遅れてくる危険
第一試験の余韻は、第二試験の準備が整うにつれて、静かな圧力へと姿を変えていった。中央の魔導円は複雑な幾何学模様へと組み替えられ、天井付近に設置された発生装置が淡く発光するたび、講堂の空気がわずかに張り詰める。ここはもはや広間ではなく、判断そのものを観測するための密閉空間だった。
胸の奥の空白は、まだ静かだ。
学院の結界内にいる限り、世界は崩れにくい。
それは理屈ではなく、繰り返しの中で染みついた感覚だった。
「第二試験は反応・適応試験」
クラウゼの声は低く、余分な説明を削ぎ落としている。
「無作為に放たれる魔力弾を回避、あるいは迎撃せよ。重要なのは結果ではない。選択だ」
受験者が散開する。右手にリオン、左にアリシア、少し後方にセラ。さらに一人、黒髪で体格のいい青年――ガルドが位置を取る。即席の並びにしては妙に均整が取れていて、偶然にしては出来すぎていると感じた。
開始の合図と同時に、空間が弾けた。
魔力弾は規則を持たない。速度も威力もばらつき、同じ軌道を二度と辿らないよう設計されている。だが、世界が遅くなることはない。代わりに、立ってはいけない位置だけが鮮明に浮かび上がる。
一歩、ずらす。
踏み込みすぎない。
魔力弾が、先ほどまで自分のいた空間を裂いた。見てから避けているのではない。失敗する輪郭を、踏まないだけだ。
リオンは正面から迎撃を選ぶ。魔力の構築は精緻で、弾かれた衝撃が空間に残響を残すほどだ。完成された戦い方。だがその分、次の選択にわずかな遅れが生まれる。力を使いすぎている――欠点ではない。彼の流儀だ。
左では、アリシアが堅実に動いている。大きな回避はせず、最小限の動きで軌道を外す。その魔力はほとんど揺らがない。第一試験で指摘された通り、均一で、崩れにくい。乱れがないというだけで、場の安定が一段増す。
胸の奥の空白が、わずかに静まる。
そのとき、天井の装置の一つが不規則な脈動を見せた。放出間隔が、想定よりわずかに早い。ほんのわずかなズレ。それでも、形が崩れるには十分だ。
危険なのは、俺ではない。
「左、二歩下がれ」
声はほとんど反射だった。アリシアは迷わず動き、直後に放たれた強い魔力弾がその位置を貫く。衝撃が床を削り、遅れて風圧が頬を打つ。
ガルドが息を呑む。
「今の、読んだのか?」
「違う」
読んでいない。ただ、そこに立つ形が良くなかったと分かっただけだ。
魔力弾の密度が上がるにつれ、対応しきれなかった受験者が次々と直撃を受ける。その瞬間、足元の魔導円が強く光り、結界が反応する。衝撃ごと弾かれた受験者は、次の瞬間には講堂の外縁へと押し出され、試験から除外されていた。負傷はない。だが、選択を誤った結果は残る。
リオンの迎撃はさらに激しさを増す。魔力の消費が目に見えて荒くなり、弾いた反動が床に伝わる。
――過剰だ。
「迎撃を減らせ」
自分でも意図せず、声が出ていた。
「回避に寄せろ。その方が持つ」
リオンが鋭く睨む。
「指示するな」
「そのままだと崩れる」
次の弾が迫る。ほんの一瞬の逡巡ののち、リオンは半歩退いた。魔力弾は空を切り、衝撃は生まれない。彼の表情が、かすかに変わる。
最後の魔力弾が消え、鐘が鳴った。
第二試験終了。
半数近くが場外へ弾き出され、残った者たちの呼吸は荒い。俺の呼吸は乱れていない。それが異常であることは、自覚している。
「……なぜ分かる」
リオンの問いは、苛立ちと疑念を含んでいた。
「分からない」
本当に分からない。未来を見ているわけではない。ただ、壊れる輪郭だけが、妙に鮮明だ。
セラが近づく。その視線は相変わらず、顔ではなく胸のあたりを見ている。
「あなた、速いわけじゃない」
「それは聞いた」
「危険が遅れてくる」
淡々とした声音だった。
「あなたの動きに対して、世界の方が追いついていない」
胸の奥の空白が、かすかに震える。
近い。だが、まだ届いていない。
クラウゼが前に出る。
「第三試験は団体戦だ」
名が呼ばれる。
「レイン、リオン、アリシア、セラ、ガルド」
やはり、その並びか。
人数が増えるほど、ズレは拡大する。個人の判断では吸収できない揺らぎが生まれる。
312回目。
ここから先で、何度崩れた?
数えない。
「前に出すぎるな」
誰にともなく告げる。
「怪我をする形になる」
未来を知っているわけではない。ただ、壊れる形だけは覚えている。
鐘が鳴る。
団体戦が、始まった。




