崩れかけた輪郭
団体戦用の魔導円は、個人試験のそれよりも一回り広く設計されていた。床に刻まれた幾何学模様は中央から外縁へと流れ、複数人の魔力が交差することを前提に組まれている。魔力の通路を整え、同時に逸脱を検知する――そんな仕組みなのだろうと、見ただけで分かった。
胸の奥の空白は、静かだった。
学院の内側では崩れにくい。
理由は分からないが、それだけは確信に近い。
「開始」
クラウゼの声と同時に召喚陣が発光し、五体の模擬魔導人形が姿を現す。前衛二、中距離二、後方制御一。連携前提の構成だ。
「散れ」
短く告げる。
リオンが右へ、ガルドが左へ。アリシアとセラが一歩下がる。前衛型が突進し、床に振動が走った。
立ってはいけない位置は、はっきりしている。
一歩ずらす。
踏み込みすぎない。
斬撃。前衛型の一体が沈黙する。
順調だ。
だが。
後方制御型が動いた瞬間、連携がわずかに変わった。
胸の奥が冷える。
――ズレた。
中距離弾がアリシアの退路を塞ぐ。身体が先に動くが、ほんのわずかに遅れる。
刃が肩口を掠めた。
致命傷ではない。
だが、その一瞬で胸の奥の空白が広がりかける。
視界がかすかに揺らぐ。
同じだ。
崩れる直前の感覚と、よく似ている。
だが――続かない。
アリシアが踏みとどまる。
魔力の流れは乱れない。呼吸も崩れない。揺らぎが最小限に抑えられている。その均一さが、場の歪みを吸収したかのように、冷えが止まった。
崩れなかった。
⸻
制御型を落とす。
連携が鈍る。
残りは速かった。
鐘が鳴る。
⸻
団体戦終了。
胸の奥の空白は、元のままだ。
増えていない。
――今回は、違う。
その違いが、わずかに不安を残す。
⸻
「……今の、外れた?」
セラが言う。
「少しな」
「でも、続かなかった」
断定ではない。ただの確認だ。
視線が胸元に落ちる。
「何を見てる」
「はっきりとは分からない」
間を置いてから、セラは続けた。
「私は流痕視。魔力が流れた“跡”を読む」
「珍しいのか」
「理論としては珍しくない。でも実際に使う人は少ない」
肩をすくめる。
「戦闘では評価されにくいし、装置の方が正確」
そこで少し言葉を選ぶ。
「あなたは……少し曖昧」
「曖昧?」
「魔力はある。でも跡が薄い。見間違いかもしれないけど」
確信はない。
ただの違和感。
「気にするな」
セラはそれ以上追及しなかった。
⸻
アリシアが近づく。
「すみません、少し遅れました」
「問題ない」
肩口に傷は残っていない。
模擬戦の仕様か、安全機構か、それとも別の何かか。
考えかけて、やめる。
今は、崩れていない。
それで十分だ。
⸻
セラがアリシアを見て、小さく首を傾げる。
「あなたは、逆に残りやすい」
「え?」
「なんでもない」
それ以上説明しない。
ただ、観察しているだけだ。
⸻
312回目。
崩れかけた縁が、戻った。
だが、理由は掴めない。
掴んだ瞬間に、何かが決まってしまう気がする。
胸の奥の空白は静かだ。
静かすぎることが、少しだけ怖かった。




