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測れないもの、揺れないもの

 王都の外壁をくぐった瞬間、空気の質が変わった。


 喧騒が消えたわけではない。人の流れも、馬車の音も、背後では変わらず続いている。だが、それらが一枚の膜を隔てた向こう側に押し出されたような感覚があった。内と外を分けるのは門ではなく、都市そのものが持つ秩序なのだと、身体が先に理解してしまう。


 胸の奥の空白が、わずかに反応する。


 広がらない。

 だが、完全に消えることもない。


 ――ここから先は、内側だ。


 そう思っただけで、無意識に息が深くなった。


「……すごいですね」


 隣を歩くアリシアが、小さく声を漏らす。


 整然と敷かれた石畳、規則的に並ぶ建物、行き交う人々の視線。王都は混沌ではなく、管理された世界だった。少なくとも、表面上は。


「迷いそうです」


「迷わない」


 即答だった。


 地図を見たわけでも、誰かに聞いたわけでもない。それでも学院の方向だけは、最初から分かっている。意識して探しているわけではなく、胸の奥の空白が、そちらを向くたびに静かに落ち着く。


 ――何度も、来ている。


 その事実を、口にするつもりはなかった。



 王立魔導学院は、王都の中心にあった。


 白亜の校舎は装飾を抑え、実用性を優先した造りをしている。だが、学院全体を覆う結界の存在は、門の前に立っただけで分かった。空気がわずかに重く、外界との連続性が断たれている。


 門をくぐる。


 その瞬間、胸の奥の空白が、はっきりと後退した。


 消えはしない。

 ただ、これ以上広がらないと、確信できる程度には静まる。


 理由は分からない。


 それでも、ここが“選ぶべき場所”であることだけは、疑いようがなかった。


「少し……寒い気がします」


 アリシアが肩をすくめる。


「結界だ」


「結界?」


「外と、切り離されている」


 説明になっていないのは分かっている。

 だが、それ以上の言葉が見つからなかった。



 試験の受付は、すでに混雑していた。


 受験者たちは皆、緊張を隠しきれない様子で列を作っている。魔力を抑えきれず、無意識に周囲へ漏らしている者も少なくない。その中で、ひときわ目立つ存在がいた。


 金髪の少年。背筋は伸び、立ち姿に迷いがない。


 胸の奥の空白が、わずかに揺れる。


 ――ああ。


 何度も見てきた顔だ。


 名前は、まだ思い出さない方がいい。


「すごい魔力……」


 アリシアも気づいたらしい。


「ああ」


 比較する必要はない。

 彼は、そういう存在だ。



 やがて、受験者は大講堂へと案内された。


 円形の広間。中央には巨大な水晶柱が立ち、その周囲を取り囲むように魔導円が刻まれている。空間そのものが、測定と選別のために設計されていた。


 前に立つのは、灰色の髪を後ろで束ねた中年の男。


「私はクラウゼ・ヴァルハルト。本試験の主任を務める」


 感情の起伏を感じさせない声。

 だが、視線は鋭く、受験者一人ひとりを逃がさない。


「これより、第一試験――魔力測定を開始する」



 名前が呼ばれ、受験者が順に水晶へと向かう。


「リオン・フェルディナント」


 金髪の少年が前に出る。


 水晶に手を置いた瞬間、青白い光が柱を満たした。


「魔力量A+。出力、安定値ともに高水準」


 どよめきが走る。


 リオンは当然の結果だと言わんばかりに頷き、そして一度だけ、こちらを見る。


 挑戦ではない。

 比較だ。



「アリシア・ルーヴェント」


 彼女が呼ばれ、少し緊張した面持ちで前に出る。


 水晶に触れた瞬間、淡い光が柱を満たした。


「魔力量B+。出力は平均的だが……」


 試験官が一瞬、首を傾げる。


「安定値が高い。揺らぎが、ほとんどないな」


 アリシアは戸惑いながらも、小さく礼をした。


 派手さはない。

 だが、不思議と印象に残る結果だった。


 胸の奥の空白が、わずかに静まる。


 ――やはり、そうなる。



「レイン」


 呼ばれ、前に出る。


 水晶に触れた瞬間、胸の奥の空白が、はっきりと冷えた。


 光は、走らない。


 魔力が流れていないわけではない。

 だが、それは数値になる前に、どこかへ抜け落ちていく。


 観測用の魔導円が、わずかに歪んだ。


「……止めろ」


 クラウゼの声が即座に響く。


 魔力が遮断され、水晶は沈黙した。


「魔力がないのではない」


 彼は低く言う。


「基準に、収まらないだけだ」


 講堂がざわめく。


 後方で、銀髪の少女が呟いた。


「……やっぱり、空洞だ」


 その言葉が、なぜか胸に残った。



 第一試験は続行された。


 合否は、まだ告げられない。


 だが、学院の内側にいる限り、世界は今のところ静かだった。胸の奥の空白も、広がってはいない。


 それで、十分だ。


 俺は静かに息を吐き、次の試験を待った。


 312回目。


 今回は、

 ここからが、本番になる。


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