心太、ちょっぴり覚醒する
キャンプの翌朝。
とりあえず……まぁ、このトイレを流してと。
「……なんだあれ?」
トイレから出て異変に気づく。
天井の隅に黒いものが見えた。
「……?」
目を細める。
黒い煙みたいなものだ。
もやもやとなんだか蠢いている。
「ん〜〜〜?」
目をこする。世界が横に見えるように、首を左の方へと倒す。
(やっぱり見えるな……)
顔を横に向ける。
そこにはベルクから貰った布団で寝ている、ファウストの姿がある。
鼻や口から黒い霧がもくもく出ていた。
「……」
テーブルに突っ伏しているベルク。
書きかけのレポートに、顔をうずめている。
昨夜、調査報告書として書いていた途中で、気絶したらしい。
……ってかベルク、自分の部屋で寝ればいいのに。
とにかく、そんかベルクの周りにも黒い煙が漂っている。
俺はゆっくり言った。
「……なぁ……二人とも」
ファウストが片目を開ける。
「ん〜〜なんだ。もう朝か」
「その煙ってなんだ?」
「煙だと?」
「うん。顔から体からもこもこと垂れ流してるの」
「垂れ流しているだと?」
「心太様、本当ですか?」
「おわっっ!」
突如、ベルクがガバッと息を吹き返した。
そして眼鏡をかけて言った。
「黒煙のようなものが見えるのですか」
「うん。見える」
ファウストが言う。
「何のことだ? ベルクよ」
ベルクが少し考えて。
「なるほど」
と、一人で納得している。
「なるほどじゃない。それなに?」
「魔力ですね」
「……は?」
ファウストが腕を組む。
「なるほど。神域の肉の副作用だろう」
ベルクが説明する。
「魔力視覚」
「何かの役に立つか?」
「まぁ、それはおいおい分かるだろう。それより時間は大丈夫なのか?」
「……そうだった」
俺は急いで会社へ向かう支度を始める。
と。
「今日は私達もお供します」
ベルクがとんでもない事を言い出した。
「は? いや無理」
「大丈夫だ。姿を消す」
ファウストまでがベルクに同意する。
ロクな事が起きないだろうからやめてくれ。
「二人来れば、絶対に何かやらかすだろ」
「我らのことよりも、もっとマズい事が起きるかもしれんぞ」
「……どういう事?」
「それは、道々ご説明いたします。とりあえず、急ぎましょう」
「そうだった!」
急いで会社へと向かう。
普段より10分遅い。たった10分だけど、朝の10分は命取りになる。
ようやくで駅前にたどり着く。
極、微かな声で呼びかける。
「本当に大丈夫なのか?」
通話しているようにイヤホンをはめて擬装している。
充電は全くない。
すると俺の耳元付近で。
「心配しすぎだ。完全に姿も気配も消している」
「そうです問題ありません。」
そうは言ってもなぁ……。
大勢の人の流れに乗り、登り電車の方面へと……。
(……おいおい)
俺は固まった。
人間の中に黒い煙が出ている人が何人もいる。
普通のサラリーマン。
女子高生。
おばあちゃん。
「ちょっと待て」
「どうしました?」
「人間から煙出てる」
「あぁ、それらは皆、我らと同族だ」
「ど……!」
驚きのあまりちょっと声を張ってしまった。
周囲の人の視線が痛い。
声量を絞る。
「本当かよ……。おばあちゃんまでいるぞ」
「意外でしょう? だからバレません」
いや、そうなんだろうけどさ……。
「人間に化けて何してんの?」
「決まっておるだろう。契約相手を探しているのだ。心太、その者達をあまり見るな」
「なんで?」
「契約を迫ってくるかもしれぬ」
「ファウストがいるのに?」
「我は今、連中にも見えぬ」
「そっか」
「まぁ、もし来ればベルクに相手をさせよう」
「はい、私が処理いたします」
マズい事ってそういう事か。
悪魔が契約を迫るって、ファウストが俺にしたような飛び込み営業だな。
俺とあんま変わんねぇ。
ファウスト達にとっては日常のほんの些細なことなんだろうけども、人間の俺にとってはこの世の裏側をちょっとだけ垣間見た気分……ってのは言い過ぎか。
そんな微量な緊張感の中、会社へ到着。
このS県で1番小さな金融機関が俺の職場だ。
自宅マンションから電車で約、40分。
近くもなく遠くもない通勤距離。
「おはようございます」
そしてデスクへと着くと、俺はパソコンを開く。
ふと隣を見る、同僚の田中……。
おい……田中よ……お前もか。
黒煙を激しく体中から撒き散らしている。
堂々としたもんだ。
……コイツ隠す気ねぇな。
ただ、どうやってここまで潜り込んだのか、色々訊きたいところだ。
デスクの端のメモ用紙に、” コイツもかよ” と走り書きをする。
ここまで来るとファウスト達に話しかける事は出来ない。
すると。
俺が書いたメモを大きく丸で囲む。
……おいおい、勝手にペンを動かすなよ。
誰か見たら絶叫だぞ。
ちょっと悪魔の田中君に話しかける。
「なぁ……田中」
「ん?」
「”新規契約” 取れた?」
「……いや、まぁ見込み、ってばっかりだ」
見込みか……。
どっちの意味だろうか。
金融機関としてか。
あるいは……。
もう少し揺さぶってみようか。
「見込みなぁ。まぁ……そりゃ相手も ”命がけ” だしな」
俺が言うと、田中は片方だけ眉を上げて。
「まぁな……。最後の手段で、同僚から契約を貰うってのもありかな」
笑顔だけど、田中よ。目が笑ってないぞ。
そうか。
俺が田中の正体に気づいているかどうか、揺さぶってるのか。
ここは悪魔だと分かっていないフリをした方がいいか。
と、考えた束の間。
田中が大きく目を見開いて。
「ゲ……! ファ……スト様と……ベ……ク様!」
と、声を震わせる。
田中君。顔色を真っ青にして硬直しちゃった。
俺の背後で何かしたな? この二人め……。
「……洗井さんも……先に言ってくだされば。いや……すみません……」
俺に言ってるのか、独り言なのか、分からない小さな声のトーンで田中君がぶつぶつ言ってる。
デスクに向かって丸めた背中に哀愁が漂う。
いやでも、同じ悪魔でしょ?
ファウストとベルクって、そんなに恐ろしいのか?
俺はまたメモの端に。
”なぁ、この田中の中身って……二人の部下とか?”
と、質問を書いた。
” 部下よりもっと扱いは低い” と回答。
へぇぇ……。
魔界の縦社会って、人間界よりキツいのか?
それともファウストとベルクのこの二人の位がかなり高いのかもしれない。
Aランクとか言ってたしな。
お、そろそろ朝礼か。
終わったら外回りだ。
――――――――――――――――――――――――
昼休憩。
訪問先の近くにあった公園で、コンビニ飯。
二人とも仕事の時は大人しくしてくれていた。
ここなら誰かに見られても問題は無いと、ファウストとベルクは姿を出している。
もし、見られてもたまたま友人、知り合いと遭遇したと言えばいいしな。
しっかし。
行く先々で実は悪魔だったって人がかなりいた。
老若男女問わずだったけど、とりわけ女性の姿をしている悪魔が多かった。
やっぱり女性の姿の方が交渉しやすいのかな。
「ずいぶんと悪魔っているんだな」
俺が言うと、おにぎりを頬張りながらファウストが。
「ほりゃいるだろう」と、あっさり回答。
「普通に言うなぁ」
取引先のかわいい事務員さんの体中から黒煙が出てた時は唖然としたわ。
「あの人間に化けてる悪魔達は、最初からそうなのか? 赤ん坊の時から化けてたり」
「そんなワケなかろう。人間や他の動物達になる……化身と言うが、その相手はとっくに死んでいる」
「……マジか」
「契約した相手が死に、その魂を受け取り、さらに何食わぬ顔をして化身となり、さらに新しい契約相手を探す。そして、その新しく契約を交わした相手のステータスが、現状の人間より高ければ、今度はその者の化身となる。そして、その者の人生とやらの続きを行う。まぁ、当然、契約相手が命を落とした後の話だが」
「もし、相手が年配の人だったら?」
「ならやめる。察しろ……ん?」
ファウストが何かに気づいた。
あぁ、分かった。
この前のエクソシストがこっちに歩いて来てる。
えぇと、何て名前だっけアイツ……。
えぇと。
ん?なんじゃありゃ。
加藤の体からとんでもない量の光が出ていた。
「なぁ、あの……彼の体からすげぇ量のなんか白っぽい光が出てるんだけど」
「あぁ、それは聖属性ですね」
ファウストが顔をしかめる。
「それも見えるのか? どうだ鬱陶しいほど眩しいであろう?」
「うん。そだね」
「見つけましたよ! あなた!!」
名前を忘れた彼がこっちに走ってくる。
「やはりあなたは悪魔に取り憑かれている! しかも進行している! その目!!」
「え?」
「霊視の目です!!」
「……」
「ついに覚醒しましたね!! その悪魔と近い関係に……」
「……いいえ」
ふと、ベルクがパキッと指を鳴らした。
すると突然、エクソシストな彼の両脇に二人の警官が現れた。
……ベルク、警官まで召喚できんの?
ただ……この警官二人、虚な目してんなぁ。もしかして、ベルクが操ってんのか?
「すみませんねぇ。通報がありまして、お兄さんちょっと来てもらえますか」
「は? いえ、ボクは……ちょっと待って下さい!」
「……はいはい。すぐに済みますからねぇ」
「違……! 待ってくださ……」
エクソでシストな彼は警官に引きずられて、やがて姿を消した。
「ベルク。あの警官どしたの?」
「はい。ちょっと拝借しました」
そう微笑して簡単に言う。
―――――――――――――――――――――――――
仕事を終えて家に帰ると。
すっぱりと能力が消えた。
世界は普通に戻った。
俺はソファに倒れ込む。
「あぁなんか疲れた……」
ファウストが言う。
「なかなかに人間の仕事は面白かった」
ベルクが言う。
「非常に有意義な観察でした」
「俺だけそこそこのホラー体験だったよ」
その時だった。スマホが通知した。
『街中で悪魔を見たと主張する男がSNSで話題』
ニュースが入った。……もしかして、と思い動画を再生。
画面に映っているのはやっぱりあの、エクソシストだった。
「……」
「アイツ有名人だな」
「かわいそうに……」
ただ。
あのエクソシストが言った事があの後、気になった。
そして鏡の前を通る時に意識して自分の体を見た。
俺の体からも微かに黒煙が噴出していた。
それが。
なぜかファウストと繋がっていた。
この事は二人には黙っておこう。
そうなんとなく俺は思った。




