った。
「……人間は、理解不能だ」
「よく言われる」
ふたりで夜道を歩く。
フードの奥から、かすかな声。
「――魔界では、契約を果たせぬ悪魔は価値を失う」
「株みたいだな」
「価値なき者は、存在を削られる」
さらりと言う。
軽い口調のくせに、言葉だけが重い。
「削られる?」
「記録から。記憶から。名から」
夜風が強く吹いた。
「だから急ぐのだ」
小さな声。
俺は少しだけ考える。
「じゃあ焦ってミスるな」
「何?」
「減点方式なんだろ?」
ファウストは目を瞬かせた。
「契約も人生も、焦るとだいたい失敗する」
「……貴様は、妙に冷静だな」
「死ぬつもりはまだないからな」
沈黙。
そして、ファウストは小さく笑った。
「ではしばらくは生き延びろ」
「命令か」
「……我の……頼みだ」
ライトの加減か、フードの奥であるはずなのにファウストの顔がほんのり赤く見えた。
なので、聞こえないふりをした。
―――――――――――――――――――――――――――
六畳一間に戻った。
電気を点けると、いつもの生活の匂いに包まれて安心。
ファウストはまだ渡した弁当を見つめていた。
「時間で価値が下がる、か」
「冷めるだけだ」
「……ならば、温めればよいのだな」
「うん。温めるのあっち」
俺が示した方に電子レンジ。
その前で固まる悪魔。
「操作方法が分からぬ」
「そこからか」
俺はボタンを押す。
回転する弁当。
ファウストはそれを真剣な目で見つめていた。
まるで、この瞬間が消えないように。
そして言った。
「我は人間界の事は分からぬ……」
「みたいだな」
「心太よ。貴様が契約書にサインをせぬならば……」
「なんだよ……」
また悪魔は真剣に考え込む。
なんかロクでもないことを言い出しそうな予感が。
「一時的に貴様の住処を拠点とする」
「居候宣言やめろ」
「さっきも言ったが、契約成立まで帰れぬのだ」
「何でだよ」
「……魔界からの指示だ」
「ふ〜ん、よし分かった。じゃあ帰れ」
「だから帰れぬ……! またこのやりとりをするのか?」
ちょっと声を張るとファウストは肩を落とした。翼もしょんぼりしている。
着替えたマントから翼を生やす。やっぱり翼を出せる切り込みが入っているのか。
悪魔って衣装に気を使うんだな。
なんとなく、たぶん、世界を滅ぼすタイプじゃないな。
俺も少し考えて、ファウストに突きつける。
「……家賃」
「なんだ?」
「せめて半分払え」
俺の一言に悪魔は震えた。
意味が伝わったのか?
「それは……魂より重いモノ……か?」
「たぶんな」
こうしてラスボスことファウストは、うちの六畳一間に住みついた。




