表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

遅れてくる危険

 第一試験の余韻は、第二試験の準備が整うにつれて、静かな圧力へと姿を変えていった。中央の魔導円は複雑な幾何学模様へと組み替えられ、天井付近に設置された発生装置が淡く発光するたび、講堂の空気がわずかに張り詰める。ここはもはや広間ではなく、判断そのものを観測するための密閉空間だった。


 胸の奥の空白は、まだ静かだ。


 学院の結界内にいる限り、世界は崩れにくい。

 それは理屈ではなく、繰り返しの中で染みついた感覚だった。


「第二試験は反応・適応試験」


 クラウゼの声は低く、余分な説明を削ぎ落としている。


「無作為に放たれる魔力弾を回避、あるいは迎撃せよ。重要なのは結果ではない。選択だ」


 受験者が散開する。右手にリオン、左にアリシア、少し後方にセラ。さらに一人、黒髪で体格のいい青年――ガルドが位置を取る。即席の並びにしては妙に均整が取れていて、偶然にしては出来すぎていると感じた。


 開始の合図と同時に、空間が弾けた。


 魔力弾は規則を持たない。速度も威力もばらつき、同じ軌道を二度と辿らないよう設計されている。だが、世界が遅くなることはない。代わりに、立ってはいけない位置だけが鮮明に浮かび上がる。


 一歩、ずらす。

 踏み込みすぎない。


 魔力弾が、先ほどまで自分のいた空間を裂いた。見てから避けているのではない。失敗する輪郭を、踏まないだけだ。


 リオンは正面から迎撃を選ぶ。魔力の構築は精緻で、弾かれた衝撃が空間に残響を残すほどだ。完成された戦い方。だがその分、次の選択にわずかな遅れが生まれる。力を使いすぎている――欠点ではない。彼の流儀だ。


 左では、アリシアが堅実に動いている。大きな回避はせず、最小限の動きで軌道を外す。その魔力はほとんど揺らがない。第一試験で指摘された通り、均一で、崩れにくい。乱れがないというだけで、場の安定が一段増す。


 胸の奥の空白が、わずかに静まる。


 そのとき、天井の装置の一つが不規則な脈動を見せた。放出間隔が、想定よりわずかに早い。ほんのわずかなズレ。それでも、形が崩れるには十分だ。


 危険なのは、俺ではない。


「左、二歩下がれ」


 声はほとんど反射だった。アリシアは迷わず動き、直後に放たれた強い魔力弾がその位置を貫く。衝撃が床を削り、遅れて風圧が頬を打つ。


 ガルドが息を呑む。


「今の、読んだのか?」


「違う」


 読んでいない。ただ、そこに立つ形が良くなかったと分かっただけだ。


 魔力弾の密度が上がるにつれ、対応しきれなかった受験者が次々と直撃を受ける。その瞬間、足元の魔導円が強く光り、結界が反応する。衝撃ごと弾かれた受験者は、次の瞬間には講堂の外縁へと押し出され、試験から除外されていた。負傷はない。だが、選択を誤った結果は残る。


 リオンの迎撃はさらに激しさを増す。魔力の消費が目に見えて荒くなり、弾いた反動が床に伝わる。


 ――過剰だ。


「迎撃を減らせ」


 自分でも意図せず、声が出ていた。


「回避に寄せろ。その方が持つ」


 リオンが鋭く睨む。


「指示するな」


「そのままだと崩れる」


 次の弾が迫る。ほんの一瞬の逡巡ののち、リオンは半歩退いた。魔力弾は空を切り、衝撃は生まれない。彼の表情が、かすかに変わる。


 最後の魔力弾が消え、鐘が鳴った。


 第二試験終了。


 半数近くが場外へ弾き出され、残った者たちの呼吸は荒い。俺の呼吸は乱れていない。それが異常であることは、自覚している。


「……なぜ分かる」


 リオンの問いは、苛立ちと疑念を含んでいた。


「分からない」


 本当に分からない。未来を見ているわけではない。ただ、壊れる輪郭だけが、妙に鮮明だ。


 セラが近づく。その視線は相変わらず、顔ではなく胸のあたりを見ている。


「あなた、速いわけじゃない」


「それは聞いた」


「危険が遅れてくる」


 淡々とした声音だった。


「あなたの動きに対して、世界の方が追いついていない」


 胸の奥の空白が、かすかに震える。


 近い。だが、まだ届いていない。


 クラウゼが前に出る。


「第三試験は団体戦だ」


 名が呼ばれる。


「レイン、リオン、アリシア、セラ、ガルド」


 やはり、その並びか。


 人数が増えるほど、ズレは拡大する。個人の判断では吸収できない揺らぎが生まれる。


 312回目。


 ここから先で、何度崩れた?


 数えない。


「前に出すぎるな」


 誰にともなく告げる。


「怪我をする形になる」


 未来を知っているわけではない。ただ、壊れる形だけは覚えている。


 鐘が鳴る。


 団体戦が、始まった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ