悪魔、心太。九尾弧来訪
夜、俺はソファに倒れていた。
「あぁ〜……なんか副作用に疲れた……」
ファウストが言う。
「軟弱だな」
「ファウストが言うな。ワケの分からない肉を食わせたからだろ」
その時。部屋の空気がふわりと甘くなる。
花の香り。
いや―――。
もっと濃い。
頭がぼんやりする香りだ。
「……なんだこれ」
次の瞬間。部屋の真ん中に女の人が現れた。
この前の死神じゃない。
俺は思った。
ま〜た人外かよ。
ただ、人間離れした美しさだ。
白くて長い髪に白い着物。
一見すると雪女。
しかし違うとすぐに分かる。
その絶世の女性の背後に揺れる九本の尾。
あんたかよ……。
九尾弧。
わっざわざここまで何しに。
九尾弧だとすぐに分かったのだろう、ベルクが立ち上がる。
「……これは」
ファウストが舌打ちする。
「何しに来た」
女―――九尾弧は笑った。
「やっと見つけた」
俺は言った。
「九尾弧さん。あんたメスだったの?」
「女も男もない。私は神獣だから」
「そうですか……。じゃあ帰ってください」
もうね。嫌な事しか起きなさそうだからね。
「フフフ……冷たいのう」
九尾はくすくす笑う。
……アンタキャラ変わってねぇか?
そして九尾弧は俺をじっと見る。
「ふむ……」
「なんだよ」
「そなた達が気になっておった。名は何と申す?」
「洗井心太っすけど……」
「ふむ。心太とファウスト、其方たち面白いことになっておるな」
ファウストが言う。
「触るな」
「ほう?」
九尾は楽しそうに目を細める。
「焦っておるのぉ。悪魔よ」
九尾が指を伸ばす。
俺の胸元に、触れる寸前で止めた。
「この者―――」
「やめろ」
「フフフ……魂が欠けておるな?」
は―――?
俺の、魂が、欠けてる?
「え? ちょ……どういう……事?」
「よし、では……」
九尾がにんまりと笑う。
「其方たちの魂を、儂が補ってやろう」
「……いえ、結構です」
俺が即刻、お断りすると、ファウストも。
「やめろ」
と、凄む。
「何を企んでいるのです? 九尾よ」
「企んでなどおらぬ。まぁ、よいではない……」
「カッ!!」
突然。
ファウストが自分の分身を出した。
五体の分身だ。
「九尾! 貴様を拘束する!」
「フフフ……面白い。やってみせよ」
愉悦。
九尾弧は本当に楽しんでいるようだ。
その九尾弧に。
ファウストの分身が襲いかかる。
「……失せよ」
九尾が中指と親指の腹を擦り合わせて。
パチン、と鳴らした。
刹那。
「うぉっ………」
俺を取り囲む世界が一瞬揺れる。
「なんだこれ……」
俺の体の中に何かが流れ込んできた。
それは光のエネルギーの激流。
光はするりと体内に滑り込み、勝手知ったるといった様子で、俺の奥へ奥へとズカズカ土足で入ってくる。
ほのかに温かい……か?
いや、これは……生あたたかい、だ。
体中をネロンネロンと嫌〜な感じになぶられてる気分。
あれ。
何か、自分の中が一瞬空っぽになった……気がした。
「貴様……何をした」
ファウストにも影響が出たようだ。珍しくファウストが片膝をついている。
ファウストが敗北するとこ初めて見た……。
やべぇ……。九尾弧、強ぇぞ……。
「フフ……何も。ただ、加護を与えてやったのだ」
「……何? 加護だと?」
俺はなすすべもなく跪く。
すごく。
すんごく…………小馬鹿にされてる気分だ。
「……あれ?」
なんだ。
急にパッと消えるように収まった。
特に変わった様子もないように思うけど……。
「なんも起きてないけど」
「そのうち分かる」
「それ、一番嫌なやつ!」
その時。
玄関のチャイムが鳴った。
ピンポーン。
「……こんな時間に誰だよ」
玄関まで行きドアを開ける。
そこにはまたしても見知らぬ女性が立っていた。
結構、高齢のおばさんだ。六十歳前後かな。
手には何故か白菜の入った、白いトートバッグ。
勧誘……?
……にしては奇妙だ。
「……どなたでしょう」
するとおばさんが、モジモジくねくねと体を左右に揺する。
そして。
「好きです」
と、ひと言。
……なん……だと?
やだ、すっごく怖い……。
「すみません。帰って下さい」
ドアを閉めて振り向くと、九尾がケラケラと笑っている。
「加護じゃ」
「いや! なにした!!」
「縁を強めてやった」
「何の縁だよ!!」
「全てじゃ」
「最悪だ! あんた最悪だよ!!」
ベルクが冷静に言う。
「魔力で解析しました。心太様……簡単に言えば、好意・執着・因縁それらが極端に引き寄せられる体になってます」
「人生が壊れるやつだ……」
「しかも悪魔にも効きます。私達にはどうという事はありませんが……」
「え……」
沈黙。
「またクッソ面倒な……」
その瞬間。また玄関で声がした。
「……また来ましたよ」
この声。
ドアの向こうにそれはいる……。
昨日のエクソシスト。
「あなたを救います」
「やめてくれ」
さらに、窓の外。
黒煙の人影がざわざわと揺れる。
……一体、何人いるんだよ。
そしてそれは口々に言った。
「契約しよう」
「魂をよこせ」
「愛してる」
次いで。
「助ける」
嫌なもん全部来た。
俺は叫んだ。
「加護じゃねぇ!!災害だろこれ!!」
九尾は満足そうに頷いた。
「うむ。よく似合っておる。その嫌がる顔……ずっと見ていたい」
どうする。
Siriに訊くか?
九尾どうすれば退治できるって。




