悪魔、魔界のお土産
休みが明けて月曜日の夜。
仕事を終えて帰宅。
今日は奇跡的に残業も無く、まだ六時過ぎだ。
家に帰ってくつろげる時間が少しでも長くなるのは嬉しい。料理をする時間も充分だ。
さて、今日はファウストと何を作ろうか、と激安スーパーのギガマート・アライバルに立ち寄る。店のドアをくぐると。
お……。
もう弁当が割引になってる……。
幕の内、焼き肉、のり弁にわがまま弁当。唐揚げに丼物も次々と売れている。
あ、おにぎりもある。拳より大きい一撃必殺なおにぎりだ。カキを煮た物とウナギかぁ。まず見た目が贅沢だよね。この視覚効果はヤバ過ぎる。
うん、もう今日はこれでいいか。
ベルクにも買ってっておすそ分けできるしな……。
いや……! いかん、いかん。今日はちゃんと作るんだ。
……でも、俺が作るより確実にうまいよな。うん絶対。
それにこれだけの食材を使って作ろうものなら、どうしてもコスパが上がるしなぁ。
頑張って三品作る! なんて決めて、カキを煮て、天ぷら、唐揚げを作る、なんて絶対できないぜ。いずれかを一品作っただけでそこで挫折するのは目に見えている。
うんいいや……。俺も買って帰ろ。これは英断というやつだ。決して……作るのを怠けたいわけじゃない……。
―――って、なんだろうね?
別に誰も咎めやしないのに楽な方へ行こうとすると、どういうわけか罪悪感を抱えちまうのは。
こういうのって俺だけじゃないはずだ。
日本人の気質なんだろうか。
または、ちっちゃいプライドか。
ファウストには焼き肉弁当と拳骨おにぎり。おにぎりの具材は天ぷら。
ベルクに唐揚げ弁当とウナギのおにぎり。
それと俺はのり弁当とカキのおにぎりを。
それぞれ買って、帰宅。
「ただいま」
あれ、返事がない。いつもなら仰々しく「戻ったか」なんて言うの………。
「ギャハハハ! 自由だ! 自由を得た!」
耳慣れない笑い声。
ファウストとベルクじゃない。ちょっと汚い声だ。
靴を脱ぎ、部屋へ入ると、その瞬間。
不気味な光景がそこにあった。
まず目に飛びこんだのは人参。
おそらくは人参だと思う。
ハッキリ言い切れないのは俺が知っている人参と少し違うからだ。
にんじんが口を開いて笑っていた。
「ギャッハハハハハ!!」
床をコロコロと転がりながら、笑う一本の人参。
そのボディに口が出来ているんだ。
「やっぱり土から出るんじゃなかった……。この世界は腐ってる……」
「ライト………眩しい……頭痛がする……」
「うぅ……吐き気が……止まらない……デンプンしか……出ねぇけど……」
今度は部屋の隅からブツクサと声がする。
声がするその方を見ると。
三個の男爵いもがいた。
そいつらが身を寄せ合ってブツクサと言っていた。
いかにも引きこもりだ。
「フンフフーン♪」
キッチンのシンクにも何かいる。
白い脹脛ぐらいの長さと太さ。
そこにいるのは、スポンジで自分の体を洗っている大根だった、
コイツは腕を生やしている。
そしてその腕でダスターを使って体を洗っているんだ。
えぇと……何これ?
だけど、まぁ……。
「ちょうどよかった」
俺は指定のゴミ袋を取り出す。
「明日燃えるゴミの日だ」
「待て待て待て待て!!」
俺が何をしようとしているのかを理解したのか、人参が制止してくる。そして、大根も。
「ちょっと待って!!」
と、ダスターを振り回す。
ただその二本の野菜と違うリアクションの奴らがいた。
男爵いもだ。
「いいよ、どうせ捨てられるんだ……」
「そうだ……外の世界に期待なんてしてないし……」
「ちょうど……灰になりたい……って思ってたし……」
そんな野菜の前で。腕を組んでいる悪魔がいた。
「ワケを聞かんのか?」
ファウストが言う。
「聞く必要ある?」
「ある」
ファウストの足元でベルクがメモを取っている。
フローリングの床を下敷き代わりに、せっせとレポート用紙になにやら記入していた。
「非常に興味深い状況です。私が住んでいた地域ではこんな事は起きませんでした」
「なんでこんな事になってんの? コイツら何? 魔界の野菜?」
するとファウストが。
「野菜自体は心太の冷蔵庫に入っていた物だ。いや、実はな。今日、少し魔界に戻った」
「魔界に?」
「あぁ。定期的に持ち物の確認をしておかねば盗まれたりするからな」
「治安悪……」
「魔界だぞ? いいわけがない」
「それで?」
「そこである地域を歩いた。すっかりと忘れてしまっていたのだ。その地域は、ある特殊な土が広がっている地域でな」
「特殊な土?」
「あぁ、特土と呼んでいる。ただ、土と性質と見た目が似ているからそう呼ばれているだけでな。その中身は極小の寄生虫の集合体なのだ」
「……寄生虫が集まり過ぎて土に見えるって事? うぇぇ……」
「そうなのだ。その寄生虫は自らの眷属となる………まぁ、土と相性の良いもの探して宿主とする」
「宿主……」
「つまり……」
ファウストが野菜を見る。
「その相性のいい生物に寄生して、自らの姿を変えて脳、神経、骨、筋肉、さらに活動に必要な栄養素となり、そして四肢と繋がりをもつ……。そして知性を、自我を与える。この場合、特に土と相性の良い物に……」
「土と相性のいい……」
「うむ」
「で、野菜か」
「野菜だ」
俺がにんじんを見ると、これみよがしに胸を張る。
「知性を与えられました!!」
「生きる意味が分からない……」
「体洗うと気持ちいい♪」
「よし、分かったところで捨てる」
「だから待って!!」
人参が俺の足元まで転がってきてすがりつく。
えぇい、うっとおしい……。
「待て」
ファウストが俺を制止する。
「何」
「その野菜どもはな」
「うん」
「普通に処理できぬ」
「処理できない?」
「あぁ、まず切ると増える」
「増殖すんの?」
話を聞いたベルクがおもむろに立ち上がる。
「確認します」
そして包丁を手に。
ゆら〜りと人参へと近づく。
そのベルクに人参が。
「やめろ!! お前怖ぇよ!!」
制止を呼びかけるが、しかし。
仕事の出来るベルクは容赦なく、包丁を振り下ろした。
ちゃんと床を傷つけずに。
人参は上半身(?)と下半身に分かれた。
「いてえ!!」
「おぉ! 生まれたぜ!!」
サイズは変わらない。
切られたままだ。
だが、それぞれが意識を持ちしゃべり出した。
「増えました」
顔色ひとつ変えずにベルクが振り向いた。
「うん、増えたな……」
「だから言ったであろう。それと、燃やしてもダメだ。その寄生虫は火に耐性がある。そしてまた増殖する」
「ダメじゃん」
「では、食べるとどうなります?」
「それももちろん体内で繁殖」
「ダメじゃん」
「では茹でればどうですか?」
「巨大化する。そして凶暴になる」
「巨大化……ですか」
「あぁ」
「へぇ……ダメじゃん」
俺は沈黙した。
そして。
「もういいや、腹減った。考えるのは明日にして、だ」
「うん?」
「冷蔵庫の野菜室に閉じ込めたら問題ないだろ? しっかり閉めてれば」
「うむ、まぁ、そうだな」
俺がそう言うと、人参が。
「扱いが雑!!」と抗議してきた。
「どうせ終わるんだ……」
「せっかく洗ったのに〜♪ 寒いの苦手〜♪」
大根がうるさく歌うが無視。
バタン!
ひと抱にして放り込んだ。するとベルクが。
「結論」
ペンを置く。
「何、ベルク」
「この野菜」
「うん」
『煮ても焼いても食えない』
「……うん、ベルク。もうちょっと頑張って欲しい」
「ではメシはどうする?」
「こんな事もあろうか、と弁当を買ってきたよ」
「……予測したのか。素晴らしいぞ」
いや、できるかよ、こんな事。
二人に買った弁当を渡す。
そして、今日を労う。
「お疲れ様。食べようぜ」
「あぁ」
「いただきます」
ベルクは丁寧に頭を下げてくれた。
そして、皆んなの分を温める電子レンジ係を率先してくれて。
変なことが起きたが、六畳一間に温もりがあった。




