悪魔、ベルクのお引っ越し
また三人揃ってカレーを食べる。
さっき凶刃が飛んだ部屋で。
「辛味、適正」
ベルクが言う。たぶん褒め言葉……という事にしておこう。
そのベルクに対してファウストは無言。だが、視線を一度だけベルクの胸元に落とした。
「ベルクよ」
「はい。何でしょうファウスト様」
「先ほど、何故、あの死神に剣を抜かなかった?」
あぁ、そういえば。さっきファウストの攻撃を真っ赤な剣で防いでたな。
「それはきっと、ファウスト様と同じ理由だと思いますが?」
「……………………」
ベルクが強かな微笑を浮かべる。
ファウストはベルクの返しで納得したのか、また無言で食事再開。
「いや、何で? 俺には分からん」
ごめんよ。黙して語らずとも分かり合える的なことは、俺には無理なんだ。
「簡単な事ですよ心太さん。この部屋をバラバラにしたくなかったからですよ」
おぉ。いつのまにか、洗井さんから心太さんに呼ばれ方がグレードアップしてるぜ。
「うむ。あの大鎌にだ。我らの剣で魔力を用いて斬り合えば、この建物なんぞ軽く消し飛ぶ」
「なるほど……そりゃ困る」
そっか。
よく分かった。
大事故の一歩手前だったんだ。
俺の背筋はすこ〜しだけ冷たくなった。
あぁ……なんか今日、時間の密度が濃いよ。
割れたベランダのガラス。
ファウストの現在上司で、元部下のベルクが訪問。
死神襲来。
それでいて鎌で斬られたベルク。
んでもって、その死神さんの事を俺は前に会った、もしくは見たかもしれない。
日曜の午前中にそれが全部起こった。ちょっと情報量が多すぎる。
「ごちそうさまでした。大変素晴らしかったです」
食後の皿を丁寧に洗って重ねたベルクは。
「では、失礼いたします」
と言って立ち去ろうとした。
「これよりどうするつもりだ?」
ファウストが訊くと、ベルクは。
「引っ越しの準備です。すぐに取りかかります」と答えた。
「いや、早ぇよ! 決めたのさっきだろ」
俺は思わず叫んだ。
ホントに今さっき決まった話だろそれ。
だがベルクは全く動じない。
「魔界規定第六条。外的干渉を受けた調査員は、観察対象付近に滞在する義務があります。つまり自分自身と心太さんを観察するという……」
「いや、規定とかじゃなくてさ……」
「つまり、貴様はこの建物に今から住むのだな」
ファウストがちょっぴり面倒くさそうに言う。
「はい」
「今から?」
「今からです」
この男………。
迷いが一切ない。
仕事が出来る人の返答だ。
ただし。
やってる事はわりと無茶。
俺は思わず訊いた。
「荷物とかどうすんの?」
ベルクは微笑む。
「ご安心ください」
そう言うと中空にまた、黒い穴が開いた。
「はい?」
穴の向こうは暗い。真っ暗。
ベルクはそこに手を突っ込み。
「……少々お待ちください」
ガサゴソ。
ゴソゴソ………。
しばらくして出てきたのは、段ボール箱だった。
しかも。
フンコロガシのキャラが描かれた、引っ越し業者のやつだ。
「ちょっと待て」
ファウストが訊く。
「なんだそれは」
「荷物です」
「そういう意味ではない」
うん! 俺も同意。
いや、そうじゃない。
問題はそこじゃない……ベルク。
「いやいやいや」
俺は指差した。
「どこから持ってきた!?」
ベルクはきょとんとした。
「魔界の倉庫ですが」
「倉庫!?」
「はい。魔界は保管能力に優れておりますので」
いやいや。
もう一回言うけど。
そういう問題じゃない。
俺の動揺なんてなんのその。
ベルクはまた穴に手を入れて、次に出してきたのは。
ハンガー。
その次。
パソコン。
さらに。
プリンター。
コピー機。
キャビネット。
シュレッダー。
コクヨのグレーの事務机。
「いや、オフィスじゃねーか!」
俺は思わず叫んだ。
完全に出張所の体だ。
部屋の中がベルクの荷物でウナギの巣みたいになってるし。
ベルクは真顔で答える。
「仕事道具です」
「いやここワンルームの住居!」
ファウストが呆れた顔をする。
「相変わらずだなベルクよ」
「効率を重視しております」
「効率の方向が狂っておる、と言っておるのだが?」
そんな会話の最中に廊下から。
ドンッ!!
という音がした。
俺はビクッとした。
「え?」
さらに玄関の表から、ガラガラと何かを運ぶ音。
恐る恐る俺はドアを開けると、そこにはつなぎの作業服姿の男達がいた。
「こんにちはー。お騒がせしてすみませーん」
「お引っ越しでーす。ベルクさんはいらっしゃいますかー?」
「…………」
俺は振り返った。
すぐ後ろにいたベルクに問うた。
「ねぇ………ベルク」
「はい」
「これ何」
「業者です」
「うん……それは分かる。いつ連絡とったの? ひょっとして最初からそのつもりでここに来たの?」
「いえいえ、魔力で至急の連絡をとったのです」
「連絡って……通話?」
「あはは、違います。魔力でホットラインを繋げたのです。それで部下達を呼び寄せました。この建物の所有権がこちらに移りましたので」
「じゃあこの人達って全員悪魔……?」
フンコロガシの引っ越し屋。
その制服を着こなす悪魔か……。
ほほぉ?
「すみませんベルクさん。205号室ですよねー?」
俺を超えて、室内にいるベルクに呼びかける悪魔業者。
「はい。お願いします」
返答をしてベルクは、オフィスセットを黒い穴に戻している。
俺は指差した。
部屋の壁の右側を。
「205?」
隣じゃん……。
「了解でーす」
ドンドンドン。
廊下の向こうから本当に隣に運ばれていく家具。
本棚に冷蔵庫。
「何? 冷蔵庫だと?」
ファウストがベルクに詰め寄る。
「まさか……料理をするのか?」
「はい。自炊しようと思ってますよ?」
その瞬間、ファウストが言った。
「大丈夫か? ちゃんと作れるのか? 人間界の料理基準は貴様にとってはハードではないか?」
えらくファウストが心配そうだ。
「そんなに心配なの?」
「コイツはな。缶詰が開かないと言って、いきなり稲妻をぶちかましたり、ゆで卵を作るといっては、生卵にメテオをぶん投げる……そんな奴なのだ」
「おぉ……ハードモード……」
「ハハハ。私も勉強しましたよ」
「……本当か?」
「はい。人間の生活文化を理解する必要がありますので、」
「………そうか。まぁ……頑張れ。くれぐれも事故だけは起こすなよ?」
「はい。この建物の生活満足度を高めるためにも」
「うん……。頑張ろうねベルク」
「とはいえ、しょっちゅう集りに来ますが」
「……今、料理勉強しましたって言ったばかりだよね」
「調査の一環です」
「そんな調査いらん!」
その時、隣から。
ドンッ!!
という大きな音。
壁側からパラパラと何かの破片らしき物が落ちた。
「おい」
ファウストが隣を睨む。
「うるさい」
すると、ベルクがスマホを出し。
「少々お待ちください」
どこかに電話した。
「……はい! フンコロガシです!」
「音量レベルが高い」
めっちゃ営業マンのテンションだった。
「―――そうなんです、はい。お願いします」
ベルクがクレームをつけて数秒後。
隣の音が止まった。
俺は思った。
この人……。
管理会社より強い。
そしてベルクは今度こそ立ち去ろうと。
「では、荷物整理がありますので、先に失礼いたします」
玄関へ向かう。扉を開けて、そして振り返ると。
「本日はありがとうございました」
ぺこり。
丁寧に一礼。
そして出ていった。
ドアが閉まる。
急に静かになる部屋。
俺は右隣を見た。
ここに。
悪魔の調査員が住んでいる。
「……なぁファウスト」
「なんだ」
「これってさ……」
「うむ」
「俺の生活、もう戻らないよな?」
ファウストはカレー皿を見て言った。
「安心しろ」
「なにが」
「まだまだ悪くなる」
「やめてくれぇ!!」
その瞬間。
隣から声が聞こえた。
「心太様ー」
ベルクだ。
「はい!?」
「お鍋をお借りできますか?」
「カレー作るの!?」
「はい」
ファウストが言う。
「断れ」
俺は言った。
「断れる空気じゃない……」
俺の六畳一間生活は。
確実に。
おかしな方向へ進み始めていた。
隣には悪魔の調査員まで棲み始めたよ。




